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第五十七話 勝利のあと

 最初に異変へ気づいたのは、南方同盟軍の兵士だった。


「……なんだ?」


 目の前にいたアンデッドが、突然動きを止めた。


 剣を振り上げた姿勢のまま固まっている。


「おい……?」


 一秒。


 二秒。


 アンデッドの身体が、膝から崩れ落ちた。


「なんだ、こいつ……」


 兵士が一歩下がる。


 その隣でも。


 さらに向こうでも。


 一体。


 また一体。


 戦場を埋めていたアンデッドたちが、次々と倒れていく。


「全部……止まってるぞ!」


「なんだ!?」


「敵が!」


 同盟軍の兵士たちが、武器を構えたまま周囲を見回す。


 つい先ほどまで押し寄せていた死者の軍勢。


 斬っても。


 倒しても。


 次々と起き上がってきたアンデッドたち。


 それが今は、糸を切られた人形のように地面へ倒れていく。


 騎士団の前でも同じだった。


「構えを解くな!」


 ディオスが叫ぶ。


「まだ何が起きたか分からん!」


 騎士たちが盾を並べたまま、倒れていくアンデッドを見つめる。


 だが。


 もう一度立ち上がる個体はいなかった。


 赤く光っていた目から、次々と光が消えていく。


「……まさか」


 誰かが呟いた。


 その直後。


 地面が大きく揺れた。


「黄砂龍だ!」


 全員が上を見る。


 戦場の中央。


 巨大な黄砂龍バルハザードが、まだ立っていた。


 何度も魔法を浴び。


 骨を砕かれ。


 関節を破壊され。


 それでも動き続けていた古代の竜。


 その眼窩で燃えていた赤い光が、ゆっくりと消える。


 巨大な頭部が垂れた。


 翼を構成していた骨が一本、地面へ落ちる。


 続いて。


 二本。


 三本。


「下がれ!」


 ディオスの声が響く。


 黄砂龍の巨体が傾いた。


 背骨が砕ける。


 肋骨が外れる。


 脚。


 尾。


 翼。


 巨大な骨格が次々と崩れ落ちていく。


 最後に頭蓋が地面へ叩きつけられた。


 轟音。


 土煙が戦場を覆った。


 それきり。


 黄砂龍は動かなかった。


     ◇


《位階が上昇しました》


 聖水の中で、文字が浮かんだ。


《現在位階――三十一》


 まだ止まらない。


 三十二。


 三十三。


 三十四。


《現在位階――三十五》


「……五つか」


 僕は水面から顔を出した。


 身体から水が流れ落ちる。


 さっきまで掴んでいたエンブリオの姿は、もうどこにもない。


 鎖だけが水の中へ沈んでいく。


 完全に消えたらしい。


「四天王にしては、思ってたほどじゃないな」


 あれだけ厄介な相手だった。


 もう少し位階が上がると思っていた。


「やっぱり、エンブリオ本人はそこまで位階が高いわけじゃなかったのか」


 死者を蘇らせる。


 死体へ移る。


 軍勢を増やす。


 戦争が長引けば長引くほど、自分の戦力を増やしていく。


 厄介だったのは、本人の強さそのものじゃない。


 能力だ。


 それでも《獅子の子》が反応した以上、少なくとも僕より上ではあったはずだけど。


「勇者様!」


 ミリアの声が聞こえた。


 神官たちが浄化槽の周囲へ集まっている。


「大丈夫ですか!」


「大丈夫」


 僕は岸へ泳ぐ。


「エンブリオは?」


「消えた」


「……倒したんですね」


「多分」


 ミリアが困ったような顔をした。


「そこは言い切ってください」


「だって、あいつ何するか分からないし」


「それはそうですけど……」


 神官たちも、まだ祈りをやめていない。


 念のため、しばらく結界は維持してもらう。


 僕も、この場所に何か残っていないか確認するつもりだった。


