第三十五話 勇者は、耐えて見る
「そうだ」
パラスが何か思い出したように言った。
「まだ言ってなかったね」
こちらへ手のひらを向ける。
「僕の位階は四十だ」
「強いね」
「それだけ?」
「うん」
パラスが一瞬、黙った。
それから笑う。
「降参してもいいよ」
「へえ」
「そっちの女たちの首を切って、僕に捧げればネ」
僕はパラスを見る。
「強いけど」
「ん?」
「馬鹿なんだね」
「……は?」
「そんな条件で降参すると思った?」
パラスの笑顔が消えた。
「いいね」
次の瞬間。
姿が消えた。
◇
「――っ!」
拳。
剣で受ける。
重い。
腕ごと持っていかれそうになる。
力を逃がしながら後ろへ飛ぶ。
着地。
もう目の前にいる。
「遅いよ!」
蹴り。
かわす。
続けて拳。
今度は間に合わない。
左腕を上げる。
《反衝手甲》で受けた。
「ぐっ!」
身体が横へ飛ばされた。
地面を滑る。
すぐ立つ。
痛い。
でも、動ける。
手甲の中に衝撃が残っている。
まだ使わない。
「へえ」
パラスが少し目を細めた。
「立つんだ」
答えない。
見る。
足。
腰。
肩。
視線。
次にどこから来る。
◇
ナディアたちとの訓練で。
何度も言われた。
相手を見ろ。
最初は、見ているつもりだった。
でも違った。
武器を見るだけじゃない。
肩が上がる。
重心が動く。
視線が一瞬だけ流れる。
呼吸が変わる。
攻撃は、その前から始まっている。
パラスの右肩が動いた。
来る。
横へ。
拳が壁へ突き刺さる。
岩が砕けた。
「おっと」
今度は手を開く。
魔力が集まる。
「《黒雷》」
紫色の雷が走る。
避ける。
壁が弾ける。
二発目。
三発目。
速い。
でも。
撃つ直前、指が僅かに動く。
身体を沈めた。
頭上を雷が抜けていく。
「……」
パラスの顔が少し変わった。
◇
おかしい。
パラスは勇者を見ながら思う。
聞いていた話では。
位階は二十そこそこ。
確か、剣と魔法を使って戦う。
それだけだった。
今、目の前にいる少年も強い。
だが。
自分は位階四十。
倍近く離れている。
普通なら。
これは戦闘とすら呼べない。
一撃で終わる。
そういう差だ。
なのに。
「《焔槍》」
炎の槍を三本放つ。
勇者が横へ飛ぶ。
一本。
二本。
三本目だけ軌道を変える。
「追ってくるのか!」
地面を蹴った。
炎が背後で爆発する。
直撃しない。
「……」
しかも。
剣だけじゃない。
左腕に付けた、妙な手甲。
何度か拳を受けている。
なのに壊れない。
勇者自身も倒れない。
(何だ、あれ)
聞いていない。
あんな装備。
「逃げてばっかりじゃ勝てないよ!」
「分かってる!」
魔力弾。
避ける。
その着地点へ踏み込む。
「もらった!」
拳を振り抜く。
今度こそ直撃する。
勇者が左腕を上げた。
また、あの手甲。
鈍い音。
身体が大きく流される。
それでも。
倒れない。
「……?」
パラスは眉を寄せた。
◇
まだ。
手甲に衝撃が溜まっている。
一発目。
二発目。
三発目。
《反衝手甲》は、受けた物理的な衝撃の一部を蓄える。
もちろん。
受けた攻撃そのものを消してくれるわけじゃない。
痛いものは痛い。
だから全部を受けるわけにはいかない。
耐えられる攻撃だけ。
死なないものだけ。
選んで受ける。
それ以外は避ける。
パラスの攻撃を見ながら。
少しずつ。
◇
パラスが止まった。
「……あれ?」
僕も距離を取る。
「何?」
「いや」
首を傾げる。
「聞いてた話と違うな」
「誰に聞いたの?」
「色々だよ」
パラスは僕の剣を見る。
次に。
左腕の手甲。
「位階は二十そこそこ」
「まあ、そんなもんだね」
「剣と魔法で戦うって聞いてた」
「間違ってないよ」
「でも、さっきから魔法を使わない」
「うん」
「妙な手甲で僕の攻撃を受けてる」
「そうだね」
パラスが僕をじっと見る。
「君さ」
さっきまでの楽しそうな笑顔が少しだけ消えた。
「位階が倍も離れた相手と戦ってるんだよ?」
「知ってる」
「普通は勝てない」
「そうだね」
「怖くないの?」
少し考えた。
「怖いよ」
「……」
「だから見てるんだけど」
パラスが黙る。
意味が分からない。
そんな顔だった。
位階が倍離れている。
真正面から殴り合えば負ける。
だから。
真正面から殴り合わなければいい。
僕は剣を握り直す。
手甲には、もうかなり溜まっている。
でも。
まだ。
「こいつ……」
パラスが呟いた。
初めて。
僕を見る目から、余裕が少しだけ消えた。
「どういう神経してるんだ?」




