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第三十話 軍師は、盤上へ戻る

「実際に機能させてからですね」


「厳しいなあ」


「世界を救うのでしょう?」


 カシウスは当然のように言った。


「ならば、思いついただけで満足されては困ります」


 僕は机の上を見る。


 冒険者組合。さっきまで、ダンジョンの入口にあるだけだった組織が、少しだけ別のものに見えてきた。


「これ、本当にできると思います?」


「できますよ」


 カシウスは迷わなかった。


「時間と人手は必要ですが」


「国に認めてもらわないと駄目ですよね」


「当然です」


「お金もかかる」


「当然ですね」


「ベルトランに怒られそうだな……」


「ベルトラン?」


「あ、財務卿です」


「なるほど」


 カシウスが少し考える。


「話の分かる方ですか?」


「すごく分かる人です」


「それは結構」


「だからこそ、駄目なものは駄目って言いますけど」


「なお結構」


「相性悪そうだなあ……」


「会ってもいない方との相性を心配されても困ります」


 そうなんだけど、何となく分かる。たぶんこの二人は揉める。


「でも」


 僕は地図を見る。


「こういうことを、もっとやりたいんです」


「こういうこと?」


「国を変えること」


 カシウスが僕を見る。


「随分と大きく出ましたね」


「全部変えたいわけじゃないです」


「では、何を?」


「困ってるところ」


 答えてから、我ながら雑だと思った。


「具体性に欠けますね」


「分かってます」


「では具体的には?」


「今回みたいに」


 今あるものが、ちゃんと使われていない。


 人はいる。組織もある。なのに繋がっていない。


「そういうところを直したい」


「なるほど」


「魔王を倒すだけじゃなくて」


 そこまで言って少しだけ迷う。


「魔王軍と戦える国にしたいんです」


 カシウスの口元から笑みが消えた。


「勇者様が戦えばよろしいのでは?」


「僕一人じゃ無理です」


「随分あっさり認められますね」


「無理なものは無理なので」


 僕がどれだけ強くなっても、一人で国中を守ることはできない。


 町が十個襲われたら、僕が行けるのは一つだけだ。


「だから、僕がいなくても戦えるようにしたい」


「騎士団を強くする」


「それも」


「魔術師を育てる」


「それも」


「冒険者組合を立て直す」


「それも」


「国庫を潤す」


「……できれば」


 カシウスの口元が少し上がる。


「欲張りですね」


「そうですか?」


「ええ」


「でも、必要でしょう?」


「必要かどうかと、できるかどうかは別問題です」


「だから」


 僕はカシウスを見る。


「できる人を探してるんです」


 カシウスは黙った。


「全部、僕が考える必要はないでしょう?」


「勇者様の国ですよ?」


「僕の国じゃないです」


「では、国王陛下の?」


「みんなの国でしょう」


 カシウスが少しだけ首を傾げた。


「意外なことを仰る」


「そうですか?」


「勇者というものは、もっと自分を中心に考えるものかと思っていました」


「前は、そうだったかもしれません」


「前?」


「……昔の話です」


 危ない。


 余計なことを言いそうになった。


 カシウスも、それ以上は聞かなかった。


「それで」


 僕は話を戻す。


「カシウスにも、何かあるんじゃないですか?」


「何がでしょう?」


「やりたいこと」


「ありませんよ」


「本当に?」


「ええ」


「じゃあ、なんで僕に宿題を出したんです?」


「暇でしたので」


「冒険者組合の話、すごく楽しそうでしたけど」


「気のせいでしょう」


「絶対違う」


「勇者様は随分と他人の心を決めつけますね」


「だって」


 僕は机の上を見る。


 あれだけ次々に案を出した。


 問題を見つけた。


 直し方を考えた。


 あれが全部、暇つぶし?