 でも。


 位階が上がった。


 エンブリオが消えた。


 少なくとも、あの身体を倒したことだけは間違いない。


     ◇


 地上へ戻ると。


 音がなかった。


 騎士も。


 同盟軍も。


 魔法師団も。


 皆、僕を見ている。


「……勇者様」


 同盟軍の兵士が口を開いた。


「黄泉の将は……」


「倒したよ」


 僕は答えた。


「もう戻ってこないと思う」


 誰も動かなかった。


 一瞬。


 戦場が完全に静まり返る。


「……勝った?」


 誰かが言った。


「俺たち……勝ったのか?」


 もう一人。


 そして。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 歓声が爆発した。


「勝ったぞ!」


「黄泉の将を倒した!」


「俺たちの勝ちだああああッ!」


 剣が掲げられる。


 槍が空へ突き上げられる。


 盾を叩く音が、一斉に響く。


 南方同盟軍の兵士たちが叫んでいた。


 泣いている者もいる。


 地面へ座り込む者も。


 隣の兵士へ抱きついている者までいた。


 無理もない。


 ここまで、何度戦っても敵は減らなかった。


 倒した仲間が、そのまま次の敵になった。


 勝っても。


 退いても。


 戦えば戦うほど、自分たちだけが減っていく。


 そんな戦争をずっと続けていた。


「皆のもの!」


 ディオスが剣を掲げる。


「勝鬨を上げろ!」


「おおおおおおおおおおおおおッ!」


 王国騎士団も叫ぶ。


 魔法師団の魔術師たちも杖を掲げる。


 エドだけは少し離れたところで耳を塞いでいた。


「うるさい……」


「嬉しくないの?」


「嬉しいに決まってるだろ。声が大きいと言ってるんだ」


 その隣では、ナディアが静かに戦場を眺めていた。


 肩には、黒いマント。


 先代頭領のものだ。


「終わったね」


 僕が言う。


「ひとまずは」


「気分は晴れた?」


「魔王軍が故郷にしたことを思えば、まだ足りない」


「フィヨルドが残ってる」


「ああ」


 後ろから笑い声が聞こえた。


 サラディンだった。


「いやあ、すげえな!」


 両腕を広げている。


「本当に倒しやがった!」


「倒すって言っただろ」


「言ってたな! 言ってたけどよ!」


 サラディンは周囲を見回す。


 崩れた黄砂龍。


 動かなくなったアンデッド。


 勝鬨を上げる兵士たち。


「ここまでやるとは思わねえだろ、普通!」


「そう?」


「そうだよ!」


     ◇


 数日後。


 南方同盟の会議所には、各地から届いた報告が集められていた。


 僕。


 カシウスさん。


 サラディン。


 ナディア。


 エド。


 ミリア。


 六人が大きな机を囲んでいる。


「南方大陸全域で、アンデッドの活動停止が確認されています」


 報告を担当する男が、書類を読み上げる。


「また、東方でも同様の報告が相次いでいます」


「東方まで?」


 僕が聞く。


「はい。墓地などから自然発生したアンデッドについては別ですが、魔王軍の兵として行動していたものについては、ほぼすべて崩壊したと見てよいでしょう」


 サラディンが腕を組む。


「随分広く手を伸ばしてやがったんだな、あいつ」


「そのようです」


 報告書が一枚めくられる。


「もう一点。懸念されていた聖水不足についてですが、こちらも当初の想定ほど深刻にはならない見込みです」


 ミリアが顔を上げた。


「アンデッドの数自体が減ったからですか?」


「はい」


 男が頷く。


「今回、大量の聖水を使用したことで備蓄は大きく減少しています。しかし、エンブリオの支配下にあったアンデッドが消滅したことで、各地で必要とされる聖水の量も大幅に減ると予測されています」


