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第五十八話 一年後

 黄泉の将エンブリオを倒してから、一年が過ぎた。


 戦争が終われば、すぐに次の戦いへ向かえる。


 そんな都合のいい話にはならなかった。


 南方同盟が奪われていた街や砦の確認。


 街道の安全確保。


 避難していた住民の帰還。


 壊された都市や村の復旧。


 各地に残された魔王軍の残党や、統率を失った魔物の掃討。


 やることはいくらでもあった。


 グランヴェル王国でも、南方での戦いを受けて軍の見直しが進められた。


 初陣を終えた魔法師団は、一時的な編成ではなく正式に運用されることになった。


 騎士団との共同訓練も始まった。


 大神殿とも連携し、アンデッドや呪いを使う敵が現れた場合には、神官を含めた部隊を組めるようにする。


 人員。


 予算。


 指揮系統。


 新しいことを始めれば、新しい問題も出る。


 その辺りは、カシウスさんやベルトランさんたちに任せた。


 僕自身も十四歳になった。


 この一年。


 復旧や再編の合間にやっていたことは、もっと単純だ。


 強くなる。


 そのために、南方各地のダンジョンを回っていた。


     ◇


 エンブリオを倒したあと。


 僕は、黄砂龍バルハザードの骨と牙を王都へ持ち帰った。


「おいおい……」


 ドーガンが、工房の床に置かれた巨大な骨を見上げる。


 表面を叩き、魔導具を当て、内部へ残っている魔力まで調べる。


 その顔が、どんどん楽しそうになっていった。


「こいつはたまげたお宝だな」


「使える?」


「使えるどころじゃねえよ」


 ドーガンが骨を撫でる。


「この硬度、残留魔力ならとんでもないもんが出来るぜ」


「じゃあ、これ」


 《反衝手甲》を差し出した。


「改良できる?」


「次はそれか」


「それと剣が欲しい」


「まだあるのかよ」


「防具も」


「一度に言え!」


 怒鳴られた。


 でも、全部作ってくれた。


 まず《反衝手甲・改》。


 受けた衝撃を蓄積し、反撃へ利用する機能は変わらない。


 新たに加わったのは、手甲から展開する三本の骨爪。


 殴る。


 裂く。


 掴んだ相手へ食い込ませる。


 武器や鎧へ引っ掛け、姿勢を崩す。


 ナディアたちとの訓練で覚えた格闘戦とも相性がよかった。


 長く使っていたバスタードソードも交換した。


 使ったのは、バルハザードの巨大な牙。


 ドーガンはそれを削り、片手で扱える一本の剣へ仕上げた。


「ほらよ。《古代竜の剣》だ」


 受け取る。


 見た目ほど重くない。


 軽く振ってみると、刃が空気を切った。


「切れ味も凄いが、敵の攻撃を受けるのにも重宝するぜ。頑丈な素材だからな」


「受けても平気?」


「そう簡単には欠けねえよ。下手な武器なら、ぶつけた相手の方が先に駄目になる」


 鋼より軽い。


 それでいて硬い。


 魔力の通りもいい。


 斬るだけじゃなく、正面から相手の攻撃を受ける場面でも使える。


 僕の戦い方には合っていた。


 防具も変わった。


 バルハザードの骨を薄く加工し、金属と組み合わせた軽鎧。


 胸や肩、脇腹などの急所を守りながら、走る、跳ぶ、身体を捻るといった動きを邪魔しない。


 軽い割に頑丈で、古代竜の骨に残った魔力のおかげか、魔法攻撃にも強かった。


 そして。


 以前からエドとドーガンに預けていた《空白の剣》の改修も、この頃ようやく終わった。


 改良案そのものは、南方へ向かう前から二人が考えていたものだ。


 完成した剣は、


《空白の剣・改》


 内部の魔結晶を、より純度の高いものへ交換。


 蓄積できる属性魔力の量が増え、一度補充すれば以前より長く戦える。


 さらに、複数の属性魔力を別々に保持したまま、使用する属性だけを切り替えられるようになった。


 火を残したまま水。


 水を残したまま風。


 以前のように、一つの属性を使い切る必要はない。


 僕自身がすべての属性魔法を覚える必要もない。


 必要な魔力は、使える人から借りておけばいい。


 かなり使いやすくなった。


     ◇


 装備だけじゃない。


 エンブリオを倒した時、僕の位階は三十から三十五まで上がった。


 得た祝福点は五つ。


 まず《体術》へ二つ。


《体術 第五段階 MAX》


 最大まで上げたことで、上位祝福へ進化した。


《拳王道 第一段階》


 次に、


《急所攻撃 第二段階 MAX》


 第一段階から一つ上げる。


 そこから新たに現れた祝福も取得した。


《鎧通し》


 相手の防御を一部無視し、攻撃の威力を内部へ通す。


 鎧。


 鱗。


 硬い外皮。


 魔力による防御。


 そういったものを持つ相手にも、攻撃を通しやすくする祝福だ。


 そして最後の一点。


《三段突き》


 一瞬のうちに三度の突きを繰り出す剣技。


 三回攻撃しているのは間違いない。


 ただ、その間隔が短すぎる。


