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第三十一話 勇者は、仕組みを変える

 カシウスを王都へ連れて帰った翌日。


 僕はまず、ベルトランに会わせた。


「こちらがカシウスさんです」


「初めまして、財務卿閣下」


「ベルトランだ。勇者様から名前だけは聞いている」


「名前だけですか。それは残念ですね」


 最初から少し嫌な感じはした。


 その予感は、半刻も経たずに当たった。


「この予算は削れますね」


「削れん」


「理由を伺ってもよろしいですか?」


「北部の災害に備えた予備費だ」


「過去五年、使われておりませんが」


「使わずに済むのが一番なのだよ」


「なるほど。では残しましょう」


 カシウスはあっさり引いた。


 ベルトランが少し意外そうな顔をする。


「……随分素直だな」


「必要なのでしょう?」


「ああ」


「でしたら、削る理由はありません」


 次の資料を手に取る。


「では、こちらは?」


「街道補修費だ」


「昨年より利用量が減っていますね」


「だから何だ」


「同額必要でしょうか?」


「君は初対面の相手に喧嘩を売る癖でもあるのか?」


「そのつもりはございませんが。閣下が喧嘩と受け取られたのであれば、少々意外ですね」


「それを喧嘩と言うんだ」


 二人の仲は、その後も良くならなかった。


 ただし、仕事は驚くほど進んだ。


 カシウスが疑問を出し、ベルトランが実務上の理由を説明する。必要だと分かればカシウスは引くし、逆にベルトランが説明している途中で黙り込み、そのまま見直される予算もあった。


