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第二十三話 勇者は、仕組みを見る

 ナディアのカタールが、僕の左腕へ落ちてきた。


 避けない。


 《反衝手甲》を上げる。


 金属同士がぶつかり、鈍い音が鳴った。


 衝撃が左腕を走る。


 手甲の紋様が淡く光った。


 溜まった。


 すぐに左拳を突き出す。


「遅いです」


 ナディアが首を傾けただけで避けた。


 拳が空を切る。


 次の瞬間、腹に蹴りが飛んでくる。


 バスタードソードの腹で受けた。


 重い。


 僕より小柄なのに、身体の使い方が上手い。


 剣を押し込まれ、二歩下がる。


「手甲で受けて、殴る。それしか考えていませんね」


「そういう魔導具じゃないのか?」


「説明書には、そう書いてありましたか?」


「……書いてない」


「でしたら、勝手に使い方を決めない方がよろしいかと」


 ナディアが踏み込んだ。


 右のカタール。


 左へ避ける。


 もう一本が追ってきた。


 また手甲で受け――。


 途中で止める。


 違う。


 受けるから、次の動きが読まれる。


 ナディアが攻撃してくる場所へ、先に左腕を置いた。


 刃が手甲へ当たる。


 その瞬間。


 受け止めず、そのまま押した。


「っ」


 ナディアの腕が外へ流れる。


 左手で手首を掴む。


 蓄えた衝撃は、まだ使わない。


 引く。


 ナディアの身体が半歩前へ出た。


 右手のバスタードソードを横薙ぎに振る。


 ナディアが身体を反らした。


 避けられた。


 だが、狙いは剣じゃない。


 戻ってきた彼女の身体へ、左肩をぶつけた。


 《反衝手甲》。


 蓄えた衝撃を吐き出す。


「!」


 ナディアの身体が浮いた。


 僕は追う。


 右手だけで剣を返し、切っ先を喉元へ。


 同時に。


 ナディアのカタールも、僕の脇腹へ触れた。


「相打ち」


 僕が言う。


 ナディアは少し黙ったあと、刃を下ろした。


「……先ほどよりは、よくなりました」


「やっぱり調子が狂うな」


「何がでしょうか?」


「その話し方」


 契約を結んでから、ナディアは僕に対して敬語を使うようになった。


 人前なら構わない。


 でも、二人で訓練している時までそうされると、どうにもやりにくい。


「二人の時は、前みたいでいいよ」


「ですが――」


「その方がやりやすい」


 ナディアは、少しだけ目を細めた。


「……分かった」


「うん。その方がいい」


「なら、遠慮はしない」


 ナディアが僕の左腕を指差した。


「まだ手甲を盾だと思っている」


「盾じゃないのか?」


「盾として使うこともできる。だが、それなら盾を持てばいい」


 なるほど。


「その手甲の利点は、攻撃を受けられることじゃない。受けた後も左手が使えることだ」


 受ける。


 掴む。


 押す。


 殴る。


 敵の動きを変える。


「攻撃されるのを待つな。打たせろ」


「難しいことを言うな」


「お前が勝手に難しくしている」


 ナディアが再び構えた。


「もう一度だ」


「まだやるの?」


「今ので使えた気になっている顔をしている」


「してない」


「している」


 今度は三本続けて負けた。


     ◇


 訓練が終わる頃には、昼近くになっていた。


 僕が汗を拭いていると、訓練場の入り口から声がした。


「失礼いたします」


 一人の男が入ってくる。


 黒髪を短く整えた、穏やかな顔の男。


 ハサム。


 ナディアの副官だ。


 その姿を見た瞬間。


「ハサム。報告をお願いします」


 ナディアの口調が戻った。


 さっきまで僕に「お前」と言っていた人と同じとは思えない。


 ハサムが一瞬だけ僕とナディアを交互に見る。


「……何か?」


「いえ。何も」


 絶対に気づいた。


「財務卿について、少々分かりました」


 ハサムが数枚の紙を差し出した。


「まず、本人についてですが」


 ベルトラン財務卿。


 前回の人生では、国庫金の横領と軍需品の横流しを疑われ、失脚した男。


「賄賂、不自然な蓄財、賭博、愛人。いずれも確認できませんでした」


「ずいぶん調べたね」


「疑われた方を調べるなら、そのあたりからでしょう」


 ハサムは平然としている。


「生活も質素です。財務卿という立場を考えれば、むしろ使わなさすぎるほどですな」


「じゃあ、やっぱり無実?」


「それはまだ」


 ハサムが一枚めくる。


「本人より、周囲がおかしい」


 財務府では、すべての支出を財務卿本人が承認しているわけではない。


 地方への補助。


 商人との契約。


 倉庫への物資。


 軍需品。


 一定額以下なら、部下の判断だけで動かせる金もある。


「財務卿の名を使って動く人間が多すぎます」


「印章は?」


「以前、地下で見つけた偽物と同じ系統のものが使われた記録があります」


「誰が?」


「そこを調べています」


 前回。


 僕は財務卿が悪いことをしたと聞いて、それを信じた。


 王国の偉い人間が失脚した。


 それだけ。


 その後、物資が届かなくなったことも。


 補給が遅れたことも。


 全部、魔王軍との戦いが激しくなったからだと思っていた。


 でも。


 順番が逆だったとしたら?


