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第四十八話 決戦の舞台

 カシウスが南方へ到着した。


 港まで迎えに行くと、その隣に見覚えのある神官服がいた。


「ミリア?」


「お久しぶりです、勇者様」


「どうして?」


「どうして、ではありません。結界について調べてほしいと頼んだのは勇者様でしょう?」


「ああ」


「忘れていましたね?」


「忘れてない」


「今の間は何ですか」


 カシウスが横で小さく笑った。


「王都は?」


「魔法師団については、一通り形にしてきました。エラン殿、ディオス殿、それにエド殿もおります。私がいなければ何も進まないようでは困りますからな」


「エドは?」


「大変元気に勇者様への不満を述べておりました」


「なら大丈夫そうだね」


「その判断基準はどうかと思います」


 ミリアが呆れていた。


     ◇


 その日のうちに、宿で話し合うことになった。


 僕とナディア。


 カシウス。


 ミリア。


 机には南方の地図を広げてある。


「事情については、移動中にある程度聞いております」


 カシウスが椅子へ腰掛けた。


「なら早いね」


「ええ。勇者様が何をしたいかも、おおよそ」


「エンブリオをここで殺す」


「でしょうな」


 それだけだった。


 どうして。


 何ができる。


 そこはもう話さない。


 問題は、どうやって実現するかだ。


「ミリア。結界の方は?」


「祖父の記録を持ってきました」


 古びた紙の束が机に置かれる。


「ただ、勇者様が想像しているような万能なものではありませんよ」


「どんなの?」


「範囲を狭くするほど強くなる結界です。街を囲うような用途には向きません。せいぜい建物一つ、もっと確実にするなら一室程度でしょうか」


「内側から出られなくできる?」


「相手次第です」


「エンブリオなら?」


「分かりません」


 ミリアは即答した。


「相手の力の仕組みが分からない以上、絶対に逃げられないとは言えません。ただ、通常の移動や転移を妨害する形にはできます」


「十分」


「十分でしょうか……」


「結界だけでどうにかするつもりはないから」


 ミリアが眉を寄せた。


 カシウスは黙って地図を見ている。


「それと」


 僕は魔法袋から黒い鱗を取り出した。


「何です、それ」


「《墓泳ぎの鱗》」


「名前から嫌な予感がします」


「土とか岩を泳げる」


「便利では?」


「時間切れになると埋まる」


「やっぱり」


 カシウスが鱗を手に取った。


「これが例の」


「知ってる?」


「ナディア殿から聞きました。掴んでいる相手も一緒に移動できるそうで」


「うん」


 鱗を裏返しながら眺める。


「なるほど」


「あと、サラディンに会った」


「南方の大商人ですな」


「地下施設をいくつも持ってる。かなり大きな水源も確保してるって」


 そこでカシウスの手が止まった。


「水源?」


「地下水脈とか、大型の貯水槽とか」


「どの程度でしょう」


「大きいのもあるらしい」


 カシウスが今度はミリアを見る。


「ミリア殿」


「はい」


「聖水というものは、水そのものが特別なのではありませんな?」


「ええ。清めた水へ、神官が祝福を施します」


「量に限界は?」


「水よりも神官の数と時間でしょうね。大量となれば、大神殿だけでは足りないかもしれません」


「他の神殿から集めれば?」


「できなくはありませんが……」


 ミリアがこちらを見る。


「何を考えているのです?」


「僕はまだ何も」


「勇者様ではありません」


 カシウスを見ていた。


 仮面の奥の目が、地図へ向いている。


「カシウス様?」


「……面白い」


「何がですか?」


 答えない。


 地図を自分の方へ引き寄せる。


「勇者様」


「なに?」


「先ほどの《墓泳ぎの鱗》をもう一度」


 机へ戻す。


 カシウスはそれを地図の上へ置いた。


 さらにミリアの結界術の資料を横へ。


「サラディン殿は、掘削や地下施設の建設に使える人員も動かせるのでしょうか」


「たぶん。本人だけじゃなくて、他の富豪や貴族にも声をかけられる」


「そして水源がある」


「うん」


「大神殿には神官がいる」


「いますけど」


 ミリアの顔がますます険しくなる。


「結界は狭いほど強固になる」


「……はい」


「ならば」


 カシウスが指を地図の一点へ置いた。


 僕も覗き込む。


「――――」


     ◇


「正気ですか?」


 話を聞き終えたミリアの第一声だった。


「できない?」


「そういう意味ではありません」


「じゃあ、できる?」


「条件が揃えば、ですが……」


「なら大丈夫」


「何も大丈夫ではありません」


 ミリアが額へ手を当てる。


 ナディアもさっきから黙っている。


「ナディア?」


「勇者様」


「なに?」


「カシウス様と相談すると、いつもこうなるのですか?」


「どういう意味?」


「分からないのでしたら結構です」


「酷い言われようですな」


 カシウスだけが不満そうだった。


「でも、作っただけじゃ意味がないよ」


「その通りです」


 本人が来なければ使えない。


 エンブリオは慎重だ。


 自分が安全だと思わない限り、簡単には前へ出ない。


「なら」


 カシウスが地図を畳んだ。


「自ら参加したくなるような決戦の舞台を整えてやりましょう」


     ◇


 洞窟の奥では、何日も同じ作業が続いていた。


 死者たちが土を掘る。


 掘った土を運び、岩を砕き、また掘る。


 一体が倒れても、休む者はいない。


「まだかい?」


 岩へ腰を掛けたエンブリオが欠伸をした。


 誰も答えない。


「死人は文句を言わなくて便利だけど、こういう作業は遅いんだよねえ」


 その時。


 岩を掘っていたアンデッドの腕が止まった。


「ん?」


 土の中から白いものが覗いている。


 エンブリオが立ち上がった。


「おや」


 もっと掘らせる。


 白いものが徐々に姿を現していく。


 骨だった。


 一本だけで、人間の胴より太い。


「丁寧に。壊さないようにね」


 死者たちがさらに土を退ける。


 一本。


 また一本。


 大きく湾曲したものもある。


 奥へ行くほど、その一本一本がさらに太くなった。


 エンブリオはいつの間にか、退屈そうな顔をやめていた。


「もう少しだ」


 岩盤の一部が崩れる。


 その向こうに、大きな空洞が開いた。


「……」


 松明を持たせた死者を中へ入れる。


 暗闇の中。


 炎に照らされ、巨大な白い輪郭が少しずつ浮かび上がった。


 エンブリオの口が開く。


「いやあ……」


 近づき、露出した骨へ手を触れた。


「やっと見つかったか」


 嬉しそうに何度も撫でる。


「これは魔王様もお喜びになるだろうねえ」


 しばらく眺めていた。


 やがて、何かを思いついたらしい。


 口元が吊り上がる。


「そうだ」


 暗闇の奥へ目を向ける。


「勇者にも、ぜひ楽しんでもらおう」

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