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第四十七話 金を出す価値

 町へ戻ると、負傷したギルド員たちはすぐに神官の治療を受けた。


 ナディアも例外ではない。


 骨は折れていなかったが、身体中に打撲がある。頬にも傷が残っていた。


 治療が終わった頃を見計らって、僕はナディアの部屋へ向かった。


「入ってください」


 中にいたのはナディアだけだった。


 両手には包帯が巻かれている。


「大丈夫?」


「動けます」


「なら、聞かせて」


「はい」


 椅子へ座る。


 ナディアから、旧アサシンギルドで起きたことを最初から聞いた。


 死んだはずの父親。


 母親。


 旧ギルドの人間たち。


 見た目だけではなく、生前の技も使った。


「話せた?」


「はい」


「記憶は?」


「少なくとも、私たちのことは覚えているようでした」


「ギドって人は?」


 ナディアがわずかに目を伏せた。


「私たちと一緒に向かった者です。父に首を落とされました」


「その場で?」


「はい」


「それから首を戻した?」


「ええ」


「どのくらいで動いた?」


「……数秒だったと思います」


 数秒。


 前線で聞いた兵士とは違う。


 あの兵士は焼かれ、灰まで消えたあと、数日経ってから生前の姿で現れた。


 ギドは死んだ直後。


 その場で。


「エンブリオは何かした?」


「見ている限りでは何も。あの時はまだ姿もありませんでした」


「頭領が?」


「父が首を戻した途端に」


 分からない。


 死体を操る。


 それだけなら、まだ理解できる。


 でも焼かれた人間まで元の身体で戻す。


 技を残す。


 記憶らしきものまである。


 新しく死んだ人間なら、ほとんど時間を置かず使える。


「奴ができることの範囲が広すぎる」


「……はい」


「同じ力なのか、それぞれ別なのかも分からない」


 前の人生でも何度も戦った。


 首を落とした。


 祓った。


 焼いた。


 それでもエンブリオは戻った。


 僕はずっと、別の死体へ逃げているのだと思っていた。


 でも、今はそれさえ怪しい。


「申し訳ありません」


「何が?」


「もう少し冷静に見られていれば、何か分かったかもしれません」


「あの状況で?」


 ナディアが黙る。


「全員連れて帰ってきただけで十分だよ」


「……全員ではありません」


 ハサム。


「まだ戻ってない?」


「はい」


「探しに行く?」


「行きません」


 即答だった。


「ハサムが残った意味がなくなります」


「そうだね」


「彼は戻ってきます」


 その言葉に迷いはなかった。


     ◇


 翌日もハサムは戻らなかった。


 二日目。


 三日目。


 連絡もない。


 ギルドの者から捜索を申し出る声もあったらしいが、ナディアは認めなかった。


 旧ギルド周辺は、今やエンブリオの支配域に近い。


 捜索に入った者まで殺されれば、今度はその人間が敵になるかもしれない。


 待つしかない。


 その三日目。


 僕たちのところへ、先行していたギルド員がやってきた。


「勇者様。例の人物と面会できます」


「いつ?」


「今日です」


「急だね」


「先方の都合です」


「場所は?」


「指定されています」


 ナディアも顔を上げる。


「かなり用心深い人物のようです」


「そうなの?」


「同じ場所には数日以上滞在しないとか。寝泊まりする場所も頻繁に変えているそうです」


「暗殺対策?」


「おそらく」


 南方で一番金を出している人間。


 都市同盟の物流にも深く関わっている。


 狙われない方がおかしい。


「地下にも避難場所を持っているそうです」


「地下?」


「シェルターです」


「いくつ?」


「そこまでは」


 当然か。


「ナディアも来る?」


「よろしいのですか?」


「見た本人がいた方がいい」


「では」


 二人で向かうことになった。


     ◇


 指定されたのは、港に近い商館だった。


 ただし、本人の所有物ではないらしい。


 入口で身元を確認される。


 二階でも。


 最上階の前でも。


「用心深いね」


「聞いていた以上ですね」


 扉が開く。


 広い部屋だった。


 大きな窓から港が見える。


 その前に、一人の男が立っていた。


 四十代くらい。


 褐色の肌に黒い髪。


 彫りの深い顔。


 整えられた髭。


 服は上等だが、貴族のような重たい装飾はない。


 僕を見るなり、笑った。


「君が勇者か!」


「そうだけど」


「ハハハ! 小さいな!」


「よく言われる」


「そうか! 皆、同じことを言うんだな!」


 声が大きい。


 よく笑う。


 でも、僕を見る目は止まっていなかった。


 装備。


 立ち方。


 ナディアにも一度視線を向ける。


「そちらは?」


「ナディアです」


「エスカリテの?」


「はい」


「なるほど」


 そこで初めて、笑いが少し薄くなった。


「酷い目に遭ったらしいな」


「ええ」


「座ってくれ。俺はサラディンだ」


 向かいに座る。


 サラディンは果物の盛られた皿をこちらへ押した。


「食うか?」


「いらない」


「遠慮するな」


「してない」


「ハハッ!」


 楽しそうに笑ったあと、急にこちらを見る。


「それで、勇者様」


「うん」


「黄泉の将を倒してくれるのか?」


「ああ」


 返事をすると、サラディンの目が少し細くなった。


