第34話 魔王、町ごと有名になる
商店街の入り口で、人垣に行き合うた。
喧嘩でもなし、安売りでもなし。人垣の真ん中には、揃いの腕章を巻いた一隊がおる。一人は長い棒の先に毛の玉のついた道具を掲げ、一人は肩に大きな覗き穴の筒を担いでおった。触れ役の板の、大きいやつ。あれに写しを流す側の、物見の一隊であろう。町なかで見るのは初めてだ。
その覗き穴が向いておる先に、乾物屋の親父がおった。
「そりゃあもう光りましたよ。空がこう、ぱあっと。うちのかみさんなんか屋根に上って見てました」
「あれは何だったと思われますか」
「例の配信の人の企画でしょう。光の柱のね。うちの町でやってる人がいるんですよ」
余のことである。
棒を持った男が、ふむふむと相づちを打っておる。企画。企画か。あの晩の空の光まで、余の企画ということで話がついておるらしい。話が早うて助かる。
人垣の端には婆どのまでおった。今日は飴の袋を提げておらぬ。提げておらぬどころか、覗き穴に向かって喋っておる。
「獣かい。ああ、うちの角を通ったよ。大きな犬でねえ、行儀のいい歩き方をするんだ。あれもほら、例の企画の作り物だろ」
「作り物、ですか」
「近ごろの作り物はよくできてるからね」
婆どのは満足げである。答える側になって板に乗る日が来ようとは、婆どのも思うておらなんだであろう。
余は人垣には加わらず、隣の八百屋で青菜と芋だけ購うた。覗き穴がこちらを向く前に離れる。青菜を買いに来ただけである。わざわざ写しに入る用もない。
勘定を済ませて振り返ると、親父はまだ喋っておった。楽しそうで何よりである。
帰り道、見回りを終えたガルドバーンと一緒になった。歩きながら話す。
「陛下。商店街に見慣れぬ一隊が入っておりました。得物は持たぬようであります。されど、妙な筒を人へ向けており……あれは、放置してよいものでありましょうか」
「討たずともよい。あれは触れ役の一隊だ。板の大きいやつに流す写しを、撮りに来ておる」
「触れ役が、わざわざ町まで」
「空の光と獣の件が、国中の触れ書きに乗ったのであろう。国中へ流す話の種を、拾いに来たのだ。こちらから近寄らねばよい」
「はっ。……して、町の衆は何と」
「余の催し物だと答えておった」
「…………それは」
「半分は当たりだ。捨て置け」
ガルドバーンはしばし黙って歩き、それから、そういうものでありますか、と収めた。納得したかは怪しいが、それ以上は訊いてこなんだ。
別れ際に、今日の夕餉のあとで恩賞を渡す、と告げた。ガルドバーンの足が半歩乱れたのを、余は見なんだことにした。
夕である。
膳が済んだところで、余は封筒を二つ、卓に置いた。
「先だって申した恩賞である。長らく只働きをさせた。取っておけ」
式にはせぬ。読み上げも一番槍もなしだ。膳のあとの卓で渡すくらいでちょうどよい。封筒を二つ配るのに、式の作法から整える気は、余にもなかった。
ヴェザリウスが封筒を検め、眉を寄せた。
「陛下。ひとつ、困りごとを申し上げてよろしいか」
「申せ」
「銭の出入りを検めるのは私の役目にございます。細かな話ではございますが——いえ、私が気にしすぎなのやもしれませぬ。その私が受け取る側に回りますと、私への支払いを、私自身が帳面に付けることになりまする。検める者と検められる者が同じというのは、帳簿の作法として、よろしくないかと」
「では余が検めよう。付けておけ、余が読む」
「……恐れ入りまする。長年勤めてまいりましたが、私が私に払うのは、これが初めてにて」
困りながらも、封筒は袂に収めた。収めるのは早い。そういう男である。
一方のガルドバーンは、封筒を両手で捧げ持ったまま、動かなんだ。
「どうした。受け取れ」
「受け取ってございます。……陛下。恐れながら、これは、何を購えばよいのでありますか」
「好きに遣え。遣い道まで王が指図しては、恩賞にならぬ」
「好きに……」
ガルドバーンは封筒を捧げたまま天井を見、床を見、それから真顔で申した。
「米、でありましょうか」
「米は家の銭で買うておる」
「では……米を、多めに」
「そなたの好きは米しかないのか」
「軍にあった頃は、役目を頂き、飯を頂くのが恩賞と心得ておりました。それより上と申されますと、俄には」
ヴェザリウスが湯呑みを置き、横から言うた。
「ガルドバーン殿。砥石を買われてはいかがか。台所の包丁がだいぶ鈍ってきたと、先日こぼしておられたかと」
「おお。……おお、砥石。砥石は良い。陛下、某、砥石を購いまする」
「うむ。砥石なら毎日使うであろう」
砥石ひとつであれほど喜ばれては、渡した余のほうが少々困る。次も砥石、というわけにはいくまい。
夜の辻は短く開けた。目安箱を二つ三つ拾い、雑談で流す。
《商店街にテレビ来てたぞ》
《うちの町、映るらしい》
《ここの配信のことじゃないの》
読まなんだ。飛ばして、次の目安箱を開く。ところが欄の流れが、いつもより妙に速い。雑談をふたつ拾うたところで、その夜は早めに閉じた。
明くる日の夕である。
台所