「こういうこと、好きなんでしょう?」


「……」


「国の仕組みを考えたり」


「……」


「人を動かしたり」


「言い方には気を付けていただきたいですね」


「でも違わない」


 カシウスは答えなかった。


 なら。


 もう一つ。


「あなたの師匠のことも」


 空気が変わった。


 今度は、はっきり分かった。


「どこまで調べました?」


 声は変わらない。


 でも。


 笑っていない。


「そんなに知りません」


 僕は正直に答える。


「昔、この国にすごい軍師がいた」


「ええ」


「何度も王国を勝たせた」


「ええ」


「でも、魔王軍との戦いで大敗した」


 返事はない。


「そのあと、自分で命を絶った」


「……」


「それと」


 僕はカシウスを見る。


「あなたが、その人の最後の弟子だった」


 沈黙。


「それだけです」


「十分でしょう」


「でも、理由は分からなかった」


 カシウスの指が止まった。


「どうして、そんな人が負けたのか」


「戦争に絶対はありません」


「それは分かります」


「なら」


「でも、あなたも分かってないんでしょう?」


 カシウスが僕を見る。


 仮面で目は見えない。


 それでも。


 初めて。


 この人の奥に触れた気がした。


「……なぜ、そう思われるのです?」


「分かってたら」


 僕は言う。


「こんなところにいない気がするから」


「随分な理屈ですね」


「外れてます?」


 カシウスは答えなかった。


 代わりに。


 ゆっくり立ち上がる。


 壁に掛けられた地図の前まで歩いた。


「師は、優秀な方でした」


「はい」


「少なくとも、私が知る限りでは」


 静かな声。


「敗北することはあります」


 地図へ指を触れる。


「判断を誤ることもある」


「はい」


「ですが」


 そこで止まる。


「あの敗北は、説明できない」


「カシウスにも?」


「ええ」


 迷いのない返事だった。


「残された記録は、すべて調べました」


「何かおかしかった?」


「分かりません」


 初めて。


 カシウスが。


 はっきり、分からないと言った。


「だから」


「はい?」


「知りたいんじゃないですか?」


 カシウスは振り返らない。


「どうして師匠が負けたのか」


 返事はない。


「その答え」


 僕は続ける。


「魔王軍との戦いの中にあるかもしれません」


「根拠は?」


「ないです」


「……ありませんか」


「でも、相手は魔王軍だったんですよね?」


「ええ」


「僕は、これから魔王軍と戦います」


 四天王とも。


 魔王とも。


「同じものを見ることになるかもしれない」


 当時と同じ戦術。


 同じ魔物。


 同じ何か。


 何が原因だったのかは知らない。


 でも。


「僕について来れば」


 カシウスを見る。


「分かるかもしれません」


 しばらく。


 何も返ってこなかった。


 やがて。


 カシウスの口元がゆっくり上がる。


「……魅力的なお話です」


「本当ですか?」


「ええ」


 いつもの笑い方に戻っている。


「随分と卑怯な誘い方をなさいますね」


「卑怯?」


「私が興味を持つ話を、わざわざ選んで持ってくる」


「普通じゃないですか?」


「そうかもしれません」


「じゃあ」


 今なら。


 僕はそう思った。


「僕の仲間になってください」


「お断りします」


「……え?」


「お断りします」


「今の流れで?」


「はい」


「魅力的って言ったじゃないですか」


「話は、ですよ」


「僕は?」


「まだ分かりません」


 ひどい。


「ただし」


 カシウスが続ける。


「今の時点では、です」


「今の時点?」


「勇者様が、思っていたより面白い方だということは分かりました」


「また面白い」


「褒め言葉ですよ」


「本当に?」


「ええ。多少は」


 多少。


「ですが、仲間になるかどうかは別です」


「じゃあ」


「しばらく、見せていただきます」


「何を?」


「あなたを」


 さらっと言う。


「勇者様がこれから何をするのか」


「……ついてくるんですか?」


「ええ」


「仲間じゃないのに?」


「後ろから勝手についていくだけですよ」


「それ、ほとんど仲間じゃ」


「違います」


「どこが?」


「私はまだ、勇者様を認めておりません」


 はっきり言われた。


「あなたの仲間になるかどうかは」


 カシウスは棚から鞄を取り出した。


「あなたを見てから、私が決めます」


「僕に決定権ないんだ」


「勧誘したのは勇者様でしょう?」


「そうですけど」


「でしたら、選ぶ権利はこちらにもある」


 正論だ。


「それに」


 何冊かの本を鞄へ放り込む。


「久々に、いろいろなものを見るのも悪くありません」


「王都とか?」


「王都も」


「国も?」


「国も」


「魔王軍も?」


 そこで。


 カシウスの手が少し止まった。


「……ええ」


 短い返事だった。


「では行きましょうか」


「今から?」


「善は急げ、と申しますので」


「家は?」


「そのままで」


「荷物、それだけですか?」


「必要なものは向こうで揃えます」


 思ったよりあっさりしている。


 本当に。


 いつでも出られる準備をしていたみたいだ。


     ◇


 王都への帰り道。


 僕の少し後ろを。


 カシウスが馬でついてくる。


 仲間ではない。


 少なくとも。


 本人はそう言っている。


「カシウス」


「何でしょう?」


「王都に着いたら、まず何をします?」


「そうですね」


 カシウスが少し考える。


 傷の入った仮面の下。


 見えている口元が上がった。


「ではまずは」


「はい」


「国の中枢を握るとしましょうか」


「……見物するだけじゃなかったんですか?」


「久々にいろいろ見る、と申し上げました」


「握るとは聞いてないです」


「近くで見た方が、よく分かるでしょう?」


「近すぎません?」


「そうでしょうか」


 どうやら。


 僕は。


 かなり面倒な人を王都へ連れて帰ることになったらしい。

明日も18時・19時の2話更新となります!

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