第三十八話 魔人は、勇者を見る
え?
何が、起きた。
身体が動かない。
痛い。
腹が、ない。
いや、ある。
あるはずなのに。
穴が開いている。
血が止まらない。
息ができない。
死ぬ?
僕が?
魔族の、この僕が?
あんな位階二十そこそこの子供に?
あり得ない。
そんなはずがない。
思えば、おかしかった。
もっと早く終わるはずだった。
位階差は大きい。
まともにやれば、剣でも魔法でも押し潰せる。そういう相手だったはずだ。
なのに。
避けられた。
受け流された。
攻撃を見られた。
気づけば、こっちが試されていた。
あいつは戦いながら僕の反応を見ていた。
最初から知っていたわけじゃない。
その場で見つけた。
僕が水を嫌がることまで。
そして、あの目。
パラスの背筋に寒気が走る。
人間が、あれほど昏い目をするものなのか。
怒鳴っていたわけじゃない。
取り乱してもいない。
ただ、殺す相手を見る目だった。
覚えがある。
ずっと昔。
魔王様の間で――。
◇
「ふう」
息を吐く。
右腕が重い。
《反衝手甲》に溜め込んでいた衝撃を全部吐き出したせいか、腕全体が痺れている。
それより。
「リナリア、ナディア。無事か?」
「ええ」
リナリアが剣を支えにして立ち上がる。
服の一部が焦げ、頬にも煤がついていた。
「火のダメージはありますが、なんとか無事です」
「私もなんとか逃げられました」
少し離れた影からナディアが姿を現す。
「魔族は、ああいう攻撃もするのですね」
「ああ。全員じゃないけどね」
周囲を見る。
洞穴の中には、もう動いているゴブリンはいなかった。
焼け焦げた死体があちこちに転がっている。
「ゴブリンたちは、みな焼け死んだようです」
「そうみたいだね」
敵味方まとめて焼いた。
パラスにとっては、それでよかったらしい。
壁際を見る。
まだ生きている。
腹には大穴が開き、岩壁にもたれかかっている。
普通の人間なら、とっくに死んでいる傷だ。
それでも息がある。
「さて」
ゆっくりと近づく。
パラスの肩がびくりと動いた。
「色々と聞きたいことがあるな。お前には」
「ヒ……ハ、ヘ……ヘェッ!?」
随分と変な声が出た。
まあいい。
聞きたいことは多い。
魔王が僕を放っておけと言った理由。
東側から魔王軍の戦力を引いている理由。
こいつがここへ来た経緯。
ただ、その前に。
「リナリア」
「はい」
「外の様子を見てきてくれ。外にこんなのがもう一匹いたらまずい。何もなければ、騎士団に合流するんだ」
リナリアが表情を引き締める。
「かしこまりました」
踵を返し、速足で洞穴の出口へ向かっていった。
姿が見えなくなる。これから起こることを、彼女は見ない方がいい。
「ナディア」
「はっ」
ナディアが腰の小袋を外した。
細い刃物。
小さな薬瓶。
布。
いくつかの道具を地面へ並べ始める。
パラスの顔が引きつった。
「な、何をする気ダ……」
「見れば分かるでしょう」
「拷問する気カ!?」
「素直に喋ってくれれば、何もしないさ」
「喋るわけがないだロウ!?」
パラスが血を吐きながら笑う。
「どうせ僕は死ヌ! 何をされたって同じダ!」
「ああ。そうだね」
僕は魔法袋へ手を入れた。取り出したのは、小さな笛。
「ところが、こういう便利なアイテムがあるんだ」
「……何だ、それ」
「《死者の呼び笛》」
王都に来たばかりの頃に買った、曰くつき。
死者を、死ぬ直前の状態で呼び戻すアイテムだ。
傷も苦痛もそのまま。
どう手を施しても、またすぐに死ぬ。
本来なら、どうしても遺言を聞き届けたい時くらいにしか使われない。それですら、使うのを躊躇われる代物だ。
「お前が死んだら呼び戻す」
「ナ……なんだト……?」
「それでも喋らなかったら、また」
笛を軽く振る。
「ね? 早く喋る方が、得だよ」
◇
「……これで全部か」
「ぜ、全部……話したヨ……」
壁にもたれたパラスが、荒い息をしながら答える。
声からさっきまでの威勢は完全に消えていた。
「嘘は?」
「ありません」
ナディアが即答した。
「少なくとも、本人が知っている範囲では」
「そうか」
剣を抜く。
そのまま振った。
パラスの首が落ちる。
「――」
ナディアがほんの少し目を見開いた。
確認が終わった次の瞬間には、もう斬っていた。
(たまに、本当に十三歳かと思う時がある)
その時、身体の奥が熱くなった。
来た。
位階が上がる。
二十五。二十六。
まだ止まらない。
《獅子の子》。
自分より遥かに格上だったパラスを倒した経験が、一気に流れ込んでくる。
二十七。二十八。二十九。
三十。
そこで、ようやく止まった。
「……六つか」
さすがに大きい。
位階四十の魔人を倒しただけはある。
増えた祝福点も確認したいところだけど、それは後でいい。
その時だった。
ぱち、ぱち、ぱち。
洞穴の奥から拍手が聞こえた。
「……?」
ナディアがすぐに短剣へ手を伸ばす。
僕も剣へ手をかけたところで、暗がりから人影がぬっと現れた。
「お見事です、勇者様」
「カシウスさん?」
仮面をつけた男が、何事もなかったように歩いてくる。
「見てたの?」
「いいえ。聞いておりました」
「出てくればよかったのに」
「お楽しみでしたので」
「楽しくなんか……無いよ」
「それは、失礼しました」
まったく悪びれた様子はない。
「いつからいたんですか?」
「さて。どの辺りからでしょう」
「答える気ないでしょ」
「よくお分かりで」
ナディアが警戒した目を向けているが、カシウスは気にした様子もない。
首の落ちたパラスを一瞥した。
「大した情報は得られませんでしたね」
「聞いてたなら知ってるでしょ」
「ええ。ですので、確認です」
実際、パラスが知っていたことは多くなかった。
魔王から、僕にはしばらく手を出すなと命令されていたこと。
東側に置かれていた魔王軍の戦力が減っていること。
その理由までは、パラス自身も知らされていなかった。
ただ、一つだけ。
重要な情報がある。
「魔王軍の今の狙い」
ナディアが静かに口を開いた。
「今は亡き私の祖国、エスカリテがあった南方大陸のようです」
カシウスが頷く。
「現在の南方大陸は、エスカリテという国を失ったことで、残った都市が同盟を作ったようです」
国を失ったあとも、人がいなくなったわけじゃない。
残された都市同盟が、魔王軍に対抗している。
そして。
「そこに、四天王の一人がいる」
「ええ」
ナディアの目つきが鋭くなった。




