第三十三話 待ち受ける悪意
キャス渓谷に入ってから、討伐は順調に進んでいた。
「右手、五体!」
「弓兵、前へ!」
岩場を走っていたゴブリンへ矢が降る。
二体が倒れ、残った三体が岩陰へ逃げ込む。
そこへ回り込んでいた冒険者たちが飛び出した。
「こっちは任せろ!」
騎士団が正面を押さえ、冒険者が横へ回る。
逃げた個体を追う別働隊も配置してある。
僕は少し離れたところから、その様子を見ていた。
「悪くありませんね」
横にいたカシウスが言う。
「意外ですか?」
「いいえ。これだけ準備して失敗されては困ります」
「一言多いですよ」
「お褒めしたつもりですが」
だったら普通に褒めてほしい。
今回、カシウスも同行していた。
冒険者ギルドと騎士団が実戦でどこまで機能するのか、自分の目で見ておきたいらしい。
「左側、抜けたぞ!」
騎士の声が飛ぶ。
反射的に動こうとすると、
「勇者様」
カシウスに止められた。
「でも」
「冒険者が二名、回っております」
見る。
本当だ。
岩の上から二人が飛び降り、逃げたゴブリンの前へ出た。
すぐに片付く。
「勇者様が動けば早いでしょう。しかし、それでは今回の意味がありません」
「分かってます」
分かっている。
つい身体が動くだけだ。
前までなら、目の前に敵がいれば自分で倒していた。
今日は違う。
僕がやる必要のないところは、任せる。
そのために来た。
◇
渓谷を進むにつれ、ゴブリンの数は増えた。
それでも大きな混乱は起きない。
「第二隊、前進!」
「了解!」
「洞窟の入口を確認!」
「中へ入るな! 印だけ付けろ!」
騎士団の指揮に、冒険者たちも合わせて動く。
騎士団は集団を崩さない。
冒険者は地形を使うのがうまい。
最初は一緒に戦わせること自体を心配していたけど、役割を分けてしまえば思っていたより噛み合った。
「カシウスさん」
振り返る。
「……あれ?」
いない。
さっきまでいたはずなのに。
「勇者様?」
近くの騎士も周囲を見る。
「カシウスなら、少し前に向こうへ行かれましたが」
「一人で?」
「はい」
「何しに……」
まあいいか。
あの人なら、必要になれば勝手に戻ってくるだろう。
◇
「勇者様」
ナディアが近づいてきた。
周囲にはまだ騎士や冒険者がいる。
「前方の掃討はほぼ終了しております。奥へ続く道があります」
「キングがいるとしたら、そっちかな」
「可能性は高いかと」
ゴブリンの数も、奥へ行くほど減っている。
逃げているというより。
近づかせないようにしていた感じがした。
「行きましょう」
「はい」
ここから先は僕の仕事だ。
ゴブリンキングがいるなら、普通の騎士たちに任せる相手じゃない。
ナディアと奥へ向かおうとした、その時だった。
「勇者様!」
後ろから声が飛んだ。
振り返る。
リナリアだった。
二年前、訓練場で見かけた時より、ずっと騎士らしくなっている。
まだ十五歳。
それでも、剣を握る姿に迷いはない。
顔つきも以前より引き締まっていた。
一度目の人生で僕が知っていたリナリアに、少しずつ近づいている。
「勇者様、危険です。お供いたします」
「君は?」
「騎士-リナリアと申します」
「持ち場は?」
「周辺の掃討はほぼ完了しています」
「勝手に来た?」
一瞬だけ目を逸らした。
「……はい」
やっぱり。
そこは変わってないらしい。
でも腕は確かだ。
この二年で、すでに騎士団でも上位に食い込み始めている。
「頼む」
「はい!」
ぱっと表情が明るくなる。
「足手まといにならないでくださいね」
ナディアが言った。
丁寧な口調。
でも。
妙に冷たい。
リナリアがナディアを見る。
「……貴方は?」
「誰でもいいでしょう」
「勇者様の護衛の方ですか?」
「似たようなものです」
「騎士団の所属ではありませんよね」
「それが何か?」
「素性の分からない方を、勇者様のお側に置くのは少し気になります」
「二年以上、勇者様と共に戦っておりますが?」
「それは失礼しました」
