第四十話 勇者は、死人の倒し方を学ぶ
「私も行きたいです!」
翌日。
大神殿へ向かうことを伝えると、アリシア王女は勢いよく手を挙げた。
「駄目じゃ」
国王は即答した。
「どうしてですか、お父様!」
「勇者が大神殿へ行って、ただ話を聞いて帰ってくると思うか?」
「大神殿ですよ?」
「そこへ行った後、何を始めるか分からんのが勇者じゃ」
随分な言われようだ。
「今日は普通に話を聞くだけですよ」
「その言葉が一番信用できん」
「ひどいなあ」
隣でナディアが顔をそむけた。肩が少し震えている。
「ナディア?」
「いえ、何も」
絶対に笑っている。
アリシア王女は納得できないようで、頬を膨らませた。
「では、戻ったら何を聞いたのか教えてください」
「それくらいなら」
「約束ですよ!」
「はい」
僕が答えると、ようやく機嫌を直した。
昨日初めて会ったばかりなのに、ずいぶん距離を詰めるのが早い。
前の人生では、こんなふうに話したことがあっただろうか。
少なくとも、僕の記憶にある王女は、もう少し大人しかった気がする。
考えてみれば当然かもしれない。
僕が前の人生で彼女とまともに顔を合わせた頃には、戦争はもっと酷くなっていた。
今はまだ違う。
王都は平和で。
国王も生きていて。
王女は、勇者の冒険を聞いて目を輝かせていられる。
なら。
できれば、このままでいてもらおう。
◇
王都の大神殿は、王城から歩いてそれほどかからない場所にある。
高い白壁。
正面には大きな尖塔。
広い階段を上がると、太陽を象った神殿の紋章が僕たちを迎えた。
案内された部屋には、すでに神殿長が待っていた。
「勇者様。お待ちしておりました」
「急にすみません」
「アンデッドについてお尋ねになりたいとか」
「はい」
向かいの椅子へ座る。
ナディアも隣へ腰を下ろした。
「まず、普通のアンデッドって、どのくらい強いんです?」
神殿長は少し意外そうな顔をした。
「種類にもよりますが、一般的なものであれば、それほど恐ろしい相手ではございません」
「そうなんですか?」
ナディアが尋ねる。
「ええ。死体や骨を魔力によって無理に動かしているだけのものが大半です。知能も低く、与えられた簡単な命令を繰り返します」
「生前の技術は?」
「通常は期待できませんな」
神殿長は首を振る。
「剣士の死体を動かしたからといって、生前と同じ剣技を使えるわけではありません。身体も傷みます。筋肉も関節も、生きていた頃とは違う」
なるほど。
確かに、普通のアンデッドならそうだ。
「それなら、騎士でも倒せますか?」
「もちろんです。首を落とす。骨を砕く。身体を動かせなくする。それだけでも十分に対処できます」
僕も知っている。
アンデッドへの対処そのものは、そこまで難しくない。
聖水で祓うか。
火の魔法で焼き払うか。
どちらも無ければ、物理で叩けば黙る。
少なくとも、普通のアンデッドならそれで十分だ。
問題は。
黄泉の将エンブリオが操るものが、普通ではないことだった。
前の人生でも、あいつには何度か痛い目を見せられた。
ただ、そのことをナディアにも神殿長にも話すわけにはいかない。
「でも、四天王がアンデッドを使っている」
「そこですな」
神殿長の表情が少し険しくなる。
「数を揃えるだけなら、それほど珍しい術ではございません。しかし、魔王軍の四天王がそれを得意としているのであれば、我々の知る死霊術とは別物と考えるべきでしょう」
「ですよね」
僕は頷いた。
「じゃあ、一番有効なのは?」
「聖属性です」
即答だった。
「浄化魔法を扱える神官であれば、アンデッドに対して非常に高い効果を発揮します」
「使える人は多いですか?」
「いいえ」
今度も答えは早かった。
「祈祷や簡単な治癒を扱える者は多くおります。しかし、実戦で使えるほど強い聖属性魔法となれば、かなり限られます」
神官だから全員がアンデッドを消し飛ばせるわけではないらしい。
「聖属性の武器は?」
「聞いたことがございませんな……」
「属性石は?」
「それも、少なくとも私は存じません」
やっぱりか。
もしあれば《空白の剣》に使えるかと思ったが、そう簡単にはいかない。
ナディアが僕を見る。
「残念そうですね」
「ちょっとだけ」
「すぐ武器に繋げようとするのですね」
「使えるものは使いたいから」
神殿長が苦笑した。
「聖属性そのものを道具へ定着させるのは、通常の属性とは勝手が違いますからな」
