幕間三 黄泉の将は、南方へ向かう
少し、時を巻き戻す。
「しばらく、勇者とグランヴェルには手を出すな」
魔王の言葉に、広間の空気がわずかに張り詰めた。
東大陸攻略の方面軍をまとめていた魔人族の一人、パラスがおそるおそる口を開く。
「それは……何故ですカ?」
「勇者がアサシンギルドを使って、面白い動きをしておるようだ。しばらく観察したい」
魔王は玉座に腰掛けたまま続ける。
「ともすれば、勇者の独断専行で国が傾くやもしれんぞ」
「は、はァ……左様でございますか」
パラスには、頷くことしかできなかった。
勇者を放置する。
しかも、その理由が国を傾けるかもしれないから見ていたい、という。
魔王が何を面白がっているのか。
パラスごときには、その意図までは量りかねた。
「それに、下手な者を派遣すれば、勇者の餌になるやもしれん」
「……承知いたしましタ。方面軍は一部を残し、引き揚げさせます」
「うむ」
東大陸へ割いていた戦力は縮小する。
その分、現在は南方大陸へ戦力を寄せる方針らしい。
かつて南方の大国エスカリテが滅んだことで、魔王軍は攻略が容易になると見ていた。
だが、そうはならなかった。
エスカリテを失ったあと、残された都市は互いに手を結び、都市同盟を結成した。
ひとつひとつなら脅威ではない。
だが、まとまれば話は別だ。
予想以上に抵抗が強い。
「四天王を向かわせるか」
「魔王様!」
魔王がその言葉を発するや否や、広間にいた魔族のひとりに異変が起きた。
「あががががが……!」
全身を大きく震わせたかと思うと、その魔族の身体がふらりと立ち上がる。
次の瞬間、ぶすぶすと煙を上げながら肉体が溶け始めた。
皮膚が崩れ、肉が落ちる。
やがて、その中から一体の骸が姿を現した。
骸はゆっくりと身を起こすと、ひょこ、ひょこと妙に軽い足取りで魔王の前まで歩いていく。
そして、跪いた。
「四天王がひとり、黄泉の将エンブリオ。罷り越してございます」
その登場を見た瞬間、周囲の魔族たちが一斉に震え上がった。
「なぜ普通に出てこれんのだ、あの方は……」
「馬鹿者、聞こえたらただではおかんぞ」
「魔王様の御前だよ、君たち」
「――っ!」
骸の首が、ぐるりと百八十度回転した。
こちらを向いた頭蓋骨が、にっこりと笑う。
魔族たちは地面に埋まらんばかりの勢いで土下座した。
「も、申し訳ございません!」
「よい」
魔王は気にした様子もなく言う。
「それよりも、聞いていたな」
エンブリオは首を元へ戻すと、魔王へ深く平伏した。
「南方の都市同盟でしたな。少々お時間をいただきますが、万事、お任せいただけますか?」
「そうだな」
魔王が少し考える。
「ひとつ、注文をつけてよいか」
「はっ」
「楽しめ」
一瞬、エンブリオの動きが止まった。
やがて、かたかたと顎の骨が鳴る。
「……それはそれは」
骸は、嬉しそうに笑った。
そのまま動きが止まる。
「……?」
次の瞬間。
がしゃり、と骨が崩れ落ちた。
さっきまで魔王の前で言葉を発していた骸は、もう動かない。
正真正銘、もの言わぬ骸へと戻っていた。