 時々、逆のことも起こる。


「ここは増やすべきです」


「君から予算を増やせと言うとはな」


「必要なものへ金を使わないのは、節約とは呼びませんので」


「……そこだけは同意する」


「私も今、閣下と同じ意見になったことを少々残念に思っております」


「やはり気に入らんな」


 喧嘩しているようにしか見えない。


 本人たちに聞くと、


「仕事に支障はございませんよ」


「話が早いから助かっている」


 と答えるので、放っておくことにした。


     ◇


 宮廷魔術師たちの研究も、一度全部調べ直すことになった。


 誰が何を研究しているのか。どれくらい人を使い、どれくらい金がかかっているのか。


 これが思った以上に分からない。


「こっちとこっち、同じじゃないんですか?」


「違うわよ」


 シャムが即答した。


「どっちも火球を強くする研究ですよね?」


「こっちは魔力圧縮。こっちは術式そのものの効率化」


「僕には同じに見えます」


「だからあんたに仕分けさせてないのよ」


「お願いします」


「最初からそう言いなさい」


 専門的な部分はシャムたちに任せた。


 調べてみると、一見似ているだけで別の研究もあれば、本当にほとんど同じことを別々の研究室でやっていた例もあった。


 一方で、リネットのように予算がほとんど回っていない研究者もいた。


 作物。


 土壌。


 食料保存。


 運搬中の劣化を抑える術式。


 すぐ戦場で敵を倒せるものではない。


 だから後回しになっていた。


「これ、どう?」


 リネットが一枚の資料を持ってきた。


「食料を長持ちさせる研究ですか?」


「そう。まだ全然できてないけどね」


「使えそう?」


「できたら便利だよ」


「できる?」


「知らない」


 相変わらずだった。


 研究内容を整理し、予算を動かし始めると、当然文句も出た。


「勇者様!」


 王城の廊下を歩いていると、知らない魔術師に呼び止められた。


「なぜ我々の研究費が減らされたのです!」


「査定した結果だと思います」


「我々は攻撃魔法を研究しているのですよ! 魔王軍との戦争に必要なのは、農作物などではないでしょう!」


「兵士もご飯は食べますよ」


「そういう話をしているのではありません!」


 似たようなことは何度もあった。


 研究所だけではない。


 予算を移せば、減った側から苦情が来る。


 人員を動かせば、元いた部署から来る。


 そのうち、僕が関わっていると知った人たちが直接やってくるようになった。


「宮廷魔術師の一番偉い人からは、何も言われないんですか?」


 シャムに聞いてみたことがある。


「あの人?」


「はい」


「自分の研究で忙しいんじゃない?」


「部下の予算が変わってるのに?」


「自分の分はちゃんと確保してるもの」


「……それでいいんですか?」


「良くはないけど、昔からああいう人よ」


 トップだから、みんなの面倒を見るのが好きとは限らないらしい。


 また一つ勉強になった。


     ◇


 ある日、苦情を三件ほど聞いたあと、カシウスのいる部屋へ戻った。


「今日も随分と捕まっておられましたね」


「見てたなら助けてくださいよ」


「私への苦情ではございませんので」


「ひどいですね」


 椅子へ座る。


「でも、まあいいです」


「よろしいので?」


「結果が出れば、みんな黙るよ」


 カシウスが書類から顔を上げた。


「……随分と平然としておられますね」


「何がです?」


「嫌われることが、です」


「好きではないですよ」


 嫌われたいわけじゃない。


 文句を言われれば面倒だとも思う。


「勇者様は、嫌われるのが怖くないのですか?」


 少し考えた。


「死ぬより……」


 そこまで言って、一度止まる。


「目の前で誰かが殺されるより怖いことなんてないですよ」


 カシウスは何も言わなかった。


「それに、結果が出なかったら僕が間違ってたってことでしょう?」


「その場合は?」


「謝ります」


「それだけですか?」


「直しますよ。間違ったまま続けても仕方ないですし」


 しばらくして、カシウスが小さく笑った。


「なるほど」


「何です?」


「いえ。少々、見直しました」


「少々なんですね」


「ええ。まだ二年も見ておりませんので」


 その日の夕方。


 食料保存研究の予算が少し増えていた。


 誰が増やしたのかは、聞かなくても分かった。


     ◇


 次に面倒だったのが、冒険者組合だ。


 形だけは昔からある。


 建物も職員もいるし、ダンジョンには詰所まである。


 なのに、冒険者をほとんど把握していない。


 登録しなくても冒険者は名乗れるし、仕事を仲介するわけでもない。


 新しい仕組みを説明するたび、


「ですが、冒険者組合ではそのようなことは行っておりません」


 と言われる。


「だから、やろうって話なんですけど」


「それでは、今までの冒険者組合とは違うものになります」


 何度目かにそれを聞いた時。


 僕も少し考えた。


 その日の夜。


 二人きりで、ナディアから別件の報告を受けていた。


「アサシンギルドってさ」


「何?」


「なんで組合じゃなくてギルドなの?」


「知らないわよ」


「そっか」


「何よ急に」


 僕はその名前を何度か頭の中で繰り返した。


「……冒険者ギルドにしよう」


「は?」


「名前」


「何の?」


「冒険者組合」


「勝手に変えられるの?」


「明日聞いてみる」


「相変わらず思いついたら早いわね」


 翌日、カシウスとベルトランに話した。


「冒険者組合って名前だから、みんな今までの冒険者組合に引っ張られてるんですよ」


「改名ですか」


「今までとは違うものにするなら、名前も変えた方が分かりやすくないですか?」