「不足自体は?」


「避けられません。ただ、当初懸念されていたほどの被害にはならないでしょう」


「それならよかったです」


 ミリアが息を吐いた。


 僕も同じ気持ちだった。


 必要だと思ったから使った。


 被害が出る可能性も承知していた。


 でも、少なく済むならその方がいい。


「以上が、現時点での主な報告です」


「ありがとう」


 男が頭を下げ、部屋から出ていく。


 扉が閉まった。


 僕は椅子へ深く座り直した。


「エド」


「なんだ」


「ありがとう。魔法師団の指揮、助かった」


「ふん」


 エドが眼鏡を押し上げる。


「僕みたいな若輩者に指図されても、皆が大人しく従ってくれたのは、お前が根回ししてたのもあるんだろう?」


「バレた?」


「それくらい分かる」


 エドは呆れたように言った。


「初陣にしては悪くなかった。もっと練度を上げられる」


「まだ?」


「当たり前だ。今回は即席に近い編成だった。属性ごとの連携も、指示の伝達も改善できる」


 エドは少し考える。


「研究の成果を実戦で試せたことを喜んでいた者も多かったしな」


「へえ」


「魔術師は、研究だけしていれば満足する奴ばかりじゃない。自分の魔法が実戦でどう使えるのか知りたがる奴もいる」


「じゃあ、続けられそう?」


「環境が整えばな」


 僕は頷いた。


「ミリアも」


「はい」


「ありがとう」


「私も、エンブリオ討伐に参加したと判定されたようです」


「位階上がった?」


「かなり」


 ミリアは少し嬉しそうに笑った。


「これなら、今までよりもっとお役に立てると思います」


「十分役に立ってたよ」


「ありがとうございます」


 今回。


 僕だけではエンブリオを倒せなかった。


 南方同盟軍が戦線を支えた。


 王国騎士団が押し返した。


 魔法師団が黄砂龍を抑えた。


 アサシンギルドが足を止めた。


 神官たちが聖水を用意し、最後の逃げ道まで塞いだ。


 カシウスさんが、それらを一つの戦場として動かした。


 サラディンが、必要な物と場所を揃えた。


「魔法師団、大神殿、騎士団。それに南方同盟とアサシンギルド」


 僕は机を見ながら言う。


「皆の助力があったから、四天王を倒せた」


 カシウスさんがこちらを見る。


「何かお考えで?」


「今までは、魔王軍がどこかへ侵攻しても、その土地の国や街が中心になって戦ってた」


「そうだな」


 サラディンが頷く。


「ほかの国が兵を出すことはあっても、大規模には動かねえ。自分の国も守らなきゃならねえからな」


「でも、今回みたいな形が作れるなら」


 僕は続けた。


「今後は、魔王軍が侵攻している別の地域へ王国軍を派遣することも検討できるかもしれない」


 エドが眉を上げる。


「魔法師団もか?」


「必要なら」


「簡単に言ってくれるな」


「無理?」


「無理とは言ってない」


「ならよかった」


「お前はもう少し人の苦労を考えろ」


 サラディンが声を上げて笑った。


「すごいな」


「何が?」


「勇者様は、世界を一つにできるとお考えか?」


 世界を一つに。


 そこまで考えていたわけじゃない。


 僕がやりたいことは、もっと単純だった。


「魔王を倒す」


「ほう」


「そのためには、なんでもする」


 国でも。


 神殿でも。


 魔術師でも。


 必要なら、使えるものは全部使う。


「必要なら」


 サラディンはしばらく僕を見つめていた。


 やがて、口元を上げる。


「なるほどな」


 カシウスさんも何も言わない。


 ただ、少し楽しそうにこちらを見ていた。


 僕はエドとミリアへ視線を向ける。


「エド、ミリア」


 二人がこちらを見る。


「君たちは、きっとこれから王国軍の中核になる」


「急に話が大きくなったな」


「これからも協力よろしく」


「もちろんです」


 ミリアがすぐに頷く。


 エドは小さく息を吐いた。


「次からは、全部話してもらうぞ」


「……努力する」


「全部だ」


「ああ。よろしく」


 こうして。


 エドとミリアは、魔王討伐の仲間となった。


 前回よりも、ずっと広く、深い意味で。



────────────────────


【仲間プロフィール】


エド


職業:魔術師

年齢:十三歳


細身の体格に、ややくすんだ緑色の髪。


眼鏡をかけており、年齢の割にどこか面倒そうな表情をしていることが多い。


皮肉屋で、思ったことはわりとそのまま口に出す性格。


前回の勇者パーティでは、攻撃魔法の使い手として魔王討伐に参加した。


当時は優柔不断だった勇者の判断を厳しく見ることが多く、最後まで共に戦ったものの、決して仲の良い関係とは言えなかった。


今回は勇者によって早い段階から研究者たちとの交流を持つようになり、シャムや宮廷魔術師長をはじめ、多くの魔術師、研究者と関わることになる。


一つの魔法を極めるというより、多くの魔法や魔導具、研究成果を理解し、それぞれを組み合わせて使うことに長けている。


南方での戦いでは、新設された魔法師団の実戦指揮を担当。


初陣を終えた現在も、本人はまだ改善の余地が多いと考えている。


将来的には、魔法師団を率いる立場としてその地位を確立していくだろう。


現在の勇者については、


面倒くさい。


何を考えているのか分からない。


肝心なことを事前に説明しない。


とは思っている。


それでも、頼れる相手としては認めている。



ミリア


職業:神官

年齢:十五歳


肩ほどまでの淡い髪と、真面目で柔らかな顔立ちをした少女。


同年代の少女と比べても小柄で、全体的には細身。


一方で胸は大きめで、神官服の上からでも女性らしい丸みが分かる体つきをしている。


物腰は穏やかで、人当たりもいい。


困っている相手を放っておけない性格で、多少無茶な頼みでも理由を聞いたうえで手を貸そうとする。


前回の勇者パーティでは、回復魔法、強化魔法、呪いの解除などを担当。


仲間同士の衝突が増えていく中でも勇者の弱さを単純に責めず、その優しさによって救われた者もいると理解していた。


パーティ内では緩衝材となることが多く、崩れかけた一行を最後まで繋ぎ止めようとしていた。


高位神官の孫娘。


そのため「家柄によって優遇されているだけ」と見る神官もおり、一部から距離を置かれていた。


しかし、本人の神官としての能力は高く、少しずつ実力そのものを周囲に認められるようになっている。


現在の勇者には基本的に協力的。


ただし、


勇者が大神殿へ来る。


自分を訪ねてくる。


何か相談があると言い出す。


この三つが重なると、大抵ろくでもない無茶を頼まれることを学びつつある。


最近では、勇者の姿を見つけると少しだけ身構える。

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