第二十八話 勇者は、軍師を訪ねる
翌朝。
「……消えた?」
「はい」
僕の前で、黒装束の男が頭を下げた。
昨日、探していた人物を発見したと報告してきた男だ。
「昨日はいたんですよね?」
「間違いありません。町外れの家に入るところまで確認しております」
「それが?」
「今朝には、もぬけの殻でした」
逃げられた。
そう思った僕に、男が一枚の紙を差し出した。
「ただ、これが残されておりました」
開いてみる。
書かれていたのは一行だけ。
『用事があるなら、自分で訪ねてくるように伝えよ』
「……気づかれてたんだ」
「そのようです」
アサシンギルドの人間が見つけた相手だ。
それも、見つけたと思った翌日には姿を消している。
「いつから気づかれていたかは?」
「分かりません」
男の声には、少し悔しさが滲んでいた。
「申し訳ございません」
「いや。場所は?」
「裏面に」
紙を返す。
王都から北西。
昨日見つけた町から、さらに山側へ入った場所が書かれている。
「自分で来い、か」
逃げるつもりなら、こんなものを残す必要はない。
「分かった。行ってみる」
◇
王都から北西へ。
馬を走らせながら、これから会う男のことを考える。
カシウス。
僕が知っているのは、名前と、ほんの少しの話だけだ。
一度目の人生で、リナリスから聞いたことがある。
かつてこの国には、伝説とまで呼ばれた軍師がいた。
幾度も王国を勝利へ導き、敵からも恐れられた人物。
だが、その軍師はある魔王軍との戦いで大敗した。
ただ負けたわけじゃない。
それまでの実績からは考えられないほどの、ありえない大敗だったらしい。
なぜ負けたのか。
何があったのか。
リナリスも知らなかった。
分かっているのは、軍師本人が敗戦の責任を取り、自ら命を絶ったことだけ。
そして今回。
調べさせて初めて知った。
その軍師には、最後の弟子がいた。
それがカシウス。
「……本当に使える人なのかな」
師が優秀なら、弟子も優秀。
そんな単純な話じゃない。
もう長く表舞台からも消えている。
僕が欲しいのは、昔の名軍師の弟子という肩書きじゃない。
これから魔王を倒すために、使える知恵を持っている人だ。
だから、会ってみる。
必要な人なのか。
ただ期待しているだけなのか。
それを確かめるために。
◇
数日後。
指定された場所に着いた。
小さな山村から、さらに離れた場所。
林の向こうに、一軒の家が建っている。
随分と質素だ。
扉の前まで行き、手を上げた。
「開いておりますよ」
中から声がした。
「……失礼します」
扉を開く。
室内も簡素だった。
机と椅子。
本棚。
壁には何枚もの地図。
その前に、一人の男が座っていた。
顔の上半分を覆う仮面。
額から目元までを隠すそれには、大きな傷が斜めに走っている。
口元は見えている。
そこには、薄い笑みが浮かんでいた。
「カシウスさん?」
「ええ」
男は座ったまま答える。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。勇者様」
「僕が来ると思ってたんですか?」
「来なければ、話す必要もありませんでしたので」
随分な言い方だ。
「僕の使い……に気づいていた?」
「ええ」
「いつ?」
「二人目が町へ入った頃には」
「……早いですね」
「そうでしょうか」
口元の笑みが少しだけ深くなる。
「彼らは優秀でしたよ」
「でも見つけた」
「優秀であることと、私に見つからないことは別問題です」
自分で言うのか。
「どうぞ、お掛けください」
向かいの椅子を示される。
僕は腰を下ろした。
「それで」
カシウスがこちらを見る。
「勇者様は、私に何の御用でしょう?」
「仲間になってほしいです」
「お断りします」
「……早くないですか?」
「結論が変わらないのであれば、前置きに時間を使う必要もないでしょう」
「理由くらい聞かせてください」
「私があなたに力を貸す理由がありません」
「世界を救うためでも?」
「その言葉だけで動く人間をお探しなら、私より適任な方がいくらでもいるでしょう」
静かな口調。
でも、取り付く島がない。
「僕は、魔王を倒すために必要な人を集めています」
「なるほど」
「戦える人だけじゃない。国の仕組みも、戦争のやり方も変えたい」
「ほう」
初めて、少し反応があった。
「それで私を?」
「はい」
カシウスが指を組む。
「そうやって、何もかも自分の意のままにしようとするのですね」
「そういうわけじゃ」
「構いません」
言葉を切られた。
「え?」
「目的のために人を動かすこと自体を責めているわけではありません」
カシウスは淡々と続ける。
「兵を動かす。金を動かす。人を動かす。将であれば当然のことです」
「使うみたいに言うのは、あまり好きじゃないです」
「では、任せるでも頼るでも結構です。結果は同じでしょう」
丁寧なのに。
やっぱり、少し腹が立つ。
「問題は一つです」
「何です?」
「あなたが、それに足る人物か」
僕は黙った。
「勇者様が強いことは知っています」
「なら」
「ですが、強さだけで世界を救えるのでしたら、私など必要ないでしょう」
返せない。
「仲間が必要だと思ったから、ここまで来た」
「はい」
「ならば、その仲間を動かすに足る人物かどうかくらいは、見せていただきたいですね」
「僕を試す?」
「そのつもりです」
迷いがない。
「何をすればいい?」
「宿題を差し上げましょう」
「宿題……」
まさか勇者になって、軍師らしい男から宿題を出されるとは思わなかった。
カシウスが一枚の地図を机に広げる。
町。
村。
森。
街道。
「ある地方で、魔物による被害が続いているとしましょう」
「はい」
「騎士団を派遣すれば討伐できます。しかし、兵が去れば、やがてまた増える」
「なら、常駐させる」
「兵が余っていれば可能ですね」
「余ってない?」
「それほど余裕のある国なら、そもそも私を探す必要もないでしょう」
確かに。
「では、勇者様自身が討伐するという回答も禁止しておきます」
「先に言われた」
「あなたがいなければ成立しない仕組みでは意味がありませんので」
「他の条件は?」
「兵力を大きく増やさない。新たな税も課さない」
「厳しくないですか?」
「難しくなければ、試す意味がありません」
「それで、魔物の被害を減らせ?」
「一度だけではありません」
カシウスが地図を指先で叩く。
「来年も。その次の年も」
その場の魔物を倒すだけでは駄目。
兵を置き続けるのも駄目。
金を払い続けるだけでも、たぶん違う。
「……答えはあるんですか?」
「私なら考えられます」
即答。
「ずいぶん自信ありますね」
「ありますよ」
「普通、自分でそこまで言います?」
「能力があるのに、ないふりをする方が不誠実でしょう」
また薄く笑う。
本当に偉そうだ。
「分かりました」
地図を手に取る。
「考えてきます」
「結構」
「期限は?」
「次にお越しになるまでで」
「それ、期限になってないですよね?」
「答えが出なければ」
カシウスの口元から笑みが消える。
「二度と来なくて結構ですよ」
「……絶対来ます」
「ええ」
また少しだけ笑った。
「楽しみにしております」




