第四十二話 勇者は、逃げ道を探す
魔術塔を出たあと、僕はナディアと別れた。
「私はギルドへ戻ります」
「準備?」
「はい。先に南方へ向かわせます」
アサシンギルドは、僕たちより先に動く。
南方大陸の状況。
都市連合との接触。
魔王軍の配置。
何より、エスカリテの生き残りがどれだけいるのか。
僕たちが王都を出てから調べ始めるより、先に人を送った方がいい。
「ハサムたちを?」
「ええ。何人かに分けて向かわせます。現地にも、かつてのギルドの者が残っている可能性がありますので」
「分かった」
ナディアが僕を見る。
「勇者様は?」
「買い物」
「……あの店ですか?」
「うん」
ナディアは少しだけ嫌そうな顔をした。
「妙な物を買わないでくださいね」
「使えそうな物だけにする」
「それが心配なのですが」
僕はそのまま大通りを外れた。
◇
細い路地を何度か曲がる。
古びた建物の地下。
看板のない店。
扉を二度。
少し間を置いて一度。
さらに三度。
「開いてるよ」
中から声がした。
最初に来た頃は、覗き窓から何度も確認された。
今ではこれだ。
扉を押して中へ入る。
相変わらず薄暗い。
棚には、まともな店なら絶対に置かないような物が並んでいる。
黒ずんだ人形。
人の歯が埋め込まれた腕輪。
布で巻かれた骨。
中身が勝手に蠢いている小瓶。
その奥で、老婆が椅子に座っていた。
「久しぶりだね、勇者様」
「久しぶり」
「この前来たばかりじゃないか」
「そう?」
「エドって坊主も苦労してそうだね」
「よく文句を言われる」
「だろうよ」
二年前。
初めてここへ来た時は、互いに腹を探っていた。
今では随分変わった。
珍しい品が入れば、老婆の方から知らせてくれる。
僕も、買った物がどう使えたかを話す。
役に立つ噂。
どこで妙な魔導具が見つかった。
どの商人が変な物を仕入れた。
そんな情報まで教えてもらうようになった。
「南へ行くんだろ?」
「知ってるんだ」
「商人は戦争が始まってから動いたんじゃ遅いのさ」
老婆が鼻を鳴らす。
「聖水の値も上がり始めてるよ」
「やっぱり」
「アンデッドが増えてるんだ。南じゃ買い集めてる奴もいる」
大神殿で聞いた話とも一致する。
「今日は何を探してる?」
「使い捨てでいい。変なの」
「注文が雑になったね」
「強い方がいい」
「もっと雑になった」
老婆が立ち上がった。
「待ってな」
店の奥へ消える。
しばらくして、二つの品を持って戻ってきた。
一つは、手のひらほどの黒い鱗だった。
「《墓泳ぎの鱗》」
「何ができる?」
「地面を泳げる」
「地面?」
「土も砂も岩も、水みたいになる」
鱗を受け取る。
黒というより、光を吸い込んでいるような色だった。
「壁も?」
「土か岩ならね」
「どのくらい?」
「長くはないよ」
「切れたら?」
老婆が笑った。
「そこが地中なら、墓を作る手間が省ける」
「埋まる?」
「岩の中なら、もっとひどいね」
鱗を見る。
「触ってる人も一緒に行ける?」
「強く掴んでいればね。ただし、一緒に埋まるのも忘れなさんな」
「買う」
「そう言うと思ったよ」
もう一つ。
机へ置かれたのは、黒ずんだ鎖だった。
両端に枷が付いている。
「《死刑囚の鎖》」
「効果は?」
「片方を自分。もう片方を相手につける」
「それで?」
「繋がってる間、どっちも魔法が使えなくなる」
「僕も?」
「当然」
「途中で外せる?」
「無理」
「どれくらい?」
「長くて一分」
一分。
魔法を封じた相手と、一分間繋がれる。
相手が魔術師ならかなり強い。
ただし、僕の《魔法剣》も使えなくなる。
「買う」
「相変わらず迷わないね」
「使うかどうかは後で決める」
「普通は買うかどうかを先に決めるんだよ」
煙玉。
解毒薬。
何種類かの使い慣れた道具も補充する。
代金を払った。
「死なないようにね」
「努力する」
「そこは死なないって言いな」
「約束できない」
老婆が僕の顔を見た。
「二年前より可愛げがなくなったね」
「そう?」
「褒めてないよ」
◇
夜。
王城の部屋。
机の上に南方大陸の地図を広げた。
大神殿でもらった聖水。
《墓泳ぎの鱗》。
《死刑囚の鎖》。
横に紙を置く。
黄泉の将エンブリオ。
前の人生で、何度も戦った。
最初に首を落とした時は、倒したと思った。
違った。
次に出てきた時、別の身体を使っていた。
神官と一緒に祓ったこともある。
それでも戻った。
アンデッドごと炎で焼き払ったこともある。
肉も。
骨も。
何も残らないほど焼いた。
それでも。
また現れた。
違う身体で。
違う顔で。
「……どうすれば逃がさない」
紙へ書く。
結界。
魔法封じ。
聖水。
地下。
考えては、消す。
《死刑囚の鎖》なら魔法を止められる。
でも、身体を変える力が魔法とは限らない。
結界に閉じ込める。
それでも、別の身体へ移れるなら意味がない。
周囲を全部焼く。
前の人生でやった。
それでも逃げられた。
「……」
違う。
僕は紙を見る。
