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第三十二話 勇者は、二年を駆ける

 国の仕組みをあれこれ変えていた二年間。


 僕自身も、王城で書類ばかり眺めていたわけじゃない。


「始めろ」


 ナディアの声で、周囲の気配が一斉に変わった。


 王都郊外の訓練場。


 僕を囲んでいるのは、アサシンギルドの面々だ。


 正面に三人。


 左右にもいる。


 姿が見えない者まで含めれば十人を超える。


「勇者様。先ほどと同じ条件でよろしいのですね?」


「お願いします」


「では、遠慮は不要だ。行け」


 僕に向ける時とは違う声で、ナディアが部下へ命じる。


 次の瞬間。


 一斉に来た。


 一人目の短剣をかわす。


 二人目の腕を取ろうとして――やめた。


 囮だ。


 分かっていても遅かった。


「っ!」


 背後から肩を押される。


 踏ん張ったところへ、今度は足を払われた。


 倒れながら一人を蹴り飛ばし、地面を転がる。


 立ち上がる。


 正面から二人。


 右から一人。


 左――いない。


「そこ!」


 振り向いた時には、喉元に刃が止まっていた。


「終了です」


「……また?」


「またです」


 ナディアが手を上げる。


 囲んでいた者たちが武器を下ろした。


「フィヨルドに操られてるときと違って、全然勝てないんだけど……」


「勇者様。我らが真に心を通わせて連携するというのは、こういうことです」


「勉強になります……」


 フィヨルドに操られていた時も、彼らは強かった。


 でも今の方が遥かに厄介だ。


 一人を攻撃すれば、その間に別の一人が動く。


 誰かが崩れれば、別の誰かが穴を埋める。


 僕が何を狙っているのかまで、互いに分かっているように動いてくる。


「もう一回お願いします」


「まだ続けられますか?」


「次はもっと粘ります」


 ナディアが部下を見る。


「今度は勇者様の右側を空けろ」


「承知」


「三人は最後まで姿を見せるな」


「はい」


「それ全部聞こえてますけど?」


「聞こえていても防げなければ意味はありません」


「……はい」


 結局、その日も勝てなかった。


     ◇


 二人きりになると、ナディアの口調は元に戻る。


「でも、だいぶマシになったわよ」


「一回も勝ってないけど」


「最初は十秒も保たなかったじゃない」


「数えてたの?」


「面白かったから」


「ひどいな」


 剣だけでなく、体術の訓練も増やした。


 掴まれた時。


 武器を落とした時。


 狭くて剣を振れない時。


 倒された状態からどう動くか。


 ゲオルグから教わった剣を土台にしながら、王都では別の戦い方も身体に覚えさせていった。


 アサシンギルドとの訓練は、その意味でも役に立った。


     ◇


 彼らには、もう一つ仕事を頼んでいた。


 東の大陸。


 特に王都周辺に、魔王軍がどれだけ入り込んでいるかの調査だ。


 一度目の人生では、そんなことまで考えていなかった。


 現れた敵を倒す。


 魔王軍だと分かれば戦う。


 ほとんどそれだけだった。


 ナディアたちは各地を回り、人目につかない場所や不自然な物資の流れを探った。


 廃砦。


 使われなくなった鉱山。


 山中の洞窟。


 中には、人間の町へ紛れ込んでいた連絡役もいた。


 拠点と確認できた場所には、僕とナディアで乗り込んだ。


「右に二体」


「見えてる」


「奥にもいる」


「じゃあ、僕が前から行くよ」


「また?」


「ナディアが後ろに回った方が早いでしょ」


「それはそうだけど」


 規模の大きな拠点はなかった。


 下級魔族。


 魔物。


 情報を集めるためだけの場所。


 物資を保管しているだけの場所もある。


 一つずつ潰していった。


 二年目に入る頃には、王都周辺で確認できるものはほとんどなくなった。


「これで、王都周辺の足掛かりは全部のはず」


 最後の拠点を調べ終え、ナディアが言った。


「大した魔物はいないのは気がかりだけどね」


「魔王軍は戦力をこっちに割いてないみたい」


「西に集中してる?」


「その可能性はある。でも、各国への警戒が薄れてるわけでもないのよね」


「そこなんだよね」


 攻めるつもりなら、もっと戦力を置くはずだ。


 東の大陸を捨てるつもりなら、監視を続ける必要もない。


 なのに。


 見ている。


「何か待ってるのかな」


「分からない」


 その瞬間だった。


 胸の奥が、わずかに熱を持った。


「……っ」


「どうしたの?」


「いや」


 すぐに消えた。


 痛くはない。


 けれど。


 覚えがある。


 魔王の前で《YES》を選んだ、あの時。


 契約が成立した瞬間の感覚に少し似ていた。


「本当に?」


「うん。何でもない」