二人とも言葉は丁寧だ。
なのに、空気がよろしくない。
「……行こうか」
「はい、勇者様」
「承知しました」
左右から返事が返ってくる。
なんだろう。
ゴブリンキングより先に、別の問題が起きそうな気がする。
◇
奥へ進む。
残っていたゴブリンが飛び出してきた。
「ギャッ!」
リナリアが前へ出る。
一体目の剣を受け流し、そのまま首を斬る。
二体目。
半歩ずれて攻撃をかわし、返す剣で胴を裂いた。
速い。
やっぱり強くなってる。
「上手いね」
「ありがとうございます!」
「勇者様、前を」
ナディアの短剣が僕の横を抜けた。
背後から来ていたゴブリンの額に刺さる。
「見えてたよ」
「そういうことにしておきます」
リナリアがちらりとナディアを見る。
「勇者様に向かって、その言い方は――」
「前」
「え?」
ゴブリンが三体走ってきている。
「……っ!」
リナリアが慌てて構えた。
ナディアが小さく笑う。
「まだまだですね」
「今のは、少し気を取られただけです」
「実戦では、それを油断と言うのでは?」
「……承知しております」
やめてほしい。
本当に。
ゴブリンより、こっちの方が気になる。
◇
さらに奥へ進んだところで。
僕は足を止めた。
「……あれ?」
岩壁に、大きな穴が開いている。
自然にできた洞窟じゃない。
掘ってある。
人が何人も並んで入れるほど広い。
「勇者様?」
リナリアが僕を見る。
「いや」
一度目の人生でも、僕はここへ来た。
ゴブリンキングとも戦った。
でも。
こんな洞穴はなかった。
「ナディア」
「はい」
リナリアがいるから、ナディアもまだ敬語だ。
「どう思う?」
「ゴブリンが掘ったにしては、整いすぎていますね」
入口の壁を見ると、削った跡はある。
でも雑じゃない。
「入りますか?」
リナリアが剣を構える。
「入ろう」
キングがいるなら、奥だ。
それに、こんなものを放って帰るわけにもいかない。
◇
中には松明があった。
一定の間隔で壁に掛けられている。
それだけで嫌な感じがした。
ゴブリンの巣にしては、妙に整っている。
奥へ進むにつれて、空気が重くなった。
「……勇者様」
リナリアが声を落とす。
「分かってる」
魔力だ。強い。奥から、押し返されるような圧が流れてくる。
ナディアの表情も変わっていた。
「勇者様。これは……キングだけではありません」
「うん」
そして、大きな空間へ出た。
「……いた」
予想通りゴブリンキング。巨大な体躯。
通常のゴブリンとは比べものにならない魔力。
位階二十五。その周囲には、武器を持った上位種らしいゴブリンたちもいる。
ここまでは、知っている通りだった。
でも光景が違う。
「……何ですか、あれ」
リナリアが呟く。
ゴブリンキングが跪いている。配下たちも、一体残らず頭を垂れていた。
僕たちにじゃない。その先にいる、何者かに。
体格は人間と大して変わらない男。
額には二本の角、紫色の肌。
魔人だ。
そして、そいつの身体から、凄まじい魔力が立ち上っていた。
「……っ」
空気が震える。
目に見えないはずの魔力が、巨大な炎みたいに揺らいで見えた。
洞穴そのものが圧迫されているような感覚。
リナリアが息を呑む。
ナディアも短剣を握り直した。
位階二十五のゴブリンキングが。
こんなものに跪いている。
前はいなかった。
一度目の人生では、キャス渓谷の頂点はゴブリンキングだった。
こんな魔人なんて知らない。
魔人がゆっくり顔を上げる。
僕を見る。
そして笑った。
「ようやく来たカ」
立ち上る魔力が、さらに膨れ上がった。
「待っていたヨ、勇者」
僕は剣に手をかける。
魔人は、それを見て笑みを深める。
「いや――」
心底楽しそうに。
「待ちくたびレた」
知らない敵。
前回にはいなかった魔人。
なのに。
こいつは僕を知っている。
「魔人パラス」
そいつは名乗った。
「君に会うために、ここでずっと待っていタ」
本日、19時にも更新あります。




