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第十二話 勇者は、王都に留まる

王都レグリアの城壁が見えた。


グランヴェル王国の中心を囲む、巨大な白い石壁。


その奥には、いくつもの塔が立っている。


王城。


大神殿。


魔術塔。


十一年前から、何も変わっていない。


正確には、僕が知る十一年前より、ずっと美しかった。


城壁に穴はない。


塔も折れていない。


空を覆う黒煙もなければ、門前に死体が積み上げられていることもない。


「どうしたの?」


隣を歩いていたシャムが、僕の顔を覗き込んだ。


「いえ」


「顔色が悪いわよ」


「少し、緊張しているだけです」


嘘だった。


僕は、一度この街の死を見ている。


燃え落ちた家々。


逃げ惑う人々。


魔物に踏み潰された騎士。


大神殿の階段を流れていた血。


そして、漆黒の鎧をまとった黒将ヴァルガス。


僕たちが魔王城へ向かっている間に、王都は落ちた。


守る者がいなかったわけではない。


兵士もいた。


魔術師もいた。


神官もいた。


それでも、負けた。


「レグリアを見るのは初めてだったわね」


「はい」


「なら、驚くのも当然か」


シャムはそう納得して、再び前を向いた。


僕もレグリアへ目を戻す。


今回は、落とさせない。


そのために、まず知る必要がある。


この国が、どうやって動いているのかを。


    ◇


城門へ着くと、僕たちを待っていた騎士たちが一斉に姿勢を正した。


先頭の騎士が、胸へ拳を当てる。


「勇者殿。お待ちしておりました」


門の周囲には、大勢の人が集まっていた。


勇者が来る。


その噂を聞きつけたのだろう。


子どもが僕を指さし、大人たちが声を上げる。


「勇者様だ!」


「本当に子どもじゃないか」


「魔物から村を救ったって」


歓声が広がっていく。


前回も、こうして迎えられた。


花を投げられた。


名前を呼ばれた。


魔王を倒してくれと、何千人もの人間から期待された。


そのほとんどが死んだ。


「手くらい振ってあげたら?」


シャムが小声で言った。


「必要ですか?」


「必要かどうかじゃないの。勇者の仕事よ」


僕は人々へ顔を向けた。


軽く手を上げる。


歓声がさらに大きくなった。


笑顔を作ることに、以前ほど抵抗はなかった。


本当に安心させられるかは分からない。


それでも、今はこれでいい。


王都レグリアへ来たばかりの十一歳の勇者。


村を救い、修行のために来た子ども。


しばらくは、そう見られていた方が都合がよかった。


    ◇


王城へ入ると、謁見の準備はすでに整っていた。


広間の奥。


玉座に座っていた国王が、僕を見るなり立ち上がった。


「よく来てくれた、勇者よ」


前回と変わらない。


人の好い王だった。


王は自ら玉座を降り、僕の前まで歩いてきた。


周囲の臣下たちが慌てる。


「陛下、自らそのような――」


「構わぬ」


王は僕の前で足を止めた。


「カレドの村を救ってくれたこと、王として礼を言う」


「僕の故郷ですから」


「それでもだ。王国の騎士だけでは、多くの犠牲が出ていたと聞いている」


王の背後には、何人もの人間が並んでいた。


軍服を着た男。


大神殿の祭服をまとった老人。


宮廷魔導士の長衣を着た者たち。


大臣。


貴族。


前回も、この広間にいた者たちだ。


顔を覚えている者もいる。


名前しか知らない者もいる。


けれど、それぞれが何をしたのかは覚えていた。


誰が軍を動かしたか。


誰が反対したか。


誰が責任を押しつけたか。


誰が、最後まで何もしなかったか。


ただし、僕が知っているのは結果だけだ。


なぜ、そうなったのか。


誰が本当の決定権を持っていたのか。


誰を動かせば、別の結末になったのか。


そこまでは知らない。


だから、今は見る。


「勇者よ」


王が穏やかな声で続ける。


「十一歳の子どもへ背負わせるには、あまりに重い使命だ。それでも、そなたは魔王と戦う道を選んだと聞いている」


「はい」


「王国は可能な限り、そなたを支援しよう」


王は周囲へ目を向けた。


「騎士、魔術師、神官。望む者を仲間として選ぶとよい。国中から優れた者を集めよう」


広間が静かになる。


前回も、同じ提案をされた。


そして僕は、リナリアたちと出会った。


女騎士。


