第7話 魔王、本物の魔法を演出だと言い張る
辻に出ぬ日の王は、存外に暇である。板を開き、寄進帳の数字が昨日から動いておらんのを確かめて、閉じる。貢物の口を開く申請は沙汰待ちのまま。これを政務と呼んでよいものかは、我ながら怪しい。
ゆうべの遠吠えは、明け方には止んでいた。気にはなるが、あれは後で考えればよい。今日の相手は別におる。
その暇な帳場に、文が一通届いておった。
余の辻には、文の届く口があるらしい。初めての文だ。差出人に覚えはない。ともあれ、開けてみる。
【件名】ご紹介案件のご相談
【チャンネル名】様
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案件の相談、と来た。聞かぬ言葉だが、文意は取れる。要するに、余の辻で品物を売らせろという願い出であろう。城で言えば御用商人の口利き願いだ。出入りの許しを得て、王の膝元で商いがしたいと。辻が栄えれば商人が寄る。世の理はこちらでも変わらんと見える。
良かろう、検分してやる。
まず効能。飲むだけで身体が内側から目覚める、とある。……起きておる者に飲ませて、どこを目覚めさせる気だ。しかも効能の証が、文のどこにもない。
次に名乗り。屋号らしきものはあるが、請け人がない。身元の裏書きが一行もない。
極めつけは宛名である。【チャンネル名】様、ときた。余の名を書く欄を、埋めもせずに寄越しおった。方々の辻に同じ文をばら撒いて、釣れた所だけ相手にする腹と見える。
効能は大仰、身元は白紙。そのくせ分け前の話だけは、やたらと早い。城の裏門から何度追い返したか知れん、あの類の商人だ。
余は返書をしたためた。
一筆申し渡す。
一、効能に、その証が一つもない。
一、名乗りに、請け人がない。
一、実入りの話ばかりが先に立つ。
よって、その方の品を余の辻に並べることは許さぬ。精進の後に出直すことも、無用である。
書き上げて、読み返す。我ながら、取り付く島がない。裏門で断るときの声が、そのまま筆に出たらしい。送る。
返事は来なかった。
その日の夕方、板が短く鳴った。
報せの札である。開いて、読んで、余は読み直した。
ご利用のチャンネルに投稿されたコンテンツについて、通報を受け付けました。暴力的なコンテンツの疑いがあるため、現在審査を行っています。審査期間中、対象の動画は非公開となります。
やけに慇懃で、そのくせ体温のない文であった。役所の触書というのは、どこの世界でも同じ顔をしておるのだな。
通報。訴えのことか。誰かが余を訴人したのだ。目安箱に訴状を投げ込まれた、ということであろう。
対象の動画とやらを検めれば、散歩の辻の写し——あの犬のひと幕であった。暴力。あれのどこがだ。迷い出た獣から子を庇うのは、暴力ではなく政の内である。
説明の頁を繰り、この訴えの先に何があるのかを追った。読むほどに、こちらの顔から笑いが引いていくのが分かった。
違反と定まれば、看板に傷が付く。傷が重なれば、看板ごと取り潰し。おまけに審査中の疑いというやつは、沙汰待ちの申請——貢物の口を開くほうの沙汰にも障るとある。間が悪いにも程がある。
余の城の門に、訴状が突き立てられた。……そうか。よりによって、この時に。
——ふと、昼の商人が頭をよぎった。文を断ったその日にこれとは、話が出来すぎておる。……いや。証はない。あちらは宛名も埋められぬ手合いだ、断られたことにすら気付いておらんやもしれん。証のない者を裁く癖は、王として付けてこなかった。疑いは疑いのまま、懐に入れておく。
夜。説明の頁の奥に、申し開きの口を見つけた。沙汰に不服があれば、異議を申し立てられるという。
申し開きが利くなら話は早い。書けばよい。書けば——何を?
まことを書くか。あれは本物の地獄の犬であり、余が本物の魔弾で撃った、と。
……通るまい。通らぬどころか、詮議の的が犬から余に移るだけだ。愚策である。
ならば、書くべきことは初めから一つしかない。
あれは作り物である。消えたのも芸のうち。余の辻で起こることは、すべて演出である——と。
筆が、止まった。
観客が勝手に作り物と信じるぶんには良いのだ。信じさせておくのが余の道具立てで、余はそのために一言も偽っておらん。黙って本物を見せ、あちらが勝手に見世物と思う。それだけの話だ。
だがこれは違う。余自身の筆で、余の魔法に「偽物でございます」と書き付けるのだぞ。国許の旧臣どもが知れば卒倒する。かつての余なら、筆ごと文机を焼いておる。
……焼いてどうする。焼けば看板が消える。辻も、あの観客どもも道連れだ。守るべき城が目の前にあるのに、矜持のために城門を開ける王があるか。
それにだ、と余は思い直す。演出とは、仕組んで見せることであろう。あの辻を立てたのも、覗き穴を向けたのも余である。獣を裁いて幕を引いたのも余だ。犬めを呼んだ覚えだけはないが、あれを一幕に変えたのは余の手であろう。ならば余の辻の出来事は残らず余の演出——そう言い張って、どこに偽りがある。
余が演出と言えば、あれは演出になるのだ。……そういうことにしておこう。
書いた。
当該の犬は当方の用意した作り物であり、消えるところまでが芸です。当チャンネルの配信で起こる出来事は、すべて演出です。実在のいかなる犬も傷つけておりません。
最後の一行に偽りはない。実在の犬は一匹も傷ついておらん。地獄の犬が「実在」の枠に入るかどうかは、あちらの帳簿の問題である。
送りの印を押す指が、一拍だけ迷った。押した。
その晩は、寝付きが悪かった。文の出来を悔いてではない。あれ以上の文はない。ないと分かっておるのに、気付けば天井ばかり見ておった。
沙汰は二日後の昼に下りた。
札が一枚。審査の結果、違反は認められませんでした。対象の動画の公開を再開します——とある。
続けてもう一枚。おめでとうございます。収益化の審査を通過しました——疑いが晴れるのを待って、留め置かれていた沙汰が動いたのであろう。貢物の口を開く資格を、余はようやく手にした。
札を二度読み、息をひとつ、長く吐いた。
勝ち鬨は上げぬ。城攻めを凌いだ朝は、いつもこんなふうに静かだった。受け取りには手続きの続きがあるらしいが、今日はもう良い。続きは後日で構わん。
夜、公開に戻った犬の写しを開いてみた。
書き込みの欄に、余の知らぬ二日間がそっくり残っておった。
《あれ、犬の動画消えてない?》
《まじで無い。一覧から消えてる》
《まさか通報されたのか》
《運営に怒られた……?》
《取り潰しだけはやめてくれよ。そろそろ収益化って頃だろうに》
《本人が何も言わんのが逆に怖い》
《戻ってる!!》
《よかった……まじで焦った》
《心配して損したわ(してない)》
《おかえり犬》
《おかえり魔王様》
《今回は戻ったから良かったけど、次があったら黙ってないからな。魔王様を守る会、結成します》
《え、何の会?》
《さっきまで犬の動画消えてた騒ぎの続きだよ》
《入会します。会員番号二番ください》
《三番いただきました》
《四番》
《四番です》
《四番被ってて草》
《じゃあ俺五番でいいわ》
《番号もう埋まり始めてるの早すぎる》
《じゃあ俺は書記やるわ》
《会則は?》
《会則その一、魔王様の辻を守る。以上》
守る会。
余の与り知らぬところで、臣どもが勝手に組を立てておる。守られる側に立った覚えは、ないのだがな。
……解散は、命じずにおいた。




