表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

第四話 勇者は、強敵を目指す

 大神官の誘いを断った。


 けれど、それだけで王都行きを避けられるとは思っていない。


 カレド村が予言どおり襲われれば、神殿は僕の言葉を信じるだろう。


 同時に、未来を見通す力を持つ勇者を、ますます手元へ置きたがるはずだ。


 だから、予言を当てるだけでは足りない。


 七歳の勇者が襲撃を予見し、自ら戦場へ赴き、魔物を退けた。


 そこまで含めて、一つの英雄譚にする。


 そのうえで僕は、新たな神託を受けたと告げるつもりだった。


 今は生まれ故郷に留まり、力を蓄えよ。


 王都へ向かう時期は、神が改めて示す――と。


 そんな神託は存在しない。


 僕が今、考えた嘘だ。


 一度目の僕なら、神の名を使って嘘をつくことなど考えもしなかった。


 今は、それで両親のそばに残れるなら、ためらう理由にはならなかった。


 問題は、今の僕が位階一だということだ。


 通常のゴブリンなら倒せる。


 けれど、群れを率いる白傷のオーガは位階八。


 まともに戦えば、今の僕では一撃も耐えられない。


 それでも、倒す方法はある。


 足りないものを、今夜のうちに揃える。


     ◇


 両親が眠った後、僕は家を抜け出した。


 最初に向かったのは、村の礼拝堂だった。


 王都から来た神官たちは、今夜もそこへ泊まっている。


 裏手の小窓は、留め金が壊れている。


 一度目の人生で、この礼拝堂が魔物に襲われた後に知ったことだった。


 窓から中へ入り、音を立てないよう廊下を進む。


 目当ては、大神官に付き従っていた白髪の神官の荷物だ。


 一度目の人生で、彼は僕を王都へ連れていく途中、魔物の襲撃を受けて死んだ。


 遺品の中から見つかった聖具は、本来、成長した僕へ渡される予定だったらしい。


 寝台の下から革鞄を引き出す。


 法衣、聖典、薬瓶。


 その奥に、黒い布で包まれた銀色の杭があった。


《封魔杭》


 魔物の体へ打ち込むことで、短時間だけ魔力の流れを封じる聖具。


 魔力で硬化した皮膚も、身体強化も、自動再生も止められる。


 ただし、使えるのは一度だけ。


 杭を打ち込むまで、相手のすぐそばへ近づく必要もある。


 これだけで白傷のオーガを倒せるわけではない。


 それでも、あの怪物へ僕の剣を届かせるには必要だった。


 神官が今の僕へ渡さなかったのは当然だ。


 七歳の子供に持たせるには危険すぎる。


 だから、これは取り返すのではない。


 ただの盗みだった。


「……失礼」


 眠っている神官へ小さく告げ、杭を服の内側へ隠した。


 許可を求めれば、絶対に渡してはもらえない。


 なら、先に使う。


 謝るのは、村を救った後でいい。


     ◇


 礼拝堂を出た僕は、家の物置から父さんの山刀を持ち出し、北の森へ入った。


 封魔杭は使わない。


 あれは白傷のオーガのための切り札だ。


 今夜の獲物は、川沿いの樫の木を縄張りにしている鉄皮猪(アイアンボア)だった。


 位階二。


 全身を覆う毛は硬く、七歳の腕で振るう山刀では斬れない。


 突進を受ければ、それだけで死ぬ。


 だから一度目の僕は、見つけても近づかなかった。


 何度か襲われたことはある。


 そのたびに逃げた。


 逃げるために、動きを覚えた。


 鉄皮猪は突進する直前、鼻先を二度持ち上げる。


 走り始めれば速いが、急には曲がれない。


 怒っている間は、避けられても同じ相手へ繰り返し突進する。


 僕は二本の大木の間に、折れた太枝を斜めに固定した。


 先端を山刀で削り、地面へ向けて傾ける。


 罠というほど複雑なものではない。


 鉄皮猪自身の重さと速さを、利用するだけだ。


 低い唸り声が聞こえた。