さっきから、同じことばかり考えている。
どうすれば逃げられないか。
どうすれば閉じ込められるか。
どうすれば、エンブリオをその場から動けなくできるか。
でも。
「逆か」
筆を置いた。
逃がさない方法を探すんじゃない。
先に知るべきことがある。
「あいつは、どういう時なら逃げられる?」
もう一枚、紙を出した。
一度目。
首を落とした。
逃げた。
二度目。
祓った。
逃げた。
三度目。
焼いた。
逃げた。
何が同じだった。
思い出す。
戦場。
アンデッド。
死体。
倒れた兵士。
エンブリオはいつも、大量の死人を連れていた。
「死体……」
でも、それだけで決めるのは早い。
近くに死体があれば移れるのか。
自分が作ったアンデッドだけなのか。
あらかじめ何かを仕込んだ身体なのか。
距離は。
数は。
生きている人間には移れるのか。
その条件が分からない。
前の人生では、倒すことばかり考えていた。
目の前の身体を殺す。
何度も殺す。
逃げられたら、次に会った時にまた殺す。
だから。
エンブリオが**どうやって逃げているのか**を、ちゃんと調べていなかった。
「先に、そこだ」
条件を潰す。
逃げる方法が分かれば。
それを使えない状況を作ればいい。
そこで、一つ思い出した。
「……そういえば」
ミリア。
彼女から、祖父について聞いたことがある。
神殿に仕えていた結界術師。
広い場所を守るための結界ではない。
ごく狭い範囲だけを、外から切り離すような術。
昔、呪われた魔物を封じるために使った。
そんな話だった。
「限定的な結界……」
エンブリオそのものを閉じ込めるために使えるかは分からない。
でも。
エンブリオが逃げられる条件を突き止められれば、その条件だけを結界の外へ追い出せるかもしれない。
あるいは。
エンブリオと、それ以外を切り離す。
「ミリアに聞こう」
そしてエド。
二年間、本人の意思を無視して結界研究にも参加させた。
こういう時のためにやらせたわけではない。
でも、使えるなら使う。
二人に術式を見てもらう。
そこで何ができるか考える。
紙に書いた。
まず。
**エンブリオが逃げる条件を探る。**
それが最優先だ。
◇
翌日。
カシウスを見つけた。
「カシウスさん」
「おはようございます、勇者様」
「魔法師団のこと、お願いします」
「昨日のお話ですね」
「うん。エドと案をまとめてほしい」
「本人の了承は?」
「たぶん取れる」
「たぶん」
「もう考え始めてた」
カシウスが小さく笑った。
「なるほど。では、こちらで進めましょう」
「騎士団との連携は団長のディオスさんにも相談してください」
「承知しました」
「僕はミリアに会ってくる」
「大神殿へ?」
「聞きたいことがある」
カシウスは少しだけ僕を見る。
「エンブリオですか」
「うん」
「何か分かりましたか?」
「分かってない」
「ほう」
「だから、分からないところを調べる」
それでいい。
今はまだ。
勝ち方を決める必要はない。
◇
数日後。
王都の南門。
旅支度を終えた僕の隣に、ナディアが立っていた。
腰にはいつもの武器。
背には荷物。
「ギルドの者たちは?」
「すでに南方へ向かっています」
「連絡は?」
「最初の班から届いています。予定どおりです」
僕たちより先に、アサシンギルドは南へ入った。
現地の情報を集める。
都市連合との接触も進める。
僕とナディアは、その後を追う。
「行こうか」
「はい」
南門を抜ける。
前の人生で。
僕はエンブリオと何度も戦った。
何度も倒した。
何度も逃げられた。
今回は。
同じことを繰り返さない。
どう殺すかは、まだ決めていない。
まず。
どうやって、あいつが生き延びているのか。
そこからだ。
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【勇者装備】
《バスタードソード》
ドーガンから譲り受けた現在の主武器。
《空白の剣》
火・水・風・土の属性魔力を蓄積できる魔導剣。
ドーガンによる研ぎ直しと調整を受け、刀身自体の切れ味が向上。
属性切替機構と高純度属性石については、エドとドーガンが改良中。
《反衝手甲》
受けた衝撃の一部を蓄積し、攻撃として返す手甲。
銀鋼の胸当て
格闘靴
《初禍の環》
一日に一度、装着中に受けた阻害・弱体化効果を無効化する。
《盲夜の仮面》
装着中、気配・足音・魔力反応などを消す。
代わりに視覚・聴覚なども失う。
《死者の呼び笛》
《墓泳ぎの鱗》 NEW
一定時間、土・砂・岩の中を水のように泳ぐことができる。
強く掴んでいる相手も効果対象にできる。
効果時間内に地上や空洞へ出られなければ、地中に閉じ込められる。
《死刑囚の鎖》 NEW
使用者と対象を短時間だけ強制的に繋ぐ。
接続中は双方とも魔法を使用できない。
効果終了まで解除不能。
聖水×3本
魔法袋
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