第四十一話 勇者は、魔術師をまとめる
「また来たのか、勇者様」
魔術塔へ入ると、エドがこちらを見た。
くすんだ緑色の髪。眼鏡。その奥には、相変わらず面白くなさそうな顔がある。
「久しぶり」
「お前の『久しぶり』は短すぎるんだよ」
「そうか」
「この二年で何回来たと思ってる」
「数えてない」
「だろうな」
エドはため息をついた。
その視線が、僕の隣にいるナディアへ移る。
「そちらは?」
「ナディアです。よろしくお願いします、エド殿」
「ああ。話は聞いてる。よろしく」
ナディアには普通だった。
それから僕を見る。
「で、勇者様。今度は何だ」
「《空白の剣》」
「やっぱりそれか」
この二年で、僕が何かを持って魔術塔へ来ると、大抵エドに仕事が増えた。
本人は毎回文句を言う。
それでも、今では僕が何を聞きに来たのか、ある程度察するようになっていた。
最初に会った頃とは、随分違う。
◇
二年前。
王都へ来て間もない頃、僕は宮廷魔術師について調べていた。
一度目の人生でも、この国には多くの魔術師がいた。
騎士団へ派遣される者。
砦や城壁の防衛を任される者。
結界や魔導具を扱う者。
魔法そのものを研究する者。
ただ、当時の僕が知っていたのは、その中でも一部だけだった。
魔王と戦うために必要な者。
僕たちの旅に同行する者。
それ以外へ目を向ける余裕は、あまりなかった。
今回は違う。
「若い魔術師で、優秀な人を紹介してもらえますか?」
そう尋ねた相手が、宮廷魔術師をまとめるエランだった。
「優秀、と申しましても様々ですが」
「まだ、それほど評価されていない人がいいです」
「ほう」
「攻撃魔法が得意なら、もっといい」
エランは少し考えた。
「でしたら、一人おります」
「どんな人です?」
「魔法の才は十分にございます。特に攻撃魔法については、同年代では頭一つ抜けておりますな。ただ」
「ただ?」
「口が悪い」
「会わせてください」
「そこは問題ではないので?」
「別に」
しばらくして、扉が開いた。
一人の少年が入ってくる。
くすんだ緑色の髪。
眼鏡。
少し大きな魔術師のローブ。
僕と同い年。
エドだった。
前の人生で初めて会った時より、ずっと若い。
当然だ。
今回は、僕の方から何年も早く会いに来た。
向こうは僕を知らない。
エドは眼鏡越しに僕を見ると、少し眉を寄せた。
「勇者様って、君がか?」
「そうだけど」
「もっと大男を想像してたよ」
「期待に添えなくてごめん」
「別に謝ることじゃない」
そう言うと、顔をそむけた。
面白くなさそうな顔だった。
そこは、僕の知っているエドと変わらない。
「エド」
エランが咳払いする。
「勇者様へ、もう少し言葉を選びなさい」
「何か失礼なこと言いました?」
「そういうところだ」
「僕は気にしてません」
そう言うと、エドがまた僕を見る。
「変な勇者だな」
「そうかも」
それから少し話をした。
エランの言った通りだった。
エドは攻撃魔法に詳しい。
ただ魔法を撃てるだけではない。
術式の無駄や、魔力消費まで気にしている。
「魔導具は?」
「専門じゃない」
「結界は?」
「基礎だけ」
「属性石は?」
「触ったことはある」
「農業魔法は?」
「何で急に農業なんだよ」
僕はエランを見た。
「お願いがあります」
エドが嫌そうな顔をする。
「もう嫌な予感がするんだけど」
「エドを、いろんな研究に参加させてもらえませんか?」
「……この者を?」
「攻撃魔法だけじゃなくて、魔導具、結界、属性石。他にもあれば」
「待て」
「研究班も固定しないでください」
「おい」
「できれば毎回、違う人と組ませて」
「人の話を聞け!」
「農業研究も」
「だから何で農業なんだよ!」
「役に立つかもしれない」
「何にだよ!」
「分からない」
「分からないのかよ!」
前の人生で、エドが優秀な魔術師だったことは知っている。
だから、今回も同じことだけをさせる必要はないと思った。
知らないことを覚えさせる。
違う分野の人間と仕事をさせる。
何に繋がるかは、まだ分からない。
でも、無駄にはならない。
「本人の希望は?」
エランが尋ねる。
「無視してください」
「勇者ァ!」
◇
「……今、昔のこと思い出してただろ」
「うん」
「やっぱりか」
現在。
エドはもう、あの頃のように僕を珍しそうに見ることはない。
この二年で何度も会った。
研究について聞いた。
物を持ち込んだ。
時には全く関係のない相談もした。
