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第十四話 勇者は、空白を染める

王都の東門から、歩いて二時間。


森を抜けた先に、そのダンジョンはあった。


岩山に開いた大きな洞窟。


入口の脇には冒険者組合の詰所があり、何組かの冒険者が順番を待っている。


推奨位階は十。


出現する魔物は、それほど強くない。


ただし、最深部には多くの魔物が集まっているため、複数人での攻略が推奨されていた。


「一人で入るのか?」


受付の男が、僕の許可証と顔を交互に見た。


「はい」


「位階十三なら、途中までは問題ないだろう。だが、最深部へ行くなら仲間を連れていった方がいい」


「魔物が多いんですよね」


「ああ。洞窟狼(ケイブウルフ)とコボルトの群れだ。一匹ずつなら大したことはないが、囲まれれば話は別だ」


男は、僕の腰にある二本の剣へ目を向けた。


「勇者だからといって、無理はするなよ」


「分かりました」


忠告へ頷き、洞窟へ入る。


今日の目的は、位階を上げることだけではない。


《空白の剣》。


昨日買った属性石。


そして、違法な魔導具店で手に入れた腕輪。


それらが考えどおりに使えるか、確かめるために来た。


    ◇


入口から少し進んだところで、最初の魔物が現れた。


灰色の毛に覆われた洞窟鼠(ケイブラット)


