第二十七話 勇者は、埋もれたものを見る
「詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「いいよ」
リネットは研究室の奥へ進んだ。
木箱がいくつも並び、その中から小麦が伸びている。
「全部同じものですか?」
「品種は同じだよ。与えてる魔力が違うんだ」
一つだけ、他より少し背が高い。
「これが魔法を使ったやつ?」
「そうだね。条件が良ければ成長が少し早くなる。根も伸びやすくなるよ」
「どれくらい?」
「一割くらいかな」
「一割……」
「地味でしょ?」
「ちょっと」
「正直だね」
リネットは気にした様子もない。
「他にもあるよ」
土の水分を逃げにくくする術式。
発芽の時期を揃える研究。
害虫を遠ざける魔力の流し方。
「こっちはまだ失敗してるけどね」
「枯れかけてますね」
「虫は来なくなったよ」
「植物も弱ってますけど」
「なら、植物を弱らせない方法を探せばいいんだよ」
研究者というのは、こういう考え方をするらしい。
僕は小麦を見る。
一割。
畑一枚なら、大したことはないかもしれない。
「例えば、この魔法を小麦畑で使ったら?」
「使えるよ」
「王都の近くで試して、どれくらい収穫が変わるか調べたい。結果はいつ出せます?」
リネットが首を傾げた。
「さあ?」
「……さあ?」
「見当もつかないね」
「研究してるんですよね?」
「してるよ。人とお金があれば、もっと早く試せるけどね」
「ないんですか?」
「ないよ」
即答だった。
「何人で?」
「私と助手が一人」
「二人?」
「そうだね」
研究室を見回す。
とても二人で扱う量には見えない。
「予算も?」
「少ないよ。そういうもんだね」
「なんで?」
「みんな攻撃魔法に夢中だからね」
シャムが壁にもたれたまま口を挟む。
「戦争中だから仕方ないところもあるけどね」
「分かってるよ」
リネットも特に不満そうではない。
「火球なら撃てば結果が出る。威力が上がった、射程が伸びた。分かりやすいからね」
「こっちは?」
「育つまで待つしかないよ。天気も土も季節も違う。同じ術式でも結果が変わるね」
成果が出るまで時間がかかる。
予算を出す側が、攻撃魔法を優先する理由も分からなくはない。
だけど。
「これ、本当に一割くらい変わるんですよね?」
「条件が合えばね」
「畑一枚じゃなくて、村全部なら?」
「術者が足りれば」
「領地全部」
「同じだね」
「王国全部なら?」
リネットが僕を見る。
「そこまで試したことはないよ」
当然だ。
でも。
王国で採れる小麦が一割増えたら?
軍の食料が増える。
市場へ回る量も増える。
水分を保てるなら、雨の少ない土地でも使えるかもしれない。
「……これ、使えるんじゃないか?」
「何に?」
「まだ分からないです」
でも、ベルトランに提案してみるのはありだ。
そこで、別のことが気になった。
「シャム」
「なに?」
「この人の他に、攻撃魔法以外の研究をしてる人っているの?」
「いるんじゃないの?」
「知らないんですか?」
「知り合いはこの子くらいね」
「食べ物を長持ちさせる魔法とか、水を綺麗にするとか」
「探せばいるかもね」
「……研究内容をまとめてる人は?」
「いないわね」
「いない?」
「みんな自分のことで手一杯だから」
リネットも頷く。
「私も他の人が何やってるか、ほとんど知らないよ」
それなら。
この研究所には、リネットみたいな人がまだいるかもしれない。
使えるものを持っているのに、知られていない人が。
「もったいないな」
「何が?」
「全部です」
僕は研究室を見回した。
「一度、研究所で何を研究してるのか見た方がいい気がする」
「全部?」
シャムが眉を上げた。
「簡単に言うわね」
「僕が調べるわけじゃないです」
「誰がやるのよ」
「できる人に頼みます」
シャムが嫌そうな顔をした。
「……仲間が増えた途端、使い始めたわね」
「頼れるので」
◇
「なるほど」
その日のうちに、僕はベルトランの執務室を訪れた。
リネットの研究と、研究所の現状を説明する。
「仮に、小麦の収穫を一割増やせるとして」
「はい」
「各地で同じ結果を出せる。術者を確保できる。魔法にかかる費用より、増えた収穫の価値が上回る」
「それができれば?」
「相当に大きいでしょうな」
ベルトランが頷く。
「食料価格の安定、備蓄、交易。国庫にも影響します」
「じゃあ」
「まだ早い」
止められた。
「研究室で結果が出たことと、国中で使えることは別です」
「だから、試したいんです」
「実証には金も人も要る」
「はい」
「その上、研究所全体も調べたいと?」
「リネットみたいな研究が、他にもあるかもしれません」
ベルトランは腕を組んだ。
「研究内容、人員、予算。そこまで整理するとなると、かなりの仕事になりますぞ」
「お願いします」
「簡単に言われますな」
「僕にはできないので」
「堂々と言わないでいただきたい」
少し考えた後、ベルトランが息を吐いた。
「それは……現実となれば素晴らしいですが」
「現実にする為に組んだんですよ」
ベルトランの目が止まった。
「僕には研究が本当に使えるか分からない。国全体でどれくらい得するのかも分からない」
「でしょうな」
「だから、そこをお願いします」
しばらく沈黙したあと。
「……随分と仕事の多い仲間になりましたな」
「頼りにしてます」
「褒めても予算は増えませんぞ」
「まだ何も頼んでません」
「そのうち頼みます」
否定できない。
「まず、研究所の現状を調べましょう」
「お願いします」
「ただし、使えると決めつけないことです」
「はい」
「使えるかもしれないものを探し、確かめる。順番は守りましょう」
やっぱり。
この人を仲間にして正解だった。
◇
執務室を出て、しばらく歩いたところで。
「勇者様」
声がした。
人気のない廊下。
壁際の影が揺れ、黒装束の男が姿を現す。
ナディアではない。
彼女の部下だ。
「報告がございます」
「何かあった?」
「はい」
男が片膝をついた。
「勇者様がお探しの人物を発見いたしました」
足が止まった。
「……どこに?」
「王都より北西。国境に近い町に滞在しております」
ようやく。
見つかった。
「詳しく聞かせて」
「承知しました」
研究所とは、また別の話。
けれど。
こちらもずっと探していた。
僕に必要な、人間だった。
……多分。