その度に文句を言われた。
今では僕相手なら、ほとんど遠慮もしない。
「剣、貸せ」
僕は《空白の剣》を渡した。
「ドーガンさんとも見てもらった?」
「ああ」
ドーガンさんは、以前から世話になっている鍛冶師だ。
今使っているバスタードソードを用意してくれたのも、あの人だった。
「僕だけじゃ剣そのものは弄れないからな。ドーガンと一緒に見た」
エドは《空白の剣》を鞘から抜いた。
「まず、メンテナンスは終わってる」
「どこか悪かった?」
「悪いってほどじゃない。ただ、お前は魔導具としてばかり使ってただろ」
「うん」
「剣でもあるんだよ、これは」
刀身を光へ向ける。
「ドーガンが研ぎ直した。細かい歪みも直してある」
「切れ味は?」
「前よりいい」
剣を受け取ってみる。
重さは変わらない。
ただ、鞘から抜いた時の感触が少し違った。
「それと、属性の切り替え」
エドが柄の辺りを指した。
「今までみたいに、戦いながら魔法袋から石を出して、一個ずつ剣に当てるのはやめた方がいい」
「隙がある」
「そういうこと」
エドは紙を一枚出した。
そこには《空白の剣》の簡単な図が描かれている。
「ドーガンと相談して、柄を少し変える」
「どう変える?」
「属性石を最初から取り付けておく」
柄の周辺に、四つの場所が描かれていた。
「火、水、風、土」
「四つとも?」
「現状使えるのはその四つだけだからな」
エドが図の柄を指で回す。
「ここを動かせば、剣へ繋がる属性石が切り替わる」
「火から水へ」
「そう」
「水から風」
「そうだよ」
「分かった」
「分かったなら何回も言うな」
これなら、戦闘中に属性石を取り出す必要がなくなる。
柄を操作するだけでいい。
「それだけじゃない」
エドが続けた。
「属性石そのものも変える」
「強くできる?」
「ああ」
机の上に、小さな透明の結晶を置く。
「もっと純度の高い魔結晶を精製すれば、今までよりずっと多くの属性魔力を込められる」
「威力も上がる?」
「上がる。ただ、それより大きいのはこっちだ」
エドは結晶を指先でつまんだ。
「魔力をたくさん溜めておける」
今まで使っていた属性石は、一般向けの安価なものだ。
込められている魔力は少ない。
何度か《空白の剣》を使えば、すぐに空になる。
だから新しい石を取り出し、属性魔力を補充していた。
「高純度の結晶なら、最初からかなりの量を入れておける」
「柄につけたまま?」
「ああ」
「一度火を使って、水に変えて、また火に戻す」
「火の結晶に魔力が残ってれば、そのまま使える」
なるほど。
戦いながら魔力を込め直す隙が減る。
「かなり使いやすくなる」
「楽になるためじゃないぞ」
「分かってる」
「隙を減らすためだ」
「分かってる」
「ならいい」
エドは眼鏡を直した。
「ただし、高純度の魔結晶は数が少ない」
「たくさんは作れない?」
「無理だな。元になる結晶も限られてるし、精製にも手間がかかる」
「使い切ったら?」
「また魔力を込めればいい。ただし、戦場で簡単に補充できるようなものじゃない」
つまり。
通常の属性石みたいに、何十個も使い捨てるものではない。
事前に魔力を込めておく。
それを柄に取り付けて、必要な属性を切り替えながら戦う。
「火、水、風、土。それぞれ一つずつ?」
「まずはな」
「分かった」
「まだ完成してないから持っていくなよ」
「持っていかない」
「お前、前に試作品持っていこうとしただろ」
「一回だけ」
「一回あれば十分なんだよ」
ナディアがくすりと笑った。
「本当に仲がよろしいのですね」
「違います」
エドが答えた。
「二年間被害を受け続けてるだけです」
「そうか」
「お前は少し反省しろ」
その時。
「随分と楽しそうですな」
後ろから声がした。
振り返る。
エランが立っていた。
「エランさん」
「勇者様がお見えになったと聞きまして」
エランはエドの机へ目をやる。
「また何か仕事を増やされましたかな?」
「増やされてます」
「まだ増やしてない」
「その言い方だと、これから増やす気だろ」
「うん」
「ほらな!」
ちょうどいい。
本題に入る。
「エランさん。聞きたいことがあります」
「何でしょう」
「戦争になった時、宮廷魔術師はどう動きます?」
エランの表情が変わった。
「南方大陸の件ですかな」
「はい」
黄泉の将エンブリオ。
アンデッドの軍勢。
生き残った都市連合。
グランヴェルから援軍を出す可能性もある。