「じゃあ、聖水なら大神殿にもありますよね?」
「もちろんございます」
「どのくらい用意できます?」
「……どのくらい、と申しますと?」
「戦争で使えるくらい」
神殿長が黙った。
ナディアも僕を見る。
「勇者様」
「はい」
「聖水を何に使うおつもりで?」
「まだ何も決めてません」
「では、なぜ戦争で使える量を」
「必要になるかもしれないので」
神殿長は額へ手を当てた。
国王が僕を同行させなかった理由が、少し分かった気がする。
「大量に、となると難しいですな」
「貴重だからですか?」
「貴重というより、必要なのです」
「必要?」
「聖水は大神殿だけで保管しているものではございません。各地の町や村にも、一定量が常備されています」
それは初めて聞いた。
「そんなに?」
「アンデッドだけが用途ではありませんからな。呪いや穢れへの対処にも使います。墓地で異変が起こることもありますし、魔物によっては聖水を嫌うものもおります」
災害用の備蓄に近いのか。
「つまり、一か所に大量に集めてあるわけではない」
「左様です」
神殿長が頷く。
「大神殿にも備蓄はございます。しかし、それは王都で何かあった際に使うもの。全量を持ち出すわけにはまいりません」
「作ることは?」
「できます」
少し期待した。
「ただし、ただ水へ祈ればよいというものではございません」
すぐに潰された。
「清めた水に、一定以上の力を持つ神官が祝福を施します。量が増えれば、その分だけ人手と時間が必要になります」
「一人で樽いっぱいとかは?」
「できなくはございませんが、その神官はしばらく動けなくなるでしょうな」
「駄目ですね」
「駄目です」
ナディアがまた顔をそむけた。
「ただ」
神殿長が続ける。
「アンデッドの軍が襲っているのであれば、南方では不足気味かもしれませんな」
「使ってるから?」
「ええ。都市や村の備蓄を消費しているでしょう。神殿も追加で作っているはずですが、長く続けば追いつかなくなります」
これは覚えておいた方がいい。
アンデッドの軍勢。
聖水。
神官。
どれもエンブリオと戦うなら必要になる。
問題は、どんな形で使うかだ。
「少し、もらえます?」
「聖水を?」
「はい。試したいことができるかもしれないので」
「何本ほど?」
「とりあえず二、三本」
神殿長が近くの神官へ指示する。
しばらくすると、小さな瓶が三本運ばれてきた。
透明な液体が入っている。
一本を持ち上げ、光へ透かしてみる。
「……普通の水に見えますね」
「聖水ですからな。見た目まで変わるわけではございません」
栓を開ける。
「飲めます?」
「飲めます」
少し口へ含んでみた。
普通の水だった。
「何か効果は?」
「喉が潤います」
「普通の水ですね」
「聖水です」
「何が違うんです?」
「祝福されております」
「味は?」
「水です」
ナディアがとうとう笑った。
「何がおかしいの?」
「いえ。随分と真剣に飲んでおられるので」
「何か起きるかと思った」
「何も起きなくてよかったではありませんか」
それもそうだ。
残った二本と、飲みかけの一本を魔法袋へ入れた。
「ありがとうございます」
「お役に立てれば幸いです」
必要な情報はかなり集まった。
普通のアンデッドは、そこまで脅威ではない。
聖属性は有効。
ただし、実戦で使える神官は限られる。
聖属性の武器や属性石について、神殿長は知らない。
聖水は各地に常備されているが、一か所に大量に集められてはいない。
作ることはできる。
でも、人と時間が要る。
南方では、すでに消費が始まっている可能性が高い。
まだ答えにはならない。
でも。
材料にはなる。
◇
大神殿を出る。
僕は歩きながら、魔法袋の中にある聖水へ意識を向けた。
「次はどちらへ?」
ナディアが聞く。
「魔術塔」
「宮廷魔術師ですか」
「うん」
大神殿では、アンデッドをどう倒すかを聞いた。
次は。
この国が持っている魔法の力を、どこまで戦争に使えるのか。
それを確かめたい。
魔術塔が見えてくる。
そこには、会っておきたい奴もいた。
くすんだ緑色の髪。
眼鏡。
いつも面白くなさそうな顔。
そして、口が悪い。
「勇者様」
「何?」
「楽しそうですね」
「そう?」
「はい」
自覚はなかった。
魔術塔の入口へ向かう。
扉を開いた途端。
奥から聞き覚えのある声が飛んできた。
「……また来たのか、勇者様」
いた。
「久しぶり、エド」
「お前の『久しぶり』は短すぎるんだよ」