「いつだ?」


「前線に来てる」


「だから?」


「ここで倒す」


 笑いが消えた。


「随分簡単に言うじゃないか」


「簡単だとは思ってない」


「勝てるのか?」


「勝てるようにする」


「ほう」


「手段を選ぶつもりはない」


 サラディンが黙る。


 ナディアにも視線を向けた。


「実際に会ったそうだな」


「はい」


「あれはどういう奴だ?」


「最低です」


 一秒も考えなかった。


 サラディンが笑った。


「性格じゃない」


「失礼しました」


「能力だ」


 ナディアが旧ギルドで見たことを簡単に話す。


 サラディンは一度も口を挟まなかった。


「……なるほどな」


 聞き終えて腕を組む。


「俺が聞いてる話より、さらに悪い」


「知ってるの?」


「情報は集めてる。金を出してるんだ。当たり前だろう」


「どんな奴だと思う?」


「厄介だ」


 サラディンが即答した。


「何が?」


「すぐ逃げる」


 意外な答えだった。


「逃げる?」


「本体がなかなか出てこない。アンデッドだけ寄越して、自分は安全な場所にいる。こっちが大きく崩れた時だけ姿を見たって話もある」


「用心深いんだ」


「ああ。臆病者と言ってやりたいところだが」


 サラディンが肩をすくめる。


「その臆病者に、こっちは随分殺されてる」


 合理的だ。


「じゃあ、確実に勝てる状況なら出てくる?」


 サラディンが僕を見る。


「何?」


「エンブリオが、自分の勝ちだと思える状況」


「……」


「そういう時なら、本体が前に出てくる?」


 少し考えている。


「可能性はある」


「分かった」


「待て」


「なに?」


「今ので何が分かった?」


「まだ何も」


「本当か?」


「うん」


 サラディンは僕をじっと見た。


「勇者様」


「なに?」


「エンブリオの能力、分かってないんだろ?」


「分かってない」


「なのに、ここで殺すと言った」


「ああ」


「どうやって?」


 答えられる範囲だけ考える。


「首を落とすだけじゃ足りない」


 ナディアがこちらを見る。


「焼くだけでも駄目らしい」


「そうだな」


「普通に倒して終わりなら、とっくに誰かが倒してる」


「それで?」


「逃げられる条件を調べる」


「条件?」


「何があれば逃げられるのか。どこまで壊せば戻れないのか」


 サラディンの目から笑いが消えていた。


「一つずつ潰す」


「全部?」


「できるだけ」


「それでも分からない力があったら?」


「それも使えない状況を作る」


「……」


「最後に、ここまでやれば殺せるだろうってところまで持っていく」


 しばらく何も言わなかった。


 やがてサラディンが椅子へ深く座った。


「なるほどな」


「なに?」


「少し分かった」


「何が?」


「金を出す価値があるかどうかだ」


 口元に笑みが戻る。


「俺は金を惜しむつもりはねえ」


「うん」


「この戦争にも、誰より出してる」


 机を指で叩く。


「だが、無駄金を使いたくはねえからな」


「普通だと思う」


「ハハハ!」


 大きく笑った。


「本当にそう返すんだな、あんた!」


「違う?」


「違わん」


 身を乗り出す。


「俺だけじゃない。付き合いのある富豪もいる。古い名家も、貴族もな」


「動かせる?」


「命令はできん」


「じゃあ?」


「説得ならできる」


 胸を叩いた。


「この戦争で一番金を出してる奴の話なら、多少は聞く」


「人は?」


「内容次第」


「船」


「何隻だ」


「まだ分からない」


「馬車」


「何台だ」


「まだ」


「地下にシェルターを持ってるって聞いた」


「耳が早いな」


「広い?」


「場所による」


「大きいので?」


「数百人は入る」


「水は?」


「当然ある」


 サラディンの答えが早かった。


「地下水脈を押さえてる場所もあるし、大型の貯水槽を作った所もある」


「どのくらい?」


「勇者様」


「なに?」


「さっきから何を考えてる?」


「まだ何も」


「『まだ』って言ったな?」


 サラディンが目を細める。


「大きな水源はある?」


「ある」


「かなり大きい?」


「あると言った」


「そっか」


「……」


 僕の顔を見ている。


「嫌な予感がしてきたぞ」


「なんで?」


「俺は商人だからな。客が無茶を言い出す前の顔くらい分かる」


「まだ客じゃないよ」


「もっと嫌だな!」


 ナディアが横を向いた。


 肩が少し揺れている。


「まあいい」


 サラディンが立ち上がった。


「必要なものが分かったら来い」


「何でも?」


「値段次第だ」


「高そう」


「当然だ!」


「分かった」


「そこで値切らないのか!」


 僕も立つ。


「じゃあ、また来る」


「ああ」


 扉へ向かう。


「勇者様」


 振り返った。


 サラディンはもう笑っていなかった。


「本当にやるんだな?」


「何を?」


「四天王を、ここで殺す」


「ああ」


「手段を選ばず?」


「うん」


 少しだけ考える。


「逃げられないところまでやる」


 サラディンは僕を見たあと、笑った。


「いいだろう」


 机の上の果物を一つ取る。


「次は、金の使い道を持ってこい」


「分かった」


「でかい話なら歓迎する」


 それなら。


 たぶん次は、かなりでかい話になる。

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