第四話 勇者は、強敵を目指す
大神官の誘いを断った。
けれど、それだけで王都行きを避けられるとは思っていない。
カレド村が予言どおり襲われれば、神殿は僕の言葉を信じるだろう。
同時に、未来を見通す力を持つ勇者を、ますます手元へ置きたがるはずだ。
だから、予言を当てるだけでは足りない。
七歳の勇者が襲撃を予見し、自ら戦場へ赴き、魔物を退けた。
そこまで含めて、一つの英雄譚にする。
そのうえで僕は、新たな神託を受けたと告げるつもりだった。
今は生まれ故郷に留まり、力を蓄えよ。
王都へ向かう時期は、神が改めて示す――と。
そんな神託は存在しない。
僕が今、考えた嘘だ。
一度目の僕なら、神の名を使って嘘をつくことなど考えもしなかった。
今は、それで両親のそばに残れるなら、ためらう理由にはならなかった。
問題は、今の僕が位階一だということだ。
通常のゴブリンなら倒せる。
けれど、群れを率いる白傷のオーガは位階八。
まともに戦えば、今の僕では一撃も耐えられない。
それでも、倒す方法はある。
足りないものを、今夜のうちに揃える。
◇
両親が眠った後、僕は家を抜け出した。
最初に向かったのは、村の礼拝堂だった。
王都から来た神官たちは、今夜もそこへ泊まっている。
裏手の小窓は、留め金が壊れている。
一度目の人生で、この礼拝堂が魔物に襲われた後に知ったことだった。
窓から中へ入り、音を立てないよう廊下を進む。
目当ては、大神官に付き従っていた白髪の神官の荷物だ。
一度目の人生で、彼は僕を王都へ連れていく途中、魔物の襲撃を受けて死んだ。
遺品の中から見つかった聖具は、本来、成長した僕へ渡される予定だったらしい。
寝台の下から革鞄を引き出す。
法衣、聖典、薬瓶。
その奥に、黒い布で包まれた銀色の杭があった。
《封魔杭》
魔物の体へ打ち込むことで、短時間だけ魔力の流れを封じる聖具。
魔力で硬化した皮膚も、身体強化も、自動再生も止められる。
ただし、使えるのは一度だけ。
杭を打ち込むまで、相手のすぐそばへ近づく必要もある。
これだけで白傷のオーガを倒せるわけではない。
それでも、あの怪物へ僕の剣を届かせるには必要だった。
神官が今の僕へ渡さなかったのは当然だ。
七歳の子供に持たせるには危険すぎる。
だから、これは取り返すのではない。
ただの盗みだった。
「……失礼」
眠っている神官へ小さく告げ、杭を服の内側へ隠した。
許可を求めれば、絶対に渡してはもらえない。
なら、先に使う。
謝るのは、村を救った後でいい。
◇
礼拝堂を出た僕は、家の物置から父さんの山刀を持ち出し、北の森へ入った。
封魔杭は使わない。
あれは白傷のオーガのための切り札だ。
今夜の獲物は、川沿いの樫の木を縄張りにしている鉄皮猪だった。
位階二。
全身を覆う毛は硬く、七歳の腕で振るう山刀では斬れない。
突進を受ければ、それだけで死ぬ。
だから一度目の僕は、見つけても近づかなかった。
何度か襲われたことはある。
そのたびに逃げた。
逃げるために、動きを覚えた。
鉄皮猪は突進する直前、鼻先を二度持ち上げる。
走り始めれば速いが、急には曲がれない。
怒っている間は、避けられても同じ相手へ繰り返し突進する。
僕は二本の大木の間に、折れた太枝を斜めに固定した。
先端を山刀で削り、地面へ向けて傾ける。
罠というほど複雑なものではない。
鉄皮猪自身の重さと速さを、利用するだけだ。
低い唸り声が聞こえた。
茂みを割り、大きな猪が姿を現す。
僕は小石を投げ、その鼻先へ当てた。
鉄皮猪が地面を蹴る。
鼻先が上がった。
一度。
二度。
来る。
僕の体は七歳まで戻っている。
足も、反応も、以前より遅い。
けれど、敵の動きは以前見たものと同じだった。
鉄皮猪が突進する。
ぎりぎりまで引きつけて、横へ跳ぶ。
牙が服の裾を裂いた。
鉄皮猪は止まれない。
大木の間へ飛び込み、削った枝が下腹部へ突き刺さった。
絶叫が森に響く。
枝は深く食い込んだが、まだ死んではいない。
鉄皮猪が暴れ、枝を折ろうとする。
一度目の僕なら、ここで逃げていた。
今回は、山刀を握り直して近づいた。
硬い背中は狙わない。
首の下。前脚の付け根。
毛皮の薄い場所へ、刃を何度も突き立てた。
やがて鉄皮猪の動きが止まる。
《位階が上昇しました》
《現在位階――二》
《新たな祝福を一つ選択してください》
並んだ候補の中に、探していた名前があった。
《獅子の子》
自らより位階の高い敵へ挑み、勝利した際に得られる成長を倍加する。
一度目にも現れた祝福だった。
あの頃の僕は、危険すぎると考えて選ばなかった。
自分より強い敵へ挑めば、仲間を危険に巻き込む。
安全な相手を倒しながら成長すればいい。
そう思っていた。
安全な道を選び続けた先を、僕は知っている。
「《獅子の子》を選ぶ」
《祝福を獲得しました》
◇
それから僕は、森を回った。
狙うのは、今の自分でも狩りやすい魔物だけ。
群れから離れた森狼。
これなら山刀だけで十分だった。
僕の動きは、七歳まで戻っている。
けれど、敵の動きは変わらない。
森狼は牙を向ける前、片方の肩を沈める。
一度目の僕は、過剰なほど慎重だった。
どう倒すかではなく、どう避けるかばかり考えていた。
間合い。
予備動作。
攻撃の軌道。
逃げてはいけない方向。
攻撃の後に生まれる隙。
嫌になるほど見てきた。
だから今は、見切った後に刃を振れる。
東の空が白み始めた頃、五匹目の森狼が倒れた。
《位階が上昇しました》
《現在位階――三》
《新たな祝福を一つ選択してください》
候補を確認し、僕は小さく息を吐いた。
あった。
一度目の人生で、別の剣士が使っていた祝福。
発動条件も、効果も知っている。
これなら、白傷のオーガへ届く。
「これを選ぶ」
《祝福を獲得しました》
◇
森を抜けると、街道から馬と車輪の音が近づいてきた。
予定通り。カレド村へ派遣された騎士団だ。
騎兵の後ろに、三台の荷馬車が続いている。
正面から同行を願っても、七歳の僕を襲撃予定地へ連れていくはずがない。
最後尾の荷馬車が坂で速度を落とした。
僕は後ろから荷台へ飛び乗り、食料袋と予備の盾の間へ潜り込む。
誰にも気づかれなかった。
荷馬車がカレド村へ向かって進み始める。
僕の位階は三。
白傷のオーガは位階八。
今のまま正面から戦えば、かなうはずもない。
けれど、《封魔杭》がある。
位階三で選んだ、あの祝福もある。
そして僕は、あのオーガが棍棒を振り下ろす直前、どちらの脚へ体重を乗せるのかを知っている。
あの怪物を倒せば、《獅子の子》によって得られる成長は跳ね上がる。
目標は、位階十。
幌の隙間から、遠くにカレド村の尖塔が見えた。
これが、二度目の僕が最初に選んだ賭けだった。
本日の更新は、15時と18時となります。
お読みいただけましたら、ブックマークや評価を頂けると幸いです!