魔法使い。


神官。


斥候。


僕を支え、最後には僕の前で殺された仲間たち。


喉の奥が、わずかに詰まる。


それでも、表情は変えなかった。


「ありがたいお話です」


まず、そう答えた。


「ですが、仲間を選ぶのは少し待っていただけませんか」


「理由を聞いてもよいか?」


「今の僕は、位階十三です」


広間がわずかにざわめいた。


十一歳としては異常に高い。


だが、魔王軍と戦うには低すぎる。


「魔物と戦う経験も、まだ十分とは言えません。今すぐ誰かを選んでも、その人に何を求めるべきか、正しく判断できないと思います」


嘘ではない。


今の僕は、前回とは戦い方が違う。


後衛を守りながら戦うつもりはない。


敵の懐へ入り、首を斬る。


その戦いに、誰を加えるべきか。


まだ、形は完成していなかった。


「では、どうするつもりだ?」


軍服の男が尋ねた。


「しばらく王都に滞在したいと考えています」


「王都に?」


「王都周辺には、いくつものダンジョンがあると聞いています。そこで戦いながら位階を上げ、自分に必要な戦力を見極めたいです」


もっともらしい理由だった。


実際、王都周辺のダンジョンには、前回取り逃した魔物や道具がいくつもある。


《空白の剣》を試す機会も必要だ。


「焦って仲間を選び、途中で役割が合わないと分かれば、互いに危険です」


「なるほど」


王は頷いた。


「急がず、自らを知りたいということか」


「はい」


王が僕の言葉を疑う様子はなかった。


「よかろう。王都での滞在場所はこちらで用意する。ダンジョンへの立ち入りについても、冒険者組合へ話を通しておこう」


「ありがとうございます」


「仲間の候補については、こちらで集めておいても構わぬか?」


「お願いします。ただ、顔合わせは少し先にしてください」


「承知した」


本当にお願いしたいことは、山ほどある。


だが、今じゃない。


    ◇


謁見を終え、僕たちは城内の客室へ案内された。


廊下を歩きながら、シャムが大きく伸びをする。


「それじゃあ、私はここまでね」


「ダンジョンには来ないんですか?」


「手伝いたいのはやまやまだけど、四年間で仕事が山のようにたまっちゃって」


シャムは心底うんざりしたように肩を落とした。


村へ来てから四年。


その間、宮廷魔術師としての仕事は、ほとんど手つかずだったらしい。


「宮廷魔術師の仕事も大変なんですね」


「大変というより、面倒なのよ。報告書に、魔導具の点検に、研究成果の提出。古い依頼なんて、何を頼まれたのか思い出せないもの」


「それは……大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃないから、とうとう呼び戻されちゃったのよ」


シャムは悪びれずに答えた。


「本当なら誰かが代わりにやってくれればいいんだけどね~」


「代わりの人はいないんですか?」


「みんな忙しいのか、上が怖くて出しゃばれないのか」


シャムは指を折りながら続ける。


「勝手に仕事を引き受けると怒られる。失敗しても怒られる。成功しても、余計なことをしたって怒られる。だったら、何もしない方が安全でしょう?」


「上というのは、宮廷魔導士長ですか?」


「その下にも何人かいるわ。研究塔は妙に階級が多いのよ」


シャムは面倒そうに言った。


「誰の許可があれば、他の人がシャム先生の仕事を引き継げるんですか?」


「どうしたの、急に」


「気になっただけです」


僕は答えた。


仕事は山積みになっている。


代わりにできる者もいる。


けれど、権限と責任を恐れて誰も動かない。


王都の魔術師たちは、能力がないわけではない。


動けない理由がある。


ならば、その理由を知っておく価値はある。


「その話、詳しく聞けますか?」


シャムは少し不思議そうに僕を見た。


「いいけど。退屈よ?」


「構いません」


誰が許可を出すのか。


誰が仕事を止めているのか。


誰なら、命令がなくても動くのか。


僕は十一歳で、王都へ来たばかりの子どもにすぎない。


まだ、何もしない。


まずは力をつける。


人を見る。


仕組みを知る。


そして、誰が何を動かせるのかを確かめる。


盤面を知らずに、駒を動かすつもりはなかった。


王都には、しばらく留まる。


その間に、この国のすべてを見極める。

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