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第三十九話 眠っている戦力

 キャス渓谷を離れる頃には、空が白み始めていた。


 僕たちは王都へ戻る馬車の中にいた。


 向かいにはナディア。


 その隣にはカシウスさんが座っている。


「黄泉の将エンブリオ、ですか」


 ナディアが呟いた。


「アンデッドを操る四天王のようですね」


「フィヨルドでないのが残念ですが、放っておくわけにはいきません」


 ナディアは淡々と言った。


 僕は頷く。


「南方大陸には、まだ人が残ってる」


 エスカリテは滅んだ。


 それでも、大陸そのものが滅びたわけではない。


 生き残った都市は連合を作り、魔王軍へ抵抗しているらしい。


 そこへ四天王が向かった。


「王都に戻って、対策を考えよう」


「はい」


 話が一段落したところで、僕は昨日の戦いを思い返した。


 騎士団。


 冒険者。


 そして、キャス渓谷で見た戦い。


「カシウスさん」


「はい」


「騎士団と冒険者ギルド、どうでした?」


「何がでしょう?」


「この二年間で、どのくらい変わったかです」


 カシウスさんは少し考えた。


「完璧とは申せませんが、悪くはありませんでした」


「ですよね」


 騎士団は強くなっていた。


 特に、陣形を維持する力。


 ゴブリンキングの攻撃を受けても、簡単には崩れなかった。


 リナリアが《不動陣》を身につけていたのも、その訓練の延長だ。


 前の人生でも、グランヴェル王国の騎士団は守りを重視していた。


 当時の僕は、それを弱点だと思っていた。


 攻撃力が足りない。


 押し切る力がない。


 だから、もっと攻撃的に変えるべきだと。


 今は少し違う。


「騎士団は、あのままでいいと思うんです」


「ほう」


 カシウスさんが僕を見る。


「敵を止められる。陣形を維持できる。それって、かなり大事ですよね」


「もちろんです」


「だったら、無理に違うことをさせる必要はない」


 守ることが得意なら、守らせればいい。


 問題はその後だ。


 止めた敵を、誰が倒すのか。


 冒険者たちは悪くなかった。


 小さな集団で動き、状況に応じて戦い方を変える。


 騎士団にはできない動きだ。


 ただし。


 大軍を正面から消し飛ばすような力ではない。


「何か、お悩みですかな?」


「火力が足りないなって」


「本当に?」


 カシウスさんが言った。


「え?」


「本当に、この国には攻撃力が足りないのでしょうか」


 僕は眉を寄せた。


「騎士団の話ではありませんよ」


 カシウスさんが窓の外を見る。


「この国には、騎士しかおりませんか?」


 その言葉で、少し考えた。


 冒険者。


 神官。


 そして。


「魔術師……」


 カシウスさんが微笑む。


「私は何も申し上げておりませんよ」


「言ってるようなものじゃないですか」


「そうでしょうか」


 僕は背もたれへ身体を預けた。


 魔術師。


 もちろん、この国には大勢いる。


 前の人生でもいた。


 騎士団に同行していた者。


 城壁を守っていた者。


 各地の拠点へ派遣された者。


 冒険者として戦っていた者もいる。


 宮廷魔術師には、強力な攻撃魔法を使える者もいた。


 エドも、その一人だった。


 だけど。


(……あれ?)


 思い返してみる。


 一度目の戦争。


 魔術師たちは、いつもどこかに配属されていた。


 騎士団に数人。


 砦に数人。


 都市の防衛に数人。


 強い魔術師なら、重要な戦場へ。


 もっと強ければ。


 勇者の仲間へ。


 僕はエドと一緒に戦った。


 優秀な魔術師だった。


 だからこそ、僕たちのパーティに加えられた。


 でも。


 エドのような魔術師が十人いたら。


 百人いたら。


 その百人を、一つの戦力として使おうとしたことがあっただろうか。


 記憶を探る。


 ない。


 少なくとも、僕が知る限りでは。


「……バラバラだった」


「何がです?」


 ナディアが尋ねる。


「前……」


 口を止める。


「今までの王国の魔術師の使い方」


 言い直した。


「必要な場所に、一人とか二人とか送ってる」


「それが普通なのでは?」


「うん」


 普通だ。


 だから気づかなかった。


 騎士団へ魔術師を付ける。


 砦へ魔術師を送る。


 冒険者パーティに魔術師がいる。


 それぞれは間違っていない。


 でも。


「魔術師だけを、まとまった戦力として動かしたら?」


 ナディアが少し考えた。


「かなりの火力にはなるでしょうね」


「ですよね」


 カシウスさんが口元を緩める。


「ようやく気づかれましたか」


「やっぱりそれを言いたかったんじゃないですか」


「さて」


 腹が立つ。


 でも。


 面白い。


 騎士団が止める。


 その後ろから、まとまった魔法を叩き込む。


 冒険者が崩れた場所へ入り、逃げた敵を追う。


 それぞれに、得意なことをやらせる。


 一人の人間に、全部をやらせる必要はない。


 組織だって同じだ。


「王都に戻ったら、一度確認してみます」


「何をです?」


「この国に、どんな魔術師がいるのか」


     ◇


 王都へ戻ると、その日のうちに国王へ報告することになった。


 王城へ入る。


 謁見の間には、すでに何人かが集まっていた。


 国王。


 大臣たち。


 そして。


「勇者様!」


 聞き覚えのある声に、足が止まった。


 少女がこちらへ駆け寄ろうとして、侍女に止められる。


 長い金色の髪。


 まだ幼さの残る顔。


 こちらを見る目が、驚くほど輝いている。


 アリシア・グランヴェル。


 王女。


 一瞬だけ。


 炎が見えた。


 崩れた王城。


 黒将ヴァルガス。


 その手に掴まれた、少女の首。


『勇者様が必ず助けに来ると、そう申しておりました』


「勇者様?」


 声で、今に戻った。


 アリシアが不思議そうに僕を見ている。


 生きている。


 まだ十三歳。


 僕と同い年だ。


「……初めまして」


 僕は頭を下げた。


「勇者です」


「はい!」


 アリシアは嬉しそうに頷いた。


「存じています!」


 それはそうだろう。


 僕も知っている。


 でも。


 今回は、初対面だ。


     ◇


 南方大陸の状況。


 都市連合。


 魔王軍。


 四天王、黄泉の将エンブリオ。


 分かっていることを報告する。


「アンデッドを操る四天王か」


 国王の顔が険しくなった。


「厄介ですな」


 財務卿ベルトランが言う。


「通常の軍とは、勝手が違うでしょう」


「はい」


 僕は頷く。


「なので、準備をしたいです」


「必要なものがあれば申せ」


「まず、宮廷魔術師について詳しく知りたいです」


「宮廷魔術師を?」


「はい」


 それから続ける。


「それと、大神殿にも協力をお願いしたいです」


 国王が少し意外そうな顔をする。


「大神殿に?」


「はい」


 アンデッド。


 僕は、一度戦っている。


 でも。


 その経験だけを頼りにするつもりはない。


 前の人生で勝てなかった相手なのだから。


「次の敵は、アンデッドを操る四天王です」


 一度、息を吐く。


「アンデッドの倒し方を、一から勉強しようと思います」

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