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第四十四話 アンデッドの条件

 翌朝。


 僕たちは前線へ向かった。


 港町から馬で半日ほど。街道を進むにつれて、行き交う人のほとんどが兵士になっていく。


 反対方向へ向かう荷馬車には負傷者が乗り、補給隊の荷には食料と一緒に聖水の樽が積まれていた。


 昼前には前線都市が見えた。


 高い城壁。その外側に、急造らしい柵が何重にも並んでいる。


 一月前までは、もっと西で戦っていたらしい。


 そこを放棄し、今はこの都市そのものが防衛線になっていた。


「勇者様」


 門の手前で、ナディアが馬を止めた。


「私はここから別れます」


「もう行くの?」


「はい。ギルドの者たちが先に準備を整えてくれていますので」


 旧エスカリテ王都。


 その近くにあったアサシンギルド本部へ向かうらしい。


 ナディアと一緒に、旧ギルドの生き残りとハサムたちもいる。


「そこに何がある?」


「もし、まだ奪われていなければですが」


 ナディアが少し考える。


「父の装備が残っているはずです」


「装備?」


「ギルドの頭領に代々伝わるものです。私も詳しくは知りませんが、父が使っているところは見たことがあります」


「強い?」


「扱えれば」


「それを取りに?」


「それもあります」


 ナディアは旧エスカリテの方角を見た。


「父たちを、ちゃんと弔っておきたいのです」


「アンデッドになってる心配は?」


 ナディアは少しだけ黙った。


「……彼らは、私の前で灰になりました」


「そうか」


 余計なことを聞いた。


「辛いこと聞いてごめん」


「いえ」


 ナディアは首を振る。


「あの時は逃げるだけで精一杯でした。残っているものがあるなら、今度こそきちんとしておきたいのです」


「分かった」


 僕は頷く。


「気を付けて」


「勇者様も」


 ナディアたちは街道を外れ、西へ向かった。


 僕は前線都市へ入る。


     ◇


 港町とは空気が違った。


 家の窓には板が打ちつけられ、広場には野営用の天幕が並んでいる。


 壁際で眠っている兵士もいた。


 その横を、別の兵士が走っていく。


 城壁の内側では、大きな穴をいくつも掘っていた。


「何に使うの?」


 案内役の兵士に聞く。


「焼却場です」


「ここで?」


「戦闘の後、外で焼いている余裕がない場合がありますので」


 前線ほど、死体を残せない。


 城壁へ上がる。


 西側。


 平原の向こうに、黒い影がいくつも見えた。


「アンデッド?」


「はい」


 まだ遠い。


 人型だけではない。


 四足の魔物らしいものも混ざっている。


「襲ってこない?」


「少数なら近づいてきます。大きな攻撃は数日おきです」


「誰かが指示してる?」


「それが分かれば、こちらも楽なのですが」


 兵士が嫌そうに答えた。


 エンブリオ本人は見つからない。


 なのにアンデッドは動いている。


「指揮する個体とかは?」


「何度か探しました。隊長らしいものを倒したこともありますが、それで全部が止まったことはありません」


「そう」


 城壁の上を歩く。


 弓兵。


 魔術師。


 神官。


 それぞれ配置についている。


 アンデッドの攻め方自体は単純らしい。


 押し寄せる。


 城壁へ取りつく。


 倒される。


 また来る。


「この前はどのくらい?」


「二千ほどです」


「全部倒した?」


「大半は」


「こっちの死者は?」


「百八十七です」


「その人たちは?」


「回収できた者はすべて焼きました」


 回収できなかった兵士は、次の戦いで敵になる。


 それは昨日聞いた。


「焼いた後に、アンデッドになった人はいる?」


 案内役が答えようとして、少し止まった。


「……おります」


「いるの?」


「一人だけ、確実な例が」


「聞きたい」


     ◇


 連れて行かれたのは、城壁下の小さな詰所だった。


 中には五十代ほどの軍人がいた。


 左腕を布で吊っている。


「先日の戦闘を指揮していたドルド隊長です」


 隊長は僕を見る。


「勇者殿だと聞いた」


「うん」


「……若いな」


「よく言われる」


「そうか」


 それ以上は気にしなかった。


「焼いた兵士が戻ってきたって聞いた」


 隊長の顔が少し曇る。


「ああ」


「誰?」


「ハリサという男だ。俺より古い兵士だった」


「強かった?」


「経験のある男だった。何度も戦場を生き残ってきた」


「剣の癖も知ってた?」


「嫌というほどな」


「アンデッドになっても?」


「同じだった」


 隊長が吊った左腕を見る。


「あいつは正面から打ち込むふりをして、相手の右手を狙う癖があった。若い頃からずっとだ」


「それでやられた?」


「ああ」


 生前の技を使っていた。


「死体は?」


「その場で焼いた。俺が見届けた」


「灰になるまで?」


「ああ。火が落ちるまで残っていた」


「その後は?」


「翌朝、回収に行った」


 隊長がこちらを見る。


「何もなかった」


「何も?」


「灰も、骨もだ。焼いた跡だけ残ってた」


「誰かが持っていった可能性は?」


「ある。だが、見張りもいた。夜のうちに敵が入り込んだとは考えにくい」


「それで、何日後に?」


「五日だ」


「生前と同じ姿で?」


「そうだ」


「怪我とかは?」


「なかった。腹を槍で貫かれて死んだはずなのにな」


 ただ死体を動かしているだけなら、こうはならない。


「倒した後は?」


「今度は神官を呼んだ。聖水を使って焼いた。それからは見ていない」


「消えた?」


「今度は残った」


「灰が?」


「ああ」


 そこで違いが出る。


「最初に焼いた時は、聖水を使ってない?」


「使っていない」


「分かった」


 礼を言って、詰所を出た。


     ◇


 城壁へ戻る。


 遠くのアンデッドはまだ動かない。


 エンブリオ。


 前の人生で何度も逃げられた。


 あいつが別の死体へ移っているだけなら、死体をなくせば逃げ道は減らせる。


 そう考えていた。


 でも、今の話は違う。


 一度焼かれた。


 灰になった。


 その灰まで消えた。


 五日後には、生前と同じ姿で戻ってきた。


「……エンブリオのアンデッド化を満たす条件はなんだ?」


 灰そのものか。


 何か別のものか。


 そもそも、死体が必要なのか。


 分からない。


 ただ、一つだけ。


 燃やしただけでは、安全とは限らない。


「……待て」


 ナディアの言葉を思い出す。


 ――彼らは、私の前で灰になりました。


 旧アサシンギルド。


 エスカリテが滅びた時、大勢が死んだ場所。


 ナディアの父も。


 母も。


 ギルドの人間も。


 ナディアは、灰になったから大丈夫だと思っている。


 僕もそう思っていた。


「燃やしただけじゃ、安全とは限らないのか……」


 嫌な予感がした。


 もし、エンブリオが旧エスカリテまで手を伸ばしていたら。


「まずい」


 僕は城壁を降りる。


「勇者殿?」


 案内役が呼んでいる。


「馬を借りたい」


「どうされたんです?」


「仲間が危ない」


 返事を待たず、階段を駆け下りた。

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