 ベルトランは難しい顔をした。


「名前を変えるだけでも、書類から看板まで金はかかりますよ、勇者様」


「そこですか?」


「財務卿ですので」


 カシウスは少し考えてから、


「悪くはございませんね」


 と答えた。


「ただし、名前を変えただけで改革した気にならないことでしょうか」


「そこは大丈夫です」


「でしたら、私は賛成です」


 こうして、冒険者組合は少しずつ冒険者ギルドへ変わっていった。


 登録した者には仕事を回す。


 仕事を終えれば実績を残す。


 問題を起こせば、それも記録する。


 魔物素材については、商人との売買を仲介する。


 登録を強制すると反発が大きかったので、そこはやめた。


 ギルドを使いたい者だけ登録する。


 仕事が集まるようになると、登録者は自然に増えていった。


     ◇


 制度を変えれば、困る人もいる。


 最初は全員に説明して回ろうとしたけれど、途中で諦めた。


 人によって反対する理由が全然違ったからだ。


 ナディアと二人きりになった時に聞いた。


「この人たち、どうして反対してるか調べられる?」


「弱み?」


「そこまでしなくていいよ」


「じゃあ何を調べるの?」


「何を取られると思ってるのか」


 ナディアは少し考えてから頷いた。


「それなら簡単」


 数日後。


 今度はベルトランとカシウスもいる部屋へ、ナディアが報告書を持ってきた。


「勇者様。調査結果をお持ちしました」


「ありがとう」


 僕の前に紙を置く。


「こちらの商人は、ギルドが魔物素材の流通を独占すると考えているようです。こちらの役人は、部署そのものが廃止されると思っています」


「なるほど」


 ベルトランが紙を取った。


「商人については、ギルドの指定取引先に入れればいいでしょう」


「役人の方は?」


 僕が聞く。


「人手は必要でしょうね」


 カシウスが答える。


「でしたら、その部署ごと仕事を変えてしまえばよろしいかと」


「最後の人は?」


「自分の地位が下がることを気にされているようです」


 ナディアが答えた。


「でしたら、役職名を一つ差し上げれば満足されるのでは?」


 カシウスが平然と言う。


「そんなのでいいんですか?」


「本人が欲しがっているのであれば、問題ないでしょう」


 ベルトランも否定しなかった。


「権限まで増やさなければな」


「その辺りは閣下にお任せいたします」


「都合のいい時だけ私に振るな」


「財務卿閣下の得意分野でしょう?」


「……本当に君は気に入らんな」


「光栄です」


 人の考えることは難しい。


 でも、何が嫌なのか分かると、話はずっと早かった。


 アサシンギルドが調べ、カシウスが方法を考え、ベルトランが現実にできる形へ直す。


 僕は、それを見て決める。


 いつの間にか、そういう流れができていた。


     ◇


 カシウスが突然いなくなることもあった。


「カシウスさんは?」


「存じません」


 ベルトランに聞いても知らない。


 一月ほどして戻ってきたと思ったら、知らない人間を連れていた。


「この方たちは?」


「人材です」


「それは見れば分かります」


「こちらは地方の代官補佐。こちらは小さな商会で会計を担当されていた方です」


「どうして王都に?」


「優秀でしたので、お誘いしました」


「勝手にですか?」


「もちろん、ご本人の了承は得ておりますよ」


「そういう意味ではなくてですね」


 カシウスは、僕たちに何も言わず地方を回っていたらしい。


 役所へ行く。


 商人に話を聞く。


 職人の仕事を見る。


 そこで気になる人間を見つけると、王都へ来ないか声をかけていた。


「そんな簡単に見つかるものなんですか?」


「優秀な方が全員、王都へ来るわけではございませんので」


「でも、どうやって見分けるんです?」


「仕事を見れば、大体は分かりますよ」


 さらっと言った。


 僕には無理だと思う。


 それからも時々、カシウスは勝手にいなくなった。


 そして戻ってくるたび、誰かが増えた。


「後ろからついてくるだけじゃなかったんですか?」


「勇者様の後ろから国を見ておりますよ」


「かなり好き勝手してますよね?」


「何か問題でもございましたか?」


「今のところはないですけど」


「でしたら、結構ですね」


 本人は全く気にしていなかった。


     ◇


 そんなことを繰り返しているうちに、一年が過ぎた。


 その頃には、冒険者ギルドという名前も少しずつ定着し始めていた。


 研究所では予算の見直しが毎年行われるようになり、以前なら途中で消えていた研究にも金が回るようになった。


 ベルトランとカシウスは相変わらず喧嘩していた。


 ナディアたちは、僕が頼まなくても時々、


「勇者様。こちらは知っておかれた方がよろしいかと」


 と情報を持ってくるようになった。


 そして、二人きりになると、


「これ、絶対見といた方がいいと思う」


 に戻る。


 さらに一年。


 僕は十三歳になった。


 二年前に始めたことの中には、まだ成果が出ていないものもある。


 失敗して消えた研究もあった。


 冒険者ギルドでも揉め事は起きるし、登録した冒険者が依頼を放り出したこともある。


 そのたびに直した。


「まだまだですね」


 ある日、カシウスが言った。


「二年もやったのに?」


「二年しか、でしょう」


「厳しいですね」


「国を変えると仰ったのは勇者様ですよ」


「そうでした」


 窓の外を見る。


 二年前と同じ王都。


 見た目は、それほど変わっていない。


 ただ、動いている人は少し増えた。


 それで十分だと思うことにした。

予告通り、本日19時にも追加更新です。

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