「本人より、周りを重点的に調べて」


「承知しました」


「でも、本人も止めないで」


「もちろんです」


 ハサムが笑う。


「人は、潔白に見える者ほど念入りに調べるものです」


「怖いな」


「お褒めいただきありがとうございます」


 褒めてない。


「それと今日、大神殿へ行く」


「存じております」


「一緒に来てくれる?」


「喜んで」


 ナディアが口を挟んだ。


「ハサム。余計なことはしないように」


「私は見学するだけですが」


「あなたの見学ほど信用できないものもありません」


「ひどい評価ですな」


 口調は丁寧。


 でも、二人の関係はよく分かる。


     ◇


 大神殿。


 前回来た時は、周囲を見る余裕なんてなかった。


 白い石造りの大きな建物。


 祈る人。


 治療を待つ人。


 廊下を急ぐ神官たち。


 働いていないわけじゃない。


 むしろ、みんな忙しそうだ。


 途中でハサムが足を止めた。


「私はこのあたりを見て回っても?」


「捕まらないでね」


「善良な市民ですので」


 たぶん嘘だ。


 僕は一人で奥へ通された。


 部屋にいたのは、白髪の老人。


 ミリアの祖父だ。


 大神殿でも高い地位にいる神官らしい。


「勇者様。ようこそお越しくださいました」


「今日は、謝りたいことがあって来ました」


「……解呪の間の件でしょうか」


「はい」


 老人は穏やかな口調のまま、目だけを細めた。


「孫を連れ、許可なく解呪の間を使用し、結果として一室を半壊させた。間違いございませんか?」


「ありません」


「随分と素直でいらっしゃいますね」


「嘘をついても仕方ないので」


「では、理由をお聞かせいただけますか」


「魔族の精神干渉を受けていた人たちがいました」


「複数ですか」


「はい」


「どのような方々でしょう」


「それは言えません」


 老人の表情が少しだけ固くなる。


「大神殿の設備を無断で使用しておいて、そこは明かせない、と?」


「はい」


「理由は?」


「身元を明かしたら、別の問題が起きる可能性があるからです」


 ナディアたちがアサシンギルドであること。


 今は僕のために動いていること。


 それは、まだ誰にも知られたくない。


「ただ、魔族に操られていた被害者です」


 僕は老人を見る。


「解呪できたことも確認しています。もう魔族の支配下にはありません」


《勇者の威徳》。


 何かが言葉を後押しする。


 相手を従わせる力じゃない。


 でも。


 僕が本気で言っていることは、伝わる。


 老人はしばらく僕を見ていた。


「……納得したとは申し上げられません」


「はい」


「ですが、勇者様が軽い気持ちで隠しておられるわけではないことは分かりました」


「ありがとうございます」


「ただし」


 老人の声が少しだけ低くなる。


「ミリアを巻き込んだ件は別です」


「そのことを謝りに来ました」


 僕は頭を下げた。


「本人が協力してくれたとしても、先に話を通すべきでした。すみませんでした」


「……」


 返事がない。


 顔を上げる。


 老人は口元を手で隠していた。


「どうしました?」


「いえ」


 少しだけ咳払い。


「ミリアは……お役に立ちましたか?」


「はい。すごく」


「そうですか」


 口元が緩んだ。


「解呪については、幼い頃からよく学んでおりまして」


「かなり助かりました」


「そうでしょうとも」


 即答。


 老人が止まる。


 僕も黙る。


「……何でしょう」


「怒ってたんじゃないんですか?」


「怒っております」


 老人は姿勢を正した。


「許可なく施設を使用し、設備を破損し、孫を危険へ巻き込んだ。高位神官として看過はできません」


「はい」


「ですが」


 また少しだけ口元が緩む。