「宮廷魔術師は、騎士団へ付ける?」
「基本的にはそうなります」
「何人くらい?」
「状況次第ですな。数名の場合もあれば、十名ほど派遣することもございます」
必要な場所へ、必要な魔術師を送る。
攻撃魔法が必要なら、その使い手。
結界なら結界術師。
砦や都市にも派遣する。
前の人生と同じだった。
「魔術師だけで、一つの部隊を作ったことは?」
「研究班という意味ではなく?」
「戦闘部隊です」
エランは少し考える。
「ございませんな」
「集団戦の訓練は?」
「ほとんど行っておりません」
「騎士団との連携訓練は?」
「派遣先で合わせる程度です」
やっぱり。
魔術師はいた。
強い人間もいた。
でも、少人数ずつ分けて使われていた。
騎士団。
砦。
城壁。
重要拠点。
そして、特に優秀な者なら。
勇者の仲間へ。
エドも、前の人生ではそうだった。
強い魔術師だから、僕たちのパーティに加えられた。
その使い方しか考えていなかった。
「例えば」
僕は言った。
「二十人くらいの魔術師を、一つの部隊として動かすのは?」
「二十人?」
エドが先に反応した。
「何をさせる気だ」
「騎士団の後ろから魔法を撃つ」
「雑だな」
「だから聞いてる」
「何を」
「どう使えばいい?」
エドが黙った。
「魔術師を並べて、同じ魔法を撃たせりゃいいって話じゃない」
「うん」
「得意なことが違う。射程も違う。魔力量も違う」
エドは指を折る。
「広い範囲を攻撃する奴。一体を狙う方が得意な奴。防御魔法が得意な奴。長く戦える奴。一発の威力はあるけど、すぐ魔力が切れる奴」
「それを分ける?」
「まあ、そうなる」
「誰が何を得意か知ってる?」
「……ある程度は」
「誰と誰なら組めそう?」
「それも分かる」
「どうして?」
エドの眉が動いた。
「お前が二年間、僕をあちこちの研究班へ放り込んだからだよ!」
「そうだった」
「忘れるな!」
属性石。
魔導具。
結界。
農業。
それ以外にも、エドはいろんな研究へ参加してきた。
その結果。
各分野の魔術師を知っている。
誰が何を得意としているかも知っている。
エランがエドを見る。
「確かに、現在のエドは私より研究所の人間関係には詳しいかもしれませんな」
「エランさんまで何言ってるんですか」
「事実だろう」
僕は二人を見る。
「提案があります」
エランが頷く。
「聞きましょう」
「宮廷魔術師を、一つの戦力として動かせるようにしたい」
騎士団は敵を止める。
キャス渓谷でも、それはできていた。
なら、その後ろに火力を置く。
「騎士団へ数人ずつ付ける今のやり方は残す」
「はい」
「でも、それとは別に、魔術師だけでまとまって戦える部隊を作る」
エランの目が細くなる。
「魔法師団です」
すぐには返事がなかった。
エランは考えている。
エドも黙っていた。
「簡単ではありませんな」
エランが言った。
「指揮する者が必要です。選抜も。訓練方法も考えなければなりません」
「騎士団との調整も必要?」
「もちろんです。ディオスとも話す必要があるでしょう」
騎士団長、ディオス。
そこは後で話せばいい。
「エド」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「二年付き合ってれば分かる」
「手伝って」
「ほらな」
「詳しいから」
「エランさんがいるだろ」
「私は宮廷魔術師全体を見ておりますからな。各研究班の細かな得手不得手までとなれば、エドの方が詳しい部分もあります」
「何でそっちに回るんですか」
「適任だからだ」
エドは僕を見る。
「僕は軍人じゃないぞ」
「知ってる」
「兵士を指揮したこともない」
「知ってる」
「だったら」
「指揮しなくていい」
エドが止まる。
「誰が何を得意なのか教えて」
「……それだけか?」
「最初は」
「最初は、って言ったな」
「言った」
「そこを誤魔化せよ!」
「何で?」
エドは額へ手を当てた。
しばらく黙ったあと、小さく息を吐く。
「……二十人でも多い」
「そう?」
「最初から全員まとめようとするな。まず役割を分けろ」
「うん」
「広域攻撃。単体火力。防御。補助。それから――」
そこで、エドが止まった。
僕を見る。
「何で僕がもう考えてるんだよ」
「手伝うから」
「まだ承諾してない!」
「でも考えてる」
「お前、本当にそういうところ変わらないな!」
二年前から、何度も聞いた声だった。
たぶん。
今回も手伝ってくれる。




