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第二十九話 勇者は、あるものを使う

 王都へ戻る道中。


 僕はずっと、カシウスから渡された地図を眺めていた。


 魔物が出る。


 騎士団を派遣する。


 倒す。


 帰る。


 しばらくすると、また魔物が増える。


「……これを、ずっと繰り返すのか」


 カシウスから出された条件は三つ。


 僕自身が倒しに行くのは禁止。


 兵を大きく増やすのも禁止。


 新しく税を取るのも禁止。


 そのうえで、一度きりではなく、何年も魔物の被害を抑え続ける方法を考える。


「難しいなあ……」


 兵を置く。


 駄目。


 傭兵を雇う。


 結局、ずっと金がかかる。


 村人に戦ってもらう。


 そもそも戦えるなら困っていない。


 罠を増やす。


 魔物の種類によっては効くだろう。


 でも、それだけで全部解決するわけじゃない。


 王都へ戻ってからも、答えは出なかった。


     ◇


 数日後。


 気分転換も兼ねて、僕は王都近郊のダンジョンへ向かった。


 以前、《空白の剣》を試した場所だ。


「勇者様?」


 入口の詰所で、受付の男が驚いた顔をした。


「今日は探索ですか?」


「いや。ちょっと聞きたいことがあって」


 詰所の上には、冒険者組合の看板がある。


 そういえば。


 前に来た時も、ここで推奨位階を教えてもらった。


「冒険者組合って、何をしてるんです?」


「……何を、と申しますと?」


「冒険者を管理したり?」


「管理、ですか」


 男が困った顔をした。


「こちらでは、ダンジョンへの入場者を記録しております」


「他には?」


「危険な区域の案内や、推奨位階の告知なども」


「魔物の討伐を頼んだりは?」


「冒険者へ、ですか?」


「はい」


「基本的には行っておりません」


「じゃあ、冒険者が何をしてるかは?」


「それぞれでしょうな」


「誰が強いとか」


「有名な方でしたら」


「どんな仕事をしたか」


「そこまでは……」


 受付の男は申し訳なさそうに頭を掻いた。


 別に、この人が悪いわけじゃない。


 そういう仕組みになっていないだけだ。


「組合員って、何人くらいいるんです?」


「正確には分かりません」


「……組合なのに?」


「冒険者を名乗ること自体に、組合への登録は必要ありませんので」


 妙な話だ、組合という名前なのに。誰が冒険者なのかすら、把握していない。


「素材の買い取りは?」


「それも商人との直接取引です」


「魔物が出た村から、討伐を頼まれたりは?」


「領主様か騎士団へ相談されるのが普通かと」


「なるほど……」


 僕は詰所の前を見る。


 何人もの武装した人間が出入りしている。


 剣士。槍使い。狩人。魔術師らしい格好もいる。


 魔物を倒せる人間がこんなにいる。


 なのに、魔物に困っている村があれば、騎士団が出ていく。


「……もったいないな」


「はい?」


「いえ」


 何か引っかかった。


     ◇


「また来られましたか」


 数日後。


 カシウスは前と変わらず、山奥の家にいた。


「答えが出ました」


「それは結構」


「たぶん」


「急に自信がなくなりましたね」


「穴があると思うので」


「それを確認するために来られたのでしょう?」


「はい」


 僕は椅子へ座る。


 カシウスが地図を広げた。


「では伺いましょう」


「騎士団だけで魔物を倒すのをやめます」


「前回も申し上げましたが、誰が代わりに?」


「冒険者です」


 カシウスの口元が、わずかに動いた。


「続けてください」


「冒険者組合がありますよね」


「ありますね」


「でも、全然組合っぽくないんです」


「ほう」


「誰が冒険者なのかも分からない。何が得意なのかも分からない。普段どんな仕事をしてるかも分からない」


「よく調べましたね」


「ダンジョンの詰所で聞いただけです」


「それで十分です」


 僕は地図を見る。


「でも、冒険者はいるんです」


 魔物を倒せる人間が、王国中に。


「だったら、魔物に困ってる人と繋げればいい」


「なるほど」


「村から組合へ依頼を出す」


「誰が受けるのです?」


「組合が冒険者を紹介する」


「どの冒険者を?」


「……そこを記録するんです」


 僕は少し考えながら答える。


「位階とか。使える武器とか。魔法とか。今まで何を倒したとか」


「素行は?」


「素行?」


「位階が高くても、護衛対象を置いて逃げる者へ仕事を任せますか?」


「任せないです」


「依頼人と揉め事ばかり起こす者は?」


「それも記録する」


 カシウスが頷いた。


「よろしい」


「位階だけ見ても駄目なんですね」


「強さと信用は別物です」


 確かに。強いから仕事ができるとは限らない。


「じゃあ、組合が冒険者の実績まで管理する」


「管理という言葉を嫌う者もいるでしょうね」


「じゃあ記録」


「それなら多少は聞こえがよい」


 多少なのか。


「依頼にも危険度を付ける」


「何のために?」


「弱い人が、報酬だけ見て強い魔物を倒しに行かないように」


「その判断は誰が?」


「……組合?」


「誰が組合に魔物の強さを教えるのでしょう」


「現地に見に行く?」


「毎回?」


「うーん……」


 また穴だ。


 カシウスの口元が上がる。