 茂みを割り、大きな猪が姿を現す。


 僕は小石を投げ、その鼻先へ当てた。


 鉄皮猪が地面を蹴る。


 鼻先が上がった。


 一度。


 二度。


 来る。


 僕の体は七歳まで戻っている。


 足も、反応も、以前より遅い。


 けれど、敵の動きは以前見たものと同じだった。


 鉄皮猪が突進する。


 ぎりぎりまで引きつけて、横へ跳ぶ。


 牙が服の裾を裂いた。


 鉄皮猪は止まれない。


 大木の間へ飛び込み、削った枝が下腹部へ突き刺さった。


 絶叫が森に響く。


 枝は深く食い込んだが、まだ死んではいない。


 鉄皮猪が暴れ、枝を折ろうとする。


 一度目の僕なら、ここで逃げていた。


 今回は、山刀を握り直して近づいた。


 硬い背中は狙わない。


 首の下。前脚の付け根。


 毛皮の薄い場所へ、刃を何度も突き立てた。


 やがて鉄皮猪の動きが止まる。


《位階が上昇しました》


《現在位階――二》


《新たな祝福を一つ選択してください》


 並んだ候補の中に、探していた名前があった。


《獅子の子》


 自らより位階の高い敵へ挑み、勝利した際に得られる成長を倍加する。


 一度目にも現れた祝福だった。


 あの頃の僕は、危険すぎると考えて選ばなかった。


 自分より強い敵へ挑めば、仲間を危険に巻き込む。


 安全な相手を倒しながら成長すればいい。


 そう思っていた。


 安全な道を選び続けた先を、僕は知っている。


「《獅子の子》を選ぶ」


《祝福を獲得しました》


     ◇


 それから僕は、森を回った。


 狙うのは、今の自分でも狩りやすい魔物だけ。


 群れから離れた森狼(ウッドウルフ)


 これなら山刀だけで十分だった。


 僕の動きは、七歳まで戻っている。


 けれど、敵の動きは変わらない。


 森狼は牙を向ける前、片方の肩を沈める。


 一度目の僕は、過剰なほど慎重だった。


 どう倒すかではなく、どう避けるかばかり考えていた。


 間合い。


 予備動作。


 攻撃の軌道。


 逃げてはいけない方向。


 攻撃の後に生まれる隙。


 嫌になるほど見てきた。


 だから今は、見切った後に刃を振れる。


 東の空が白み始めた頃、五匹目の森狼が倒れた。


《位階が上昇しました》


《現在位階――三》


《新たな祝福を一つ選択してください》


 候補を確認し、僕は小さく息を吐いた。


 あった。


 一度目の人生で、別の剣士が使っていた祝福。


 発動条件も、効果も知っている。


 これなら、白傷のオーガへ届く。


「これを選ぶ」


《祝福を獲得しました》


     ◇


 森を抜けると、街道から馬と車輪の音が近づいてきた。


 ()()()()。カレド村へ派遣された騎士団だ。


 騎兵の後ろに、三台の荷馬車が続いている。


 正面から同行を願っても、七歳の僕を襲撃予定地へ連れていくはずがない。


 最後尾の荷馬車が坂で速度を落とした。


 僕は後ろから荷台へ飛び乗り、食料袋と予備の盾の間へ潜り込む。


 誰にも気づかれなかった。


 荷馬車がカレド村へ向かって進み始める。


 僕の位階は三。


 白傷のオーガは位階八。


 今のまま正面から戦えば、かなうはずもない。


 けれど、《封魔杭》がある。


 位階三で選んだ、あの祝福もある。


 そして僕は、あのオーガが棍棒を振り下ろす直前、どちらの脚へ体重を乗せるのかを知っている。


 あの怪物を倒せば、《獅子の子》によって得られる成長は跳ね上がる。


 目標は、位階十。


 幌の隙間から、遠くにカレド村の尖塔が見えた。


 これが、二度目の僕が最初に選んだ賭けだった。

本日の更新は、15時と18時となります。

お読みいただけましたら、ブックマークや評価を頂けると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