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第二十二話 勇者は、拳を握る

 翌朝。


 僕は王城を出て、レグリアの商店街へ向かった。


 大通りには荷馬車が並び、店先では商人たちが声を張り上げている。


 焼きたてのパンの匂い。


 革と鉄。


 行き交う馬の臭い。


 炎極百足フレイム・センチピードとの戦いから、一夜しか経っていない。


 それでも、王都は何事もなかったように朝を迎えていた。


 僕も立ち止まってはいられない。


 鋼の剣は、もう使えない。


 革の胸当ても酸に溶かされ、触れれば崩れるほど傷んでいた。


 《空白の剣》は残っている。


 けれど、あれは属性魔力を蓄え、《魔法剣》を使うための切り札だ。


 敵の刃を受け、骨を断ち、多少傷んでも振り続けるための剣は別に必要だった。


 まず向かったのは、以前にも利用した冒険者向けの大型商店だ。


 僕の顔を覚えていた店主が、すぐにカウンターから出てくる。


「勇者様。本日は何をお探しでしょうか」


「胸当てと靴。それから属性石です」


「承知いたしました。胸当てに、何かご希望はございますか?」


「腐食に強いものを」


「腐食、でございますか?」


 僕は魔法袋から、傷んだ革の胸当てを取り出し、台へ置いた。


 黒く変色した革が、ぱらぱらと崩れ落ちた。


 肩から胸にかけて大きな穴が開き、留め具も二つなくなっている。


「魔物の酸ですか?」


「はい」


「これを着ていて、よくご無事で……」


「次は、一度浴びただけで崩れないものが欲しいです」


 店主は何度も頷き、防具棚の奥へ僕を案内した。


 並んでいるのは、革鎧や鎖帷子よりも高価な品ばかりだ。


 その中で目に留まったのは、淡い銀色の胸当てだった。


 胸と腹を金属板で覆っている。


 板金鎧ほど大きくはなく、肩や脇腹には柔らかい革が使われていた。


「銀を混ぜた合金で作られております」


 店主が胸当てを持ち上げる。


「普通の鉄より錆びにくく、表面には腐食を遅らせる加工も施されています。強力な酸を完全に防ぐことはできませんが、一度浴びただけで崩れることはないでしょう」


 装着してみる。


 これまでの革の胸当てより重い。


 それでも、《身体覚醒》を得た今の僕には負担にならなかった。


 腕を上げる。


 身体を捻る。


 剣を振るう動きも妨げない。


「これにします」


「ありがとうございます」


 次は靴。


 求めたのは、すねまで覆う金属製の防具ではない。


 足首を固定し、爪先と踵へ金属を仕込んだ格闘用の靴だ。


 蹴りを放つ時にも使える。


 最後に火、水、風、土の属性石を補充した。


 防具と消耗品は揃った。


 残るのは、剣だ。


     ◇


 商店を出たあと、職人街へ向かった。


 槌の音。


 炉の熱。


 焼けた鉄の臭い。


 その中でも、ひときわ大きな工房があった。


 中へ入る。


 分厚い腕を持つ男が、赤熱した鉄を打っていた。


 男は僕を見ると、槌を止めた。


「お前が勇者か」


「はい」


「ゲオルグから文が届いてるぜ。面白いガキがいるってな」


 ドーガン。


 ゲオルグから紹介された鍛冶師だ。


 僕の腰にある二本の剣へ目を向ける。


「見せてみろ」


 損傷した鋼の剣を差し出した。


 ドーガンは鞘から抜き、刀身を光へかざす。


 炎極百足との戦いで、刃には無数の傷が刻まれていた。


 中央には深い亀裂が入り、少し力を加えれば折れてしまいそうだった。


「ひでえな」


「直せますか?」


「無理だ」


 即答だった。


「刃を研ぎ直す程度ならできる。刃こぼれも埋められる。だが、ここまで芯が傷んでりゃ話は別だ」


 ドーガンが亀裂を指でなぞる。


「無理に直したところで、次に何か受けた時に折れる。そんな物を剣とは呼べねえ」


「そうですか」


 分かっていた。


 それでも、返された剣を握る手へ力が入った。


 十歳の祝いに、ゲオルグから贈られた剣だ。


 ゴブリンヒーローと戦った時も。


 アサシンギルドと戦った時も。


 炎極百足へ挑んだ時も。


 僕は、この剣を握っていた。


 使えなくなったからといって、溶かして別の剣へ変える気にはなれなかった。


「このまま残します」


「ああ。それがいい」


 ドーガンはそれ以上何も言わず、工房の奥へ向かった。


 壁に掛けられた武器をいくつか見比べ、一本の剣を外す。


 差し出されたのは、幅広のバスタードソードだった。


 片手剣より刀身が長く、柄は両手でも握れる。


 装飾はない。


 戦うためだけに作られた剣だった。


「お前さん用に作ってやりたいところだが、今は立て込んでいてな」


 ドーガンが鞘を叩く。


「こいつを持ってけ」


 受け取り、抜く。


