第三十七話 魔族の本気
パラスが大きく後ろへ跳んだ。
「《黒雷》!」
紫色の雷が三本、時間をずらして飛んでくる。一発目を右へかわし、二発目は身体を沈める。三発目は僕が避けた先へ曲がった。
剣で軌道を逸らす。雷が洞穴の壁へ突き刺さり、岩を砕いた。
「チッ! 《焔槍》!」
今度は炎の槍だ。一本目をかわしたところへ二本目、そのさらに外側から三本目が飛んでくる。
近づけさせる気はないらしい。
「どうしたヨ! 第二ラウンドじゃなかったのか!」
「もう始まってるよ」
走りながら雷をかわす。
さっきまでなら、魔法が飛んでくるのを見てから動いていた。
今は違う。
右手を大きく開けば雷。左肩が沈めば炎。連続で撃つ時は、僕が逃げそうな方向へ次の一発を置いてくる。
攻撃は速い。
でも、癖はある。
右手が開く。
雷。
撃たれる前に進路を変えた。
「なっ」
紫電が横を通り過ぎる。
そのまま距離を詰めながら魔法袋へ手を入れ、《空白の剣》を抜いた。
属性石を嵌める。
火。
刀身に炎が走る。
「そんなもの!」
魔法をかわしながら斬りつけると、パラスは腕で受けた。浅く皮膚が裂けるだけ。
すぐ石を抜く。
土。
重くなった剣を振り下ろす。
「効かないヨ!」
拳で弾かれ、僕の身体が押し戻される。
その間に次。
風。
刃の周囲に風が巻きつく。
踏み込んで突く。
パラスは上体を少しずらしただけで避けた。
「さっきから何してんだヨ!」
「試してる」
「僕で試すな!」
炎が飛んでくる。
横へ抜けながら属性石を替える。
水。
薄い水の膜が刀身を包んだ。
斬る。
「――っ」
パラスが後ろへ跳んだ。
少し大きい。
僕は追わない。
火は受けた。土は弾いた。風も必要な分だけ避けた。
もう一度。
火。
斬る。
受ける。
切り返しながら水へ。
「チッ!」
今度は横へ大きく飛んだ。
「へえ」
「何だヨ」
パラスが眉を寄せる。
弱点かどうかまでは分からない。
ただ、水だけは明らかに嫌がっている。
「お前の嫌がりそうなものが理解ってきたよ」
「……は?」
パラスの顔が歪んだ。
「調子に乗るなヨ……」
周囲の魔力が一気に膨れ上がる。
空気が熱を帯びた。
来る。
魔人の全力。
前の人生でも魔人とは何度か戦った。本気になった時の行動にはいくつか種類がある。肉体を大きく強化する奴もいれば、固有の力を使い始める奴もいた。
さて、こいつは何をする。
パラスがにやりと笑った。
「魔族を馬鹿にした屈辱、返してやるヨ!」
両腕を広げる。
視線がおかしい。
僕を見ている。
いや、僕の後ろまで見ている。
《鷹の目》の広がった視界には、ゴブリンたちを相手にしているナディアとリナリアも入っていた。
なるほど。
僕が……いや、勇者が一番嫌がりそうな手を選んだらしい。
パラスの全身が白く発光する。
「《灼界》!」
光が膨れ上がった。
「焼かれろ!」
「リナリア! 《不動陣》を使え!」
「えっ――」
リナリアが一瞬こちらを見る。
なぜ僕がその祝福を知っているのか。そんな顔だった。
それでも、すぐに剣を構える。
「……はい!」
ナディアも同時に足元の影へ沈んだ。
次の瞬間、光熱が洞穴一帯を襲った。
「ぐっ……!」
熱い。
《空白の剣》へ水属性を通す。
押し寄せる熱へ刃を振るう。
水が一瞬で沸騰した。
大量の蒸気が噴き上がる。
それでも、全部は消えない。
熱が頬と腕を焼いた。
衝撃に押され、足が滑る。
皮膚がひりつく。
息を吸うだけで喉も熱い。
でも、死ぬほどじゃない。
なら進める。
水を纏った剣で熱をいなしながら、蒸気の中へ踏み込む。
何も見えない。
《第六感》。
前へ。
「ハハハハハッ!」
高笑いが聞こえた。
「どうした勇者! 仲間が焼け死ぬゾ!」
声のする方へ走る。
身体に熱が刺さる。
それでも止まらない。
蒸気を抜ける。
「ハハ……ハ?」
パラスの目が見開かれた。
両腕を広げたまま、全身から光熱を放ち続けている。
やっぱり。
この攻撃の間は、大きく動けない。
僕はそのまま懐へ飛び込んだ。
「なっ――」
水を纏った《空白の剣》を振り抜く。
「ぐあっ!」
刃がパラスの脇腹を裂いた。
初めて、はっきりと手応えがあった。
パラスが大きくよろける。
「この攻撃の最中は、無防備になりそうだと思った」
「甘ちゃんの勇者が……仲間を庇わないだト!?」
「意外か?」
リナリアなら耐えられる。
ナディアなら逃げられる。
だから僕まで戻る必要はない。
目の前には、こいつを倒せる隙がある。
僕がやるべきことは決まっている。
「でもな」
パラスを見る。
「ムカつきはするんだよ、それでも」
「ヒッ」
顔から余裕が消えた。
パラスが半歩下がる。
「な、何だヨ……その目……」
右拳を引いた。
拳の周囲に熱が集まる。
「舐めるなァ!」
殴りかかってくる。
速い。
《鷹の目》で肩と踏み込みを捉える。
身体を捻った。
拳が頬のすぐ横を通る。
熱で皮膚が焼けた。
紙一重。
そのまますれ違いざまに《空白の剣》を返す。
水。
「ッ!」
パラスが大きく身体を逸らした。
やっぱりだ。
水だけは避ける。
さらに追う。
もう一撃。
「くっ!」
今度は後ろへ大きく跳んだ。
避けすぎだ。
足が揃う。
体勢が崩れる。
胴が開いた。
ここだ。
《近接連携》。
剣から拳へ。
《急所攻撃》。
一歩、踏み込む。
「お前が蓄えてくれたエネルギーを――」
《反衝手甲》が震えた。
この戦いで何度も受けてきた、パラス自身の打撃。
溜め込まれた衝撃が右拳へ集まる。
「返すぞ!」
腰を落とす。
真正面から、正拳を撃ち抜く。
《一撃必殺》。
「――――ッ!?」
拳がパラスの腹へめり込んだ。
止まらない。
そのまま胴体を突き破る。
一瞬遅れて、《反衝手甲》に蓄えられていた衝撃が解放された。
パラスの身体全体が跳ねた。
そのまま後方へ吹っ飛ぶ。
岩壁へ激突した。
轟音とともに壁が砕け、土煙が洞穴の中へ広がった。