「孫が勇者様のお力になれたこととは、別の話です」


 嬉しいらしい。


 隠せていない。


「次にミリアの力が必要になった場合は、正面からお申し付けください」


「いいんですか?」


「あの子自身が望むのであれば、私は止めません」


「ありがとうございます」


「その代わり、今度は先に一言お願いいたします」


「分かりました」


「そして大神殿を壊さない範囲で」


「努力します」


「そこは壊しませんと仰っていただきたかったのですが」


 老人が深いため息をついた。


 たぶん。


 許してもらえた。


「一つ聞いてもいいですか?」


「どうぞ」


「前回、正式に解呪の間を使うなら、どうすればよかったんです?」


「まず担当神官へ申請していただきます。その後、解呪院の責任者が内容を確認し、特殊な事例であれば上位神官の許可が必要です」


「どれくらいかかります?」


「通常ですと数日ほど」


「緊急なら?」


「一日、場合によってはもう少し早く」


「遅い」


 老人が黙った。


「一日あったら、また誰かが殺されていたかもしれない」


「ですからといって、規則を無視してよいわけではございません」


「それは分かります」


 でも。


 違和感がある。


「地方も同じですか?」


「基本的には」


「地方の神官が、隣の村で何かあったら勝手に行けます?」


「管轄外で活動する場合は、原則として許可が必要です」


 なるほど。


 そういうことか。


 僕はてっきり。


 前回、神殿が動かなかったと思っていた。


 違う。


 動こうとして。


 動くまでに時間がかかったんだ。


     ◇


 大神殿を出ると、ハサムが石段の下で待っていた。


「どうだった?」


「大変立派な組織でございました」


「その言い方、何かあるね」


「皆様よく働いております」


「うん」


「そして、皆様大変よく規則を守っておられます」


「……やっぱり?」


 ハサムが頷いた。


「地方から報告を持ってきた神官がおりました。受付へ提出し、別の部署へ回され、書類の不足を指摘され、もう一度最初からやり直していました」


「何の報告?」


「村で病人が増えている、と」


「急いだ方がよくない?」


「私もそう思いました」


 ハサムは大神殿を振り返った。


「ほかにも、若い神官が治療へ向かおうとして止められておりました。管轄外だそうです」


「みんな真面目なんだよね」


「ええ」


「悪い人がいるわけでもない」


「おそらく」


 それなのに、遅い。


 僕は前回。


 人間は弱いと思っていた。


 魔王軍が強すぎる。


 だから負けた。


 でも。


 本当にそれだけだったのか?


「ハサム」


「はい」


「次は騎士団を調べたい」


「兵士の強さですか?」


「それも」


 王都には、たくさんの兵士がいた。


 それでも落ちた。


「誰が命令を出して、どれくらいで動くのか」


「なるほど」


「あと、どういう訓練をしてるかも」


 ハサムが笑った。


「勇者様は、随分と色々なものに興味を持たれるようになりましたな」


「前は魔王しか見てなかったから」


 今度は違う。


 僕は魔王を倒す。


 そのために強くなる。


 でも。


 その間に、人間側が崩れたら意味がない。


 足りないなら増やす。


 弱いなら鍛える。


 遅いなら、早くする。


 前回と同じものを使って。


 前回と違う結果だけを望むつもりはない。


「国を作り直すおつもりで?」


 ハサムが冗談めかして言った。


「違うよ」


 僕は王城の方を見る。


「魔王を倒しやすい国にするんだ」


 ハサムが、一瞬だけ黙った。


 それから。


「なるほど」


 楽しそうに笑った。

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