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第四十三話 南方都市同盟

 船を降りて、まず街を歩いた。


 南方大陸の港町。


 予想していたより、人が多い。


 荷を下ろす船員が怒鳴り、商人が値段を交渉している。市場も開いていた。魚を焼く匂いがして、道端では子供が走っている。


 その横を、担架が通った。


 鎧を着たままの兵士が乗せられている。


 少し遅れて、聖水と書かれた樽を積んだ荷車。


「思ったより普通ですね」


 ナディアが言った。


「うん」


 街が壊れているわけじゃない。


 でも、兵士が多かった。


 門へ向かう者。


 戻ってくる者。


 壁際に座り込んで、水を飲んでいる者もいる。


 武具屋の前には人が並び、神官らしい男が剣や槍に聖水を振りかけていた。


 港近くの広場では、木材が積まれている。


「薪?」


「おそらく」


 ナディアが答えた。


 多すぎる。


 料理や暖房に使う量じゃない。


 戦死者を焼くためだろう。


 荷車を押していた男に聞いてみた。


「最近も戦ってる?」


「ああ。昨日もな」


「勝った?」


 男が僕を見る。


「追い返したよ」


「なら勝った?」


「……まあな」


 歯切れが悪い。


「何人死んだの?」


「知らん」


 男は少し黙ってから続けた。


「最初の頃は楽だったんだ。死体が歩いてるだけだってな。燃やせば終わりだし、足を潰しゃ動けなくなる」


「今は違う?」


「こっちの兵が混ざるようになった」


 男が荷車へ手をかけ直した。


「昨日まで隣で飯食ってた奴が、次に来た時には向こうにいる」


「……そう」


「しかも、あいつらは疲れねえ」


 男はそれ以上話さなかった。


 荷車を押して行く。


 僕はもう一度、街を見る。


 都市同盟は、まだ戦えている。


 魔王軍を何度も撃退した。


 でも、戦うたびにこちらは兵を失う。


 その兵が敵に加わる。


 前線が少しずつ押されているのも分かる。


「嫌な戦い方ですね」


「うん」


 エンブリオらしい。


     ◇


 指定された宿へ向かった。


 二階の一室。


 扉を開けると三人いた。


 一人は王都から先行したアサシンギルドの男。


 残りの二人には見覚えがない。


 一人は四十代くらい。


 もう一人も三十を越えている。


 ナディアが部屋へ入る。


 二人の顔が変わった。


「……ナディア様」


 立ち上がる。


「ご無事で」


 ナディアも止まった。


「あなたたち……」


「はい」


「生きていたのですね」


「何とか」


 しばらく誰も話さなかった。


 先に椅子へ向かったのはナディアだった。


「他にも?」


「おります。あの日に散った者のうち、こちらで確認できているのは七名です」


「そうですか」


 ナディアが頷く。


「良かった」


 それだけ言って座った。


「報告をお願いします」


 旧ギルドの二人も座り直した。


 机に地図が広げられる。


「現在の前線はここです」


 旧エスカリテ領の東側。


 地図に線が引かれている。


「一月前より後退してる?」


「はい。大きく崩れたのは二度。いずれもアンデッドの増加が原因です」


「数が?」


「それもありますが……」


 男が地図を指で叩いた。


「こちらの死者を使われます」


「死体は焼いてるんじゃ?」


「可能な限りは。しかし撤退戦では回収できないこともあります」


 当然だ。


 死者を回収するために死人を増やしたら意味がない。


「それに、兵士だけではありません。以前の戦場や墓地からも起こしているようです」


「エンブリオ本人は?」


「まだ確認できておりません」


「じゃあ、アンデッドだけ動かしてる?」


「少なくとも今は」


 地図を見る。


 エンブリオの姿がない。


 それも知りたい。


 どこまで離れてアンデッドを操れるのか。


 そもそも本人が近くにいる必要があるのか。


「一回、前線を見たい」


 旧ギルドの男が顔を上げた。


「前線へ、ですか?」


「うん」


「かなり危険ですが」


「戦うためじゃない」


「では?」


「見たい」


 アンデッドの動き。


 部隊の構成。


 倒されたあと、どうなるのか。


 どんな条件で新しいアンデッドが増えるのか。


 話を聞くだけでは足りない。


「案内できる?」


「できます。ただ、戦闘に巻き込まれる可能性はあります」


「それは仕方ない」


 男は少し困った顔をして、ナディアを見た。


「私も同行します」


「ナディア様まで?」


「勇者様だけ行かせるわけにもいかないでしょう」


「僕だけでもいいけど」


「駄目です」


「そう」


 そこは譲ってくれなさそうだった。


 僕は別の場所を指した。


「あと、都市同盟について聞きたい」


「何をでしょう」


「一番、人と物を動かせるのは誰?」


「同盟軍の司令官ですか?」


「違う」


 少し考える。


「食料が足りないって言えば運べる。武器が必要なら集められる。船を出せる。金も出せる。都市同士にも話を通せる人」


 二人が顔を見合わせた。


「……おります」


「どんな人?」


「商人です」


「商人」


「南方でも最大規模の商会を持っています。都市同盟が成立する以前から、各都市に倉庫や店を持っていました」


「同盟の偉い人?」


「議会には席があります。ただ、肩書だけなら、もっと上の方はいくらでも」


「でも、その人に話を通した方が早い?」


「物資に関してなら間違いなく」


 それでいい。


「調べておいて」


「何を?」


「その人が何を持ってるか。どこまで動かせるか」


「お会いになるのですか?」


「たぶん」


 何を頼むかは決まっていない。


 エンブリオの能力すら、まだ調べ直している途中だ。


 でも、この先こちらで戦うなら、人と物を動かせる人間は知っておいた方がいい。


「承知しました」


 そこでナディアが地図へ手を伸ばした。


「勇者様」


「なに?」


「前線を見た後、こちらへ向かってもよろしいですか?」


 指したのは旧エスカリテ王都。


 その少し外れ。


「ここ?」


「旧アサシンギルドの本部がありました」


 生き残りの二人の表情が曇る。


「ナディア様、あそこへ?」


「はい」


「何も残っていないかもしれません」


「それでも構いません」


 僕はナディアを見る。


「何かあるの?」


「探したいものがあります」


「何?」


「父が残していたものです」


 そこで言葉を切った。


 詳しく話すつもりはないらしい。


「分かった」


「よろしいのですか?」


「方向は同じでしょ」


 前線を越えれば、旧エスカリテ領だ。


 僕はエンブリオの戦い方を見たい。


 ナディアは旧ギルドに用がある。


「では、先に前線へ」


「はい」


 旧ギルドの男が地図を畳み始めた。


「明日の朝なら案内できます」


「お願い」


「今日は休まれては?」


「うん」


 ナディアが僕を見る。


「本当に休んでくださいね」


「分かってる」


「王都でもそう言って、そのまま魔術塔へ行きました」


「今日は行く魔術塔がない」


「そういう問題ではありません」


 旧ギルドの二人が黙って僕たちを見ていた。


 先行していた男が小さく息を吐く。


「……いつもこんな感じです」


 余計なことを言われた。

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