↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/69

第四十九話 決戦前夜

 サラディンの反応は早かった。


「条件に合う場所なら、一つある」


「もう?」


「俺を誰だと思ってる」


 前に会った商館とは別の建物だった。


 言っていた通り、数日ごとに拠点を変えているらしい。今日は港から少し離れた倉庫街の一角にいる。


 僕とカシウス、ミリア、ナディアの前に、サラディンは南方の地図を広げた。


「ここだ」


 前線から少し離れた場所を指す。


「元は戦時用の避難所だ。地上には倉庫と宿営地があって、地下はかなり広い。近くに井戸もあるし、地下水脈も通ってる」


「地上に軍を並べられる?」


「余裕だ」


「地下を少し弄りたい」


「少し?」


 サラディンが僕ではなくカシウスを見る。


 カシウスが微笑んだ。


「少々、大掛かりになります」


「やっぱりな」


「ただし、新しく掘る必要はありません。既存の地下施設を使います」


「ならまだマシか」


 カシウスが必要な人員と資材を説明していく。


 鉱夫。


 石工。


 大工。


 大量の荷車。


 水を扱える職人。


 そして神官。


 サラディンの眉間にしわが増えていった。


「……勇者様」


「なに?」


「前に、金の使い道を持ってこいとは言った」


「うん」


「俺の金を埋めろとは言ってねえぞ」


「埋めるわけじゃない」


「似たようなもんだ!」


 それでも断りはしなかった。


「何日だ?」


 サラディンが聞く。


「七日ほどあれば」


 ミリアが答えた。


「長い」


「これでもかなり急いでいます」


「四日でやれ」


「無茶です」


「五日」


「交渉ではありません」


「なら六日だ」


「増やせばいいという話でも――」


「人間を倍にする」


 ミリアが黙った。


「金は?」


「俺が出す。足りなきゃ声をかける」


「誰に?」


「俺と同じくらい、この戦争で損してる奴らだよ」


 サラディンが笑う。


「商人、名家、貴族。最後の一押しだと言えば、財布くらい開くさ」


 翌朝には、人と物が動き始めていた。


     ◇


 決戦については、隠さなかった。


 都市同盟は近く大規模な反攻作戦を行う。


 前線を押し戻し、奪われた土地を取り返す。


 各都市へ通達が飛び、兵士たちが集まってくる。


 現在同盟軍に加わっている冒険者たちも、その中に混ざっていた。


 荷馬車が走る。


 武器が運ばれる。


 食料が積まれる。


 野営地が広がる。


 誰が見ても、大きな戦いが始まると分かる。


「本当に隠さなくていいの?」


 準備を眺めながら聞く。


「この規模の軍を動かして、秘密にできると思いますか?」


 カシウスが答えた。


「無理だね」


「でしたら、隠そうとするだけ無駄です」


「むしろ見せる?」


「ええ」


 カシウスは集まりつつある軍勢を眺めた。


「エンブリオに見てもらわなければ困りますからな」


 これだけの人間が一ヶ所へ集まる。


 あいつからすれば、兵士ではなく、これから増える手駒に見えるだろう。


「来るかな」


「来たくなるようにしております」


「そうだった」


「勇者様が忘れてどうするのです」


 地上では、表向きの戦争準備が進んでいる。


 その一方で、決戦場に選んだ地下シェルターでは突貫工事が始まっていた。


 僕も何度か中へ入った。


 元々広い。


 だから、ゼロから掘る必要はない。


 職人たちは壁を壊し、床を削り、地下の水路へ手を入れていく。


 サラディンが集めた荷車が何度も出入りし、神官たちも交代で地下へ降りていた。


「勇者様」


 入口でミリアに止められる。


「なに?」


「これ以上、中をうろつかないでください」


「邪魔?」


「邪魔です」


「そっか」


「即座に納得しないでください」


 外へ出た。


 何を作っているのか知っていても、途中の状態だけを見るとよく分からない。


 それでいい。


 ここに何があるのか、エンブリオに知られる必要はない。


     ◇


「遅い!」


 乾いた音が響いた。


 アサシンギルドの男が地面を転がる。


 立ち上がる前に、ナディアのカタールが喉元へ突きつけられた。


「死んでいるぞ」


「……はい」


「もう一度!」


 ギルド員たちは朝から訓練を続けていた。


 模擬戦。


 奇襲への対応。


 複数人での連携。


 相手の動きを知っていることを前提にした戦い。


 これまでより、ずっと激しい。


「ナディア様」


 一人が息を切らしながら言う。


「少し休憩を――」


「いらん」


「ですが」


「次に会う相手が待ってくれると思うか?」


 誰も答えなかった。


 ナディアはカタールを下ろさない。


「父かもしれない。母かもしれない。お前たちを鍛えた者かもしれない。一緒に酒を飲んだ仲間かもしれない」


 ギルド員たちの表情が固くなる。


「それで刃が止まるなら、今ここで抜けろ」


「……」


「ハサムは私たちを逃がすため、一人で残った」


 声が強くなった。


「次に同じことになった時、また誰かに残ってもらうつもりか!」


「いいえ!」


「このままでは、戻ってきたハサムに顔向けできんぞ!」


「はい!」


「なら立て!」


 倒れていた男たちが立ち上がる。


「もう一度!」


 一斉に散った。


 ナディア自身も休んでいない。


 何度も。


 何度も。


 同じ動きを繰り返す。


 迷った瞬間に死ぬ。


 それを身体へ叩き込むように。


「ハサム、まだ戻ってないね」


 訓練が一段落したところで声をかける。


「はい」


「……」


「戻ります」


 ナディアはカタールの刃を布で拭いていた。


「絶対に」


「うん」


 それ以上は言わなかった。


     ◇


 決戦の日取りが決まった。


 六日後。


 都市同盟軍による大規模反攻。


 話は瞬く間に広がった。


 酒場でも。


 市場でも。


 兵士たちの宿舎でも。


 隠すつもりがないのだから当然だった。


 そして、その話を聞いているのは人間だけではなかった。


     ◇


 夜。


 一つの影が廃墟の壁を滑るように越えた。


 音がない。


 見張りの兵士が振り返った時には、もうそこにはいない。


 別の影が野営地を眺めている。


 兵士の数。


 配置。


 物資。


 出入りする人間。


 必要なものだけを確認すると、闇へ消えた。


 その動きは、生前とほとんど変わらなかった。


     ◇


「へえ」


 エンブリオは楽しそうに報告を聞いていた。


 目の前に立つのは、かつてエスカリテのアサシンギルドに所属していた者たちだ。


「ずいぶん集めたねえ」


 都市同盟軍。


 そこに加わる冒険者たち。


 アサシンギルド。


 そして勇者。


 少しだけ考える。


「ということは、ただの反攻ってわけでもなさそうだ」


 エンブリオは顎へ手を当てた。


「何か企んでるのかな?」


 アンデッドたちは答えない。


「まあ、いいか」


 立ち上がる。


「なら出し惜しみは無しにしよう」


 洞窟の奥へ目を向けた。


 暗闇の向こうには、まだ誰にも見せていないものがある。


「何せ、大量に補充できるんだからねえ」


 勇者が何を企んでいるのかは分からない。


 だが、それは向こうも同じだ。


 エンブリオは嬉しそうに笑った。


「こちらにも、まだ見せてない手があるのだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。