 前の剣より重い。


 だが、重心は鍔の近くにある。


 右手だけで構える。


 振り下ろす。


 途中で止める。


 そのまま切っ先を返し、横へ薙ぐ。


 刀身の重さに振り回される感覚はなかった。


 厚い刃なら、敵の攻撃を正面から受けても簡単には折れない。


 片手で扱える。


 必要なら両手でも握れる。


 今の僕に合っている。


「これを買います」


「まだ少し振っただけだぞ」


「分かります」


「生意気だな」


 ドーガンはそう言いながら、わずかに笑った。


「時間のある時なら、注文してもいいんですか?」


「材料を持ってくりゃ、打ってやるよ」


「分かりました」


 この剣は、あくまで今使うためのものだ。


 いつか。


 僕の戦い方に合わせた剣を作ってもらう。


 その時に必要な材料も、いずれ手に入れる。


     ◇


 装備を整えたあと、王都近郊のダンジョンへ向かった。


 目的は一つ。


 以前から目をつけていた魔導具を回収するためだ。


 推奨位階は十五。


 今の僕なら、単独でも問題はない。


 最初に現れたのは、岩壁と同じ灰色の鱗を持つ岩蜥蜴ロック・リザードだった。


 壁へ張りつき、頭上から飛びかかってくる。


 バスタードソードを抜いた。


 爪を刀身で受ける。


 衝撃が腕へ伝わった。


 だが、剣はぶれない。


 そのまま押し返し、落ちてきた首へ刃を振り下ろす。


 重さのある刀身が鱗を割り、骨まで断った。


 悪くない。


 次に現れた鉄殻蟹アイアン・クラブは、金属のように硬い鋏を振り上げた。


 正面から受ける。


 鋏と剣がぶつかり、洞窟へ高い音が響いた。


 前の剣なら、刃こぼれを気にして受け流していた。


 この剣なら耐えられる。


 力を横へ逃がし、鋏を外側へ逸らす。


 開いた甲殻の隙間へ、切っ先を突き込んだ。


 道中には、洞窟狼ケイブ・ウルフの群れもいた。


 一匹目の飛びかかりを避け、顎を格闘靴で蹴り上げる。


 硬い爪先が骨を打ち、身体が横へ流れた。


 倒れた首へ剣を突き下ろす。


 《体術》と剣術が、以前より自然につながる。


 剣だけで戦っていた時より、動きの選択肢が増えていた。


 罠の位置も、正しい道も知っている。


 探索に時間はかからなかった。


     ◇


 最深部にいたのは、位階十六の重甲猿アーマード・エイプ


 両腕を黒い外殻で覆った、大型の猿型魔物だ。


 重甲猿が床を蹴った。


 大きな拳が、上から振り下ろされる。


 半歩だけ横へ避ける。


 拳が石床を砕いた。


 すぐには剣を振らない。


 左手で相手の肘を押し、拳が沈んだ方向へさらに力を加える。


 《体術 第二段階》。


 重甲猿の上半身が崩れた。


 バスタードソードを、両手で握る。


 踏み込み。


 脇腹へ叩き込む。


 厚い刃が肉へ食い込み、肋骨を断った。


 重甲猿が叫び、反対の腕を振る。


 剣から左手を離す。


 身体を沈め、右手一本で切っ先を返した。


 喉を薙ぐ。


 血が噴き出し、巨体が前へ倒れた。


 位階は上がらない。


 僕より低い相手だ。


 今回の目的は、成長ではなかった。


 広間の奥にある宝箱を開く。


 中には、黒い金属製の手甲が一つだけ入っていた。


 左拳から前腕までを覆う、片手用の装備。


 《反衝手甲》。


 手甲で物理攻撃を受けた時、その衝撃の一部を蓄積する。


 蓄えた力は、次に放つ拳、掌底、肘打ちへ上乗せできる。


 ただし、衝撃を消す防具ではない。


 正しく受けなければ腕を痛める。


 限界を超える攻撃を受ければ、手甲ごと腕を壊される。


 前回は、誰も必要としなかった。


 僕自身も、拳で戦うという発想を持っていなかった。


 今は違う。


 左腕へ手甲を装着する。


 内側の留め具が動き、手首から肘の下までしっかりと固定された。


 左の拳を握る。


 右手には、バスタードソード。


 左で受ける。


 体勢を崩す。


 右で斬る。


 ようやく、新しい戦い方に必要な装備が揃った。


────────────────────


【ステータス】


【称号】


勇者

剣雄


年齢:十一歳

位階:19

祝福点:0


【祝福】


《剣術 第四段階》

《身体覚醒 第一段階》

《第六感》

《獅子の子》

《後の牙》

《魔力増幅 第三段階》

《魔法剣 第二段階》

《勇者の威徳》

《獅子奮迅》

《急所攻撃 第一段階》

《体術 第二段階》


【装備】


バスタードソード

《空白の剣》

《反衝手甲》

銀鋼の胸当て

格闘靴

《初禍の環》

《盲夜の仮面》

魔法袋


────────────────────

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