位階は三程度だ。


僕を見つけると、甲高い声を上げて飛びかかってくる。


《空白の剣》を抜いた。


鍔の近くには、透明な魔石が埋め込まれている。


収納袋から、赤い属性石を取り出した。


《空白の剣》の魔石へ触れさせる。


属性石の中にあった赤い光が、剣へ吸い込まれていった。


色を失った石が、指の間で崩れる。


代わりに、剣の魔石が薄い赤へ染まった。


成功だ。


剣へ魔力を流す。


「《魔法剣》」


刀身を、赤い光が覆った。


洞窟鼠の牙をかわし、胴体を斬り払う。


刃が肉を裂いた直後。


傷口から炎が噴き出した。


洞窟鼠は地面を転がり、すぐに動かなくなる。


属性石をそのまま投げたなら、毛を少し焼く程度だっただろう。


だが、わずかな属性魔力を刃へ集中させれば、十分な殺傷力を持つ。


剣の魔石には、まだ赤い光が残っていた。


一つの属性石で、何度かは使えるらしい。


次に現れた毒蜘蛛(ヴェノム・スパイダー)には、風を試した。


火の魔力を使い切ったあと、緑の属性石を押し当てる。


透明へ戻った魔石が、今度は緑に染まった。


剣を振る。


刃が届くより先に、風が毒蜘蛛の脚を切断した。


水属性を込めると、刀身を流れる水が飛び散った毒液を受け流す。


土属性では、剣の硬さと重さが増した。


コボルトの棍棒を正面から砕き、そのまま肩口へ刃を食い込ませる。


火。


水。


風。


土。


どれも問題なく使える。


ただし、異なる属性を同時に宿すことはできない。


別の属性へ変えるには、先に残った魔力を使い切る必要がある。


属性石一つに込められた魔力も少ない。


長期戦には、相当な数が必要になるだろう。


それでも十分だった。


僕に必要なのは、属性魔法を覚えることではない。


剣へ宿すための属性だけだ。


必要な時に。


必要な力を借りる。


前回のように、何もかも自分一人でできるようになる必要はなかった。


    ◇


奥へ進むほど、魔物の数は増えていった。


洞窟鼠。


毒蜘蛛。


コボルト。


洞窟狼。


一度に現れるのは二、三匹。


位階十三の僕なら問題にならない。


やがて、最深部へ続く坂へ着いた。


下から、獣の臭いが漂ってくる。


いくつもの足音。


鳴き声。


暗闇の中で、無数の目が光った。


コボルトが十二体。


洞窟狼が九体。


合わせて二十一体。


僕を見つけたコボルトたちが、武器を構えた。


前には槍。


その後ろには、投石する個体。


洞窟狼は左右へ分かれ、背後へ回り込もうとしている。


一体ずつなら弱い。


だが、群れで戦う方法を知っている。


複数人での攻略を推奨される理由だ。


一人で戦えば、勝てたとしても消耗は避けられない。


腕が重くなる。


足が鈍る。


息が乱れる。


その一瞬を、群れは見逃さない。


だからこそ、ここを選んだ。


《空白の剣》を構える。


「《獅子奮迅》」


身体から、疲労の感覚が消えた。


重さも。


息苦しさも。


ここまで歩いてきた疲れさえ感じない。


最初のコボルトが、槍を突き出した。


穂先を横へかわす。


すれ違いざまに、喉を斬る。


左から飛びかかってきた洞窟狼へ、土属性をまとわせた剣を振り下ろした。


頭蓋が砕ける。


背後から飛んできた石を避け、そのまま前へ踏み込む。


止まらない。


剣を振る。


かわす。


斬る。


何度動いても、身体は鈍らなかった。


腕は重くならない。


足も止まらない。


呼吸すら乱れない。


炎で毛皮を焼く。


風で首を裂く。


土で骨を砕く。


属性石が、一つずつ灰色へ変わっていく。


魔力は減っている。


腕や頬には、浅い傷も増えていた。


《獅子奮迅》は、傷を防ぐ祝福ではない。


魔力を無限にする力でもない。


ただ、戦いが続く限り、疲労によって動きが鈍ることがない。


最後の洞窟狼が、背中を向けた。


逃がすつもりはない。


地面を蹴る。


一気に追いつき、背中から心臓を貫いた。


洞窟狼が倒れる。


周囲から、魔物の気配が消えた。


同時に。


身体の奥から、力が湧き上がる。


位階が上がった。


十三から、十四へ。


だが、祝福を選ぶのはあとだ。


先に確かめなければならない。


《獅子奮迅》を解除すれば、戦闘中に無視した疲労と身体への負担が、倍になって返ってくる。


収納袋から、黒ずんだ腕輪を取り出す。


《初禍の環》。


昨日、老婆から買った魔導具だ。


あの老婆が説明した効能に、嘘はない。


装着者が受ける毒。


呪い。


阻害魔法。


身体能力の低下。


いかなるデバフであっても、一日に一度だけ無効化する。


本来なら、凄まじい効能だ。


命を奪う猛毒も。


身体を蝕む呪いも。


強力な阻害魔法も。


一度だけなら防ぐことができる。


ただし。


《初禍の環》は、本当にいかなるデバフにも反応してしまう。


弱い毒。


軽い眠気。


わずかな目眩。


寒さによる身体の震え。


少し足が重くなっただけでも、腕輪が異常だと判断すれば効果を使ってしまう。


一日に一度の奇跡を、ほんの些細なことで消費してしまうのだ。


前回、この腕輪の存在を知った時。


僕は使い道のない欠陥品だと思った。


肝心な時に、効果が残っている保証がない。


だから使わなかった。


だが、一日中装備しておく必要はない。


防ぐデバフを選べないのなら。


防ぎたいデバフが来る瞬間だけ装備すればいい。


《初禍の環》を右腕にはめる。


留め具を閉じた。


「解除」


《獅子奮迅》が切れた。


直後。


戦闘中に蓄積された疲労が、一気に押し寄せる。


全身へ鉛を流し込まれたような重さ。


筋肉が引き裂かれるような苦痛。


視界が暗くなり、膝から力が抜ける。


その瞬間。


《初禍の環》が白く輝いた。


腕輪に刻まれた紋様が浮かび上がる。


押し寄せていた重さが、消えた。


僕は倒れなかった。


呼吸を整え、身体の状態を確かめる。


頬の傷は残っている。


消費した魔力も戻っていない。


戦闘中に受けた痛みも、そのままだ。


だが。


《獅子奮迅》の反動だけが、きれいに消えていた。


僕は腕輪を外した。


これで、今日の効果は使い切った。


次に使えるのは明日だ。


それでも問題ない。


一日に一度。


反動を気にせず、《獅子奮迅》を使える。


「思ったとおりだ」


使いづらい祝福。


使い道がないと思われていた魔導具。


二つの欠点が、互いを打ち消している。


「使える」


    ◇


戦闘を終えたあと、僕は新しく得た祝福点を確認した。


迷う必要はなかった。


《身体強化 第三段階》


そこへ一点を加える。


《身体強化 第四段階》


そう表示されると思っていた。


だが。


身体の奥で、何かが弾けた。


――《身体強化》が第四段階へ到達しました。


――条件を満たしたため、育成祝福が進化します。


表示が切り替わる。


《身体覚醒 第一段階》


さらに、別の文字が続いた。


――《身体覚醒》の獲得により、関連祝福が進化します。


《危険感知》が消える。


代わりに、新たな祝福が浮かび上がった。


《第六感》


力が、全身へ染み渡った。


これまでの《身体強化》とは違う。


筋力が増しただけではない。


視覚。


聴覚。


嗅覚。


反射。


身体に備わった感覚のすべてが、一段上の領域へ引き上げられていく。


暗い洞窟の中。


黒く沈んでいた岩肌の凹凸が、はっきりと見えた。


遠くで水滴が落ちる音。


岩陰を這う小さな虫の動き。


足元に残された魔物の爪痕まで判別できる。


松明がなくても、歩くには困らない。


洞窟の暗闇が、ほとんど気にならなくなっていた。


そして。


視覚や聴覚とは違う何かが、周囲へ広がっていく。


目には見えない。


音もしていない。


それでも、死角に何かがいれば分かる。


こちらへ向けられた敵意。


隠された罠。


近づいてくる脅威。


以前の《危険感知》よりも曖昧で。


それでいて、ずっと鋭い。


《第六感》。


位階十四。


《身体覚醒 第一段階》。


《空白の剣》も、《初禍の環》も、考えていたとおりに使える。


これで、次へ進める。


――――――――――――――――


【ステータス】


称号:勇者

年齢:十一歳

位階:14

祝福点:0


【祝福】


《剣術 第四段階》

剣の扱いを大きく向上させ、型にとらわれず、あらゆる動作を攻撃へつなげられる。


《身体覚醒 第一段階》

筋力、敏捷性、耐久力、反射神経、五感など、肉体が持つ能力を総合的に引き上げる。


《第六感》

視覚や聴覚では捉えられない殺意、危険、死角からの攻撃、罠の存在を感知する。


《獅子の子》

自分より位階の高い敵を倒した際、得られる成長を増大させる。


《後の牙》

自分より強い敵の攻撃を紙一重で回避した直後、最初に放つ反撃の速度と貫く力を高める。


《魔力増幅 第二段階》

体内に蓄えられる魔力量を増加させ、より多くの魔力を扱えるようにする。


《魔法剣 第一段階》

剣へ魔力をまとわせ、斬撃の威力と魔力に対する攻撃力を高める。


《勇者の矜持》

一定数の人々を救い、勇者として認められた者に現れる祝福。剣術、身体、魔力など、勇者が持つ力を総合的に高める。


《獅子奮迅》

発動中、疲労による身体能力と戦闘能力の低下を無効化する。解除後、蓄積した疲労と身体への負担が倍になって現れる。


【装備】


鋼の剣

《空白の剣》

革の胸当て

《初禍の環》

魔法袋


――――――――――――――――

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