 何も起きない。


 身体にも異常はない。


 それでも、しばらく胸の奥に気持ちの悪さだけが残った。


     ◇


 王都にいる時は、騎士団の訓練にも参加した。


 自分の剣を鍛えるためでもある。


 同時に、騎士団にどんな人間がいるのか知っておきたかった。


 戦ってみると、強い人は思っていた以上にいる。


 盾を使う人。


 長剣で間合いを取る人。


 力任せに押してくる人。


 僕でも簡単には崩せない騎士もいた。


 そんな中。


 一人、目を引く少女がいた。


「次!」


「はい!」


 明るい栗色の髪を後ろで一つに束ねた少女が、訓練場へ出る。


 年齢は十五歳。


 まだ正式な騎士ではない。


 見習い用の簡素な装備を身につけていた。


 青灰色の瞳。


 整った顔立ちをしているけれど、華奢な印象はない。


 背筋は真っ直ぐ伸び、剣を握った腕にもきちんと鍛えた跡がある。


 ナディアのような人を惑わせる美しさとは違う。


 騎士の制服がそのまま似合うような、真っ直ぐで清潔な雰囲気だった。


 リナリア。


 一度目の人生で。


 僕と一緒に、魔王城まで行った仲間。


 木剣が打ち合わされる。


 速い。


 僕が知っている頃には及ばない。


 でも、この歳ですでに騎士団の上位に食い込み始めている。


 相手の剣を受ける。


 正面から押し返さない。


 一歩ずれて流し、そのまま相手の脇へ回る。


「一本!」


 木剣が相手の首元で止まった。


「……やっぱり強いな」


「勇者様?」


 近くにいた騎士がこちらを見る。


「何でもありません」


「彼女をご存じで?」


「いえ」


 声をかけることもできた。


 でも、やめた。


 今のリナリアは、僕を知らない。


 僕が知っているからというだけで、近づく理由もない。


 まだ。


 見ているだけでいい。


     ◇


 そんなことを続けて、二年。


 冒険者ギルドは、ある程度形になった。


 騎士団の訓練も順調だ。


 僕自身も十三歳になり、剣と体術は二年前よりずっと扱えるようになっていた。


 そろそろ。


 一つ、試してみたい。


 場所は決めてあった。


 キャス渓谷。


 一度目の人生で、僕は知っている。


 あそこにはゴブリンの大きな巣がある。


 ただし。


 僕の記憶だけを根拠に、国を動かすわけにはいかない。


 だから冒険者ギルドに、周辺を調べてもらっていた。


 魔物の目撃情報。


 足跡。


 家畜の被害。


 食料を運んだ痕跡。


 周辺の村からの聞き取り。


 それらを集めた結果。


 キャス渓谷の奥に、大規模なゴブリンの巣が存在する可能性が高いという報告が上がった。


     ◇


「キャス渓谷周辺の警備は強化していますよね」


「ええ。周辺の村の住民は避難させております」


 カシウスが地図を広げる。


「まさか、あのような場所にこれほど大きな巣があったとは」


 ベルトランも報告書へ目を通していた。


「本当はもっと早く始末したかったんですけどね」


「勇者様お一人で向かわれることもできたのでは?」


 カシウスに問われる。


「それだと、今までと同じでしょう」


 僕一人で行って。


 僕一人で倒して。


 終わり。


 それなら二年前でもできた。


「今回は冒険者ギルドが見つけたことになっています。周辺の警戒も避難も済んでる。騎士団だって動けます」


「国として討伐するわけですな」


「はい」


 ただ、一つだけ気になる。


「ゴブリンキングが生まれている可能性があります」


 ベルトランが顔を上げた。


「キングが?」


「確証はありません」


 一度目の人生ではいた。


 今も同じとは限らない。


「ただ、これだけの規模なら警戒しておいた方がいいと思います」


 カシウスが少し考える。


「でしたら、通常の討伐隊だけでは危険ですね」


「だから僕も行きます」


「勇者様ご自身が?」


「はい」


 もしキングがいるなら。


 そこは僕の仕事だ。


     ◇


「私も行く」


 話を聞いたナディアは即答した。


 二人きりなので、当然のようにいつもの口調だ。


「いいの?」


「魔王軍じゃないからって、私が行っちゃ駄目な理由ある?」


「ないけど」


「なら決まり」


 ナディアが装備を確かめる。


「キング、本当にいると思う?」


「多分ね」


「あんたがそこまで言うなら、いた時のこと考えといた方がよさそうね」


「お願い」


 冒険者ギルドが調べた。


 村の住民を避難させた。


 騎士団が動く。


 僕も行く。


 二年前なら、一人で済ませていた。


 今回は違う。


 王都を出た討伐隊は、そのままキャス渓谷へ向かった。

明日も、2話更新となります。

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