「楽しくなってきましたね」


「僕はあんまり楽しくないです」


「私は楽しいですよ」


「そうでしょうね」


「ですが、方向は悪くありません」


 少し安心した。


「討伐した証拠は?」


「魔物の一部を持ち帰る」


「大きな魔物なら問題ありませんが、小型種を二十体討伐した場合は?」


「二十個持ってくる」


「別の場所で拾ったものだったら?」


「……」


「他人が倒したものを持ってきたら?」


「……」


「依頼主と冒険者が組んで、討伐したことにしたら?」


「待ってください」


「はい」


「問題多くないですか?」


「組織を作るというのは、そういうことですよ」


「作るんじゃないです。もうあります」


「失礼」


 カシウスが少し笑った。


「では、組織を機能させるというのは、そういうことです」


 その言い方で。


 僕も気づいた。


「そうか」


「何がです?」


「新しく作らなくていいんだ」


「当然でしょう」


「冒険者組合が、もうある」


「名前だけは」


「なら、中身を入れればいい」


 カシウスが少し黙った。


「中身、ですか」


「冒険者を登録する」


「はい」


「依頼を受ける」


「はい」


「冒険者の実績を記録する」


「はい」


「危険な仕事には、経験のある人を回す」


「よろしい」


「魔物を倒したら」


 そこで思い出す。


「素材もあります」


「ええ」


「牙とか、皮とか、魔石とか」


「ありますね」


「今は冒険者が自分で商人に売ってる」


「それでは?」


「組合が売るのを手伝えばいい」


 商人を探し、値段を交渉する。それを、全部一人でやる必要をなくす。


「組合が買い取る?」


「すべて買い取れば、組合が在庫を抱えます」


「じゃあ商人を紹介する」


「あるいは、組合が商人と契約する」


「それなら」


 魔物を倒す。報酬が出る。素材も売れる。


「冒険者は仕事になる」


「ええ」


「村は騎士団を待たなくていい」


「規模によりますが」


「騎士団も、小さな魔物退治に毎回行かなくていい」


「その通りです」


 カシウスが地図を見る。


「人はすでにいる」


「はい」


「魔物に困っている者もいる」


「はい」


「そして、両者の間に冒険者組合もある」


 でも。


 繋がっていない。


「なるほど」


 カシウスが小さく笑った。


「勇者様の答えは、それですか?」


「駄目?」


「いいえ」


 即答だった。


「新しく人を増やさず、新しく税も取らず、今ある人材と組織を使う」


「じゃあ」


「ただし」


 やっぱり来た。


「今の冒険者組合では、到底できません」


「ですよね」


「人員も足りない。記録方式もない。地方支部の連携もない。報酬基準もない。依頼の査定もできない」


「いっぱいありますね」


「ええ」


 カシウスの口元が楽しそうに上がる。


「ですから」


 地図の上。


 冒険者組合の詰所がある町を指す。


「組合を、本当に組合にするとしましょう」


「……僕の宿題ですよね?」


「答えは出されたでしょう?」


「でも、そこから先は」


「私が考えてはいけませんか?」


「いや」


 僕は少し笑った。


「むしろ、考えてください」


「よろしい」


 カシウスが机へ紙を置く。


 そこへ、いくつか文字を書き始めた。


 登録・依頼・実績・報酬・素材・情報。


「情報?」


「重要ですよ」


「何の?」


「魔物の出現場所です」


 カシウスが地図を指す。


「誰が、どこで、何を倒したか記録するのでしょう?」


「はい」


「なら、魔物がどこに多いのかも分かる」


「あ」


「去年はいなかった魔物が現れた。ある地域だけ数が増えた。街道を避けるようになった」


「全部、記録に残る」


「ええ」


 僕は地図を見る。


 魔物を倒すだけじゃない。


 集まった情報まで使える。


「これ」


「はい」


「結構、大きな話になってません?」


「今さらお気づきで?」


 カシウスが笑う。


「人を繋ぎ、金を繋ぎ、情報を繋ぐ」


 紙の中央。


 カシウスが丸を描いた。


 その中に。


『冒険者組合』


 と書く。


「形だけ残っているのであれば、好都合です」


「好都合?」


「ええ」


 カシウスが筆を置いた。


「一から作るより、ずっと早い」


 冒険者組合。


 今まで。


 僕にとっては、ダンジョンの入口にいる人たちだった。


 でも。


 使い方を変えれば。


 もっと大きなものになるかもしれない。


「宿題は合格ですか?」


「そうですね」


 カシウスが少し考える。


「七十点」


「上がった」


「着眼点は悪くありませんでしたので」


「残り三十点は?」


「実際に機能させてからですね」


「厳しいなあ」


「世界を救うのでしょう?」


 カシウスは当然のように言った。


「ならば、思いついただけで満足されては困ります」


 まだ、この人は仲間じゃない。


 でも。


 やっぱり。


 僕には、この人が必要な気がした。

お盆休み期間ということで、8月14日~16日は1日2話更新します。

通常の18時更新に加えて、19時にも更新予定です。


続きが気になった方、楽しんでいただけた方は、ブックマークや評価で応援してもらえるととても励みになります。

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