 相手からすれば、三本の剣が同時に突き出されたように見えるらしい。


 エンブリオから得た五点は、これですべて使った。


     ◇


「右です!」


 リナリアの声が飛んだ。


 踏み込む。


 直後。


 巨大な拳が、さっきまで立っていた石床を砕いた。


 南方大陸。


 地下六層まで続く未攻略ダンジョンの最深部。


 僕たちの前には、全身を黒い外殻に覆われた大型の魔物がいた。


 腕は四本。


 一本一本が、人間の胴ほど太い。


「勇者様、強化します!」


 ミリアの魔法が身体を包む。


 脚が軽くなる。


 正面から二本の腕が迫った。


「リナリア!」


「はい!」


 僕と入れ替わるようにリナリアが前へ出る。


 剣を立てた。


《不動陣》


 巨大な拳が振り下ろされる。


 轟音。


 石床へ亀裂が走った。


 それでもリナリアは一歩も退かない。


「今です!」


 横から入った。


《反衝手甲・改》


 二本目の腕を左手で受ける。


 衝撃が手甲へ蓄積された。


 三本目。


 拳を握る。


 三本の骨爪が飛び出した。


 腕へ食い込ませる。


 そのまま引く。


 巨体が傾いた。


 蓄えた衝撃を左拳から叩き返し、さらに脇腹へ蹴りを入れた。


《鎧通し》


 硬い外殻へ足がぶつかる。


 それでも、衝撃の一部がその奥へ抜ける。


「ギッ――!」


 魔物が苦痛の声を上げた。


「通っています!」


 リナリアが叫ぶ。


「次!」


 エドの声。


 四本目の拳。


 身体を沈めてかわした。


 一度距離を取る。


 《古代竜の剣》を鞘へ戻し、腰のもう一本へ持ち替えた。


《空白の剣・改》


 風。


 刀身を魔力が包む。


 振る。


 風が外殻へ走り、さっきの蹴りで生じた亀裂を広げる。


 十分だ。


 《空白の剣・改》を戻す。


 もう一度、《古代竜の剣》を抜いた。


「勇者!」


「分かってる」


 魔物が四本の腕を振り上げる。


 その前に踏み込んだ。


 外殻の割れた場所。


 狙いはそこ。


《三段突き》


 一撃目。


 剣先が肉へ入る。


 引く。


 二撃目。


 三撃目。


 僕には三回。


 でも。


 魔物の胸には、ほとんど同時に三つの傷が開いた。


「ギ――」


 声を上げるより早く、血が噴き出す。


 三撃のうち一つは《鎧通し》によって、さらに奥まで届いた。


 魔物の巨体が大きく揺れる。


 そのまま膝をついた。


 倒れる。


 しばらく待つ。


 動かない。


《位階が上昇しました》


《現在位階――三十七》


「上がった」


 この一年。


 南方のダンジョンを回り、途中で三十六。


 そして今、三十七。


 これで祝福点が二つ。


 使い道は決めていた。


《身体覚醒 第四段階》


 まず一つ。


 身体の奥が熱を持った。


 脚。


 腕。


 背中。


 全身に力が行き渡る。


 戦闘を終えたばかりなのに、身体が少し軽く感じる。


 続けて。


《身体覚醒 第五段階 MAX》


 もう一つ。


「……っ」


 一瞬。


 自分の身体の感覚が変わった。


 軽くなったわけじゃない。


 力が急激に膨れ上がったわけでもない。


 なのに。


 指を一本動かしただけで分かる。


 今までより、はっきり自分の身体を感じる。


 拳を握る。


 どこまで力を込めればいいのか。


 どの筋肉を使っているのか。


 意識する前に分かる。


 一歩踏み出してみた。


「……」


 思ったより前へ出た。


 慌てて止まる。


 動こうと思ってから、身体が実際に動くまでの間が短い。


 首。


 肩。


 腰。


 脚。


 全部が、今までより滑らかに繋がっている。


《育成祝福が進化しました》


《超越人 第一段階》


「……これが」


 これまでの《身体覚醒》とは少し違う。


 単純に力が増えただけじゃない。


 自分の身体を扱える範囲そのものが広がっている。


 軽く左拳を握った。


 ギシッ。


 《反衝手甲・改》の内側から、小さな音がした。


 すぐに力を抜く。


「勇者様?」


 ミリアが近づいてきた。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫。身体の感覚が変わっただけ」


「感覚が?」


「前より動かしやすい」


「少し確認しますね」


 ミリアが僕の腕を取った。


 上腕。


 肘。


 手首。


 筋肉の張りを確かめるように、あちこち触っていく。


「痛くありませんか?」


「ないよ」


「こちらは?」


「大丈夫」


 肩を触る。


 今度は背中。


「少し力を抜いてください」


「抜いてる」


「もう少しです」


 言われた通りにする。


 そのままミリアの手が胸へ移ろうとした。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 リナリアが横から割って入った。


