第4話 魔王、貢物を受け取る資格がない
銭は、どこで堰き止められているのだ。
余は昼から広場を歩き回った。五十万人が観た芸である。城下の興行なら木戸銭だけで櫓が三つは建つ。その銭がどこかで詰まっているはずなのだ。説明の頁を探し当てて端から読んだが、並んでいるのは符丁と、その符丁を別の符丁で言い換えた講釈ばかりで、拾えたのは「観られただけでは銭にならぬ」という一点だけだった。これを書いた役人を呼びつけて直に問い質したい。呼べぬのが、この世界の不便なところである。
夕刻まで粘って、余は詮索をいったん置いた。
看板の下には昨夜からの書き込みが積もり続けている。次はいつ出るのだ、という問いが幾つも見えた。つまり客が門前に並んでおるのだ。銭勘定を言い訳に王が出座を渋る図があるか。ならば出る。銭の詮索は出てから続きをやろう。
夜。余は幻を覗き穴の前に立たせ、二度目の辻に出た。
「よくぞ参った、諸君」
観客の数は三十で始まった。名乗りを終えるころには五十を越え、見るたびに増えていく。良い。来たならば客だ。来た者から順に迎える。数はあとで数えればよい。
《来た》
《切り抜きの人だ》
《初配信から見てた古参です》
《↑昨日の同接1だぞ。お前あの1か?》
《1名乗り多すぎて草》
あの晩、辻に立っていた客はまさしく一人きりだった。それが一夜明けてみれば、初日から観ていたという古参が何十人も名乗りを上げておる。忠義というのは一晩で殖えるらしいな。名乗りたい者は名乗るが良い。詮議はせぬ。
余は語った。今宵の題目は謁見だ。
「玉座の間でまず見るべきは席次である。列を一つ違えただけで、明くる年には戦が起きる。ゆえに余は、扉をくぐる順から退がる足の運びまで、すべて自ら定めた」
《講義の熱がおかしい》
《謁見のしきたりだけで一晩いける勢い》
《履修するわ》
「ついでに言えば、百人やそこらの謁見なら小の間で足りる。余の宮廷ではそうであった」
《百人で小の間て》
《スケールがずっとおかしい》
《設定を一秒も休まないのすき》
休むも何も、みな本当にあったことなのだがな。伝わらぬなら伝わらぬで、語り続けるだけのことよ。
その流れの中で、妙な声が上がり始めた。
《この人にスパチャ投げたいんだけど》
《スパチャボタンどこ?》
《ないぞ》
《まじだ。ボタン自体がない》
《収益化まだなんだろ、新人だし》
すぱちゃ。
初めて聞く音だ。余は問うた。それは何を指す言葉か、と。
《え、スパチャ知らんの?》
《新人すぎて逆に信用できる》
《金投げるやつ》
《投げ銭のこと》
《推しに銭を積む文化だ》
銭を、投げる。……ああ、あれか。辻芸の帽子だ。芸に足を止めた客が楽士の帽子に銅貨を落とす、あの帽子が画面の中にもあるという話は先に飲み込んでいた。だが待て。帽子に落ちる銭は道行きの施し、良くて木戸銭であろう。いま諸君が言っているのはそれとは違う。名乗りを上げ、王を名指して、直々に銭を差し出したいと申しておるのだ。
それは施しとは言わぬ。貢物と言うのだ。
「相分かった。諸君は余に貢ぎたいのだな」
《言い方ァ!》
《まあ……そう》
《貢物て》
「良い心がけである。忠心、確かに受け取った。——だが見ての通り、余の帳場にはまだ貢物の口が開いておらぬ。ならば受け取らぬ。形の整わぬまま受けるは、差し出す側への非礼である。余が受け取れる王になった暁に、改めて正式に受ける。それまで各々、銭は懐で温めておくが良い」
《断られたんだが》
《スパチャを堂々と保留する新人、初めて見た》
《臣下にされてて草》
《でも言ってることは筋通ってるな》
《この律儀さは伸びる。断言する》
沸くところか、そこは。まったく、この街の客は笑いの壺が読めぬ。読めぬが、悪くない客どもである。
そのあとも雑談は続いた。この街の道の話を振られて、余はつい熱が入った。
「この街の道は良いぞ。石畳でもないのに平らで、雨の後もぬかるまぬ。あれはどういう普請だ。余の城下で同じものを敷かせれば、人夫が幾百人あっても足りぬ──」
《道の話で熱くなる配信者初めて見た》
《話それてて草》
《てかずっとこの部屋なの? 外歩き配信も見たい》
《散歩配信いいな》
外、か。頭の隅に留め置いて、余はその夜の辻を閉じた。大儀であった、諸君。
さて、調べ物の続きである。今度は探す言葉が決まっている。
説明の頁はすぐに見つかった。貢物の口を開くには「収益化」なるものを通す必要があり、その条件の筆頭に「チャンネル登録者1,000人」とある。ほかにも条件が幾つか並んでいたが、まずはこの頭数だ。
登録者。看板の隅で数百に膨れていた、あの数字であろう。頁の講釈を拾うに、余の一座に名を連ね、辻が立つたび報せを受ける者どもを指すようだ。思い出すのは神殿の寄進帳である。帳面に名を載せた者だけが祭りの内陣に入る、あれだ。名簿に連なる信徒。余の側から言えば臣籍に等しい。
千人が名を連ねて、はじめて貢物の口が開く、と。……役人の引きそうな線ではある。だが理屈は通っている。人も集められぬ者が貢がせるのは、ただの取り立てだからな。
千人の信徒か。かつて百万の軍勢を従えた余だ。竜を一頭狩るより容易い。
そう見積もってから、余は看板の数字を確かめた。
登録者、数百。今朝からほとんど動いておらぬ。
切り抜きの再生は五十万を越え、なお伸びておるというのに。余は腕を組んだ。五十万が観て、寄進帳に名を書いたのは千に一人もおらぬ。……そういうことか。瓦版を読んで笑った者が、皆その足で城下まで来るわけではないのだ。読んで、笑って、それで満ちる。責めはせぬ。余とて他国の英雄譚を聞くたび移り住んだりはせなんだ。
では、どうするか。
この部屋で口上を並べていても、瓦版の続きを待たれるだけだ。書き込みにあったな、外を歩くところが見たいと。道理だ。玉座に座して民を待つのは、治まった国の王のやること。余の国はまだ人口数百の小国。ならば王のほうから民の間に出る。街を検分し、顔を見せ、声をかける。……思えば昔も、そうやって版図を広げたのだった。玉座に慣れて、危うく忘れるところであった。
良かろう、諸君。次の辻は外に立てる。余がこの街を歩き、王の新しい城下を諸君に見せてやろう。
千人の信徒——余が直々に迎えに出向いてやろうではないか。