 僕とミリアの間へ、強引に身体を滑り込ませる。


「リナリア?」


「ミリア様。少し触りすぎではありませんか?」


「え?」


 ミリアが目を瞬く。


「身体に異常がないか確認しているだけですが」


「それは分かりますけど!」


 リナリアが僕を見る。


 次にミリアを見る。


「もう十分でしょう」


「まだ胸と背中を確認していません」


「そこまで必要ですか!?」


「身体強化系の祝福が進化したんですよ? 筋肉や骨格に影響が出ていないか――」


「必要なら戻ってから確認すればいいです!」


 妙に強い。


「……?」


 ミリアが首を傾げる。


 僕もよく分からない。


 少し離れた場所では、エドが腕を組んでこっちを見ていた。


「何?」


「いや」


 エドがため息をついた。


「僕は関わらないでおこうと思ってる」


「何に?」


「それが分からないなら、そのままでいい」


「?」


「勇者様は動かないでください!」


 リナリアに怒られた。


「動いてないけど」


「そういう意味ではありません!」


 ますます分からない。


 ミリアも困ったような顔をしている。


 エドだけが、少し離れたところで呆れていた。


 そのエドが、倒れた魔物を調べながら言った。


「そういえば、ナディアは最近ダンジョン探索に来ないな」


「カシウスさんが、何か頼んでるみたい」


「何か?」


「詳しくは聞いてない」


 エドがこちらを見る。


「珍しいな。お前が知らないのか」


「カシウスさんの仕事だから」


「それもそうか」


 アサシンギルドを使って、何かを探っているらしい。


 何を調べているのかは、僕も知らない。


 必要になれば、カシウスさんから話があるだろう。


     ◇


 この一年で変わったものは、他にもある。


 《拳王道》を得たあとも、拳や蹴り、投げ、関節技を実戦で使い続けた。


 その結果。


《拳鬼》


 という称号を得た。


 勇者につく名前としてどうなのかは、今でも少し気になる。


 そして。


《無慈悲なる者》


 これは一年前。


 エンブリオを倒した直後に得た称号だ。


 命乞いを無視し、とどめを刺したことで強制的に取得した。


 敵を殺す際に生じる躊躇いや戸惑いによる、精神的なブレーキを和らげる。


 欲しくて得たものではない。


 でも。


 僕があの時やったことを、何かがそう評価した。


 それだけだ。


 表示を切り替える。


 十四歳。


 位階三十七。


 一年前とは、ずいぶん変わった。



────────────────────


【ステータス】


年齢:14歳

位階:37

祝福点:0



【称号】


《勇者》


《剣雄》


《魔法剣士》


《拳鬼》 NEW


《無慈悲なる者》 NEW



【育成祝福】


《剣王道 第一段階》


《超越人 第一段階》 NEW


《拳王道 第一段階》 NEW


《魔力増幅 第三段階》


《魔法剣 第三段階 MAX》


《急所攻撃 第二段階 MAX》 UP



【祝福】


《第六感》


《鷹の目》


《獅子の子》


《後の牙》


《勇者の威徳》


《獅子奮迅》


《一撃必殺》


《近接連携》


《屍山血河》


《鎧通し》 NEW



【スキル】


《真空回転斬》


《ワンインチパンチ》


《三段突き》 NEW

 一瞬のうちに三度の突きを繰り出す剣技。

 敵からは、三撃がほぼ同時に放たれたように見える。



────────────────────


【装備】


《古代竜の剣》 NEW

 黄砂龍バルハザードの牙を加工した片手剣。

 高い切れ味と強度を持ち、敵の武器や攻撃を受け止める用途にも適する。

 魔力伝導にも優れる。


《空白の剣・改》 UP

 外部から注がれた属性魔力を保存する魔法剣。

 高純度魔結晶への交換によって容量が増加。

 複数の属性魔力を同時に保持し、使用する属性を戦闘中に切り替えることができる。


《反衝手甲・改》 UP

 受けた衝撃を蓄積し、反撃へ転用する手甲。

 バルハザードの骨を加工した三本の骨爪を展開可能。


古代竜骨の軽鎧 NEW

 バルハザードの骨と金属を組み合わせた軽鎧。

 身体の動きを妨げず、物理攻撃だけでなく魔法攻撃にも高い防御力を持つ。


格闘靴


《初禍の環》


《盲夜の仮面》


《死者の呼び笛》


魔法袋


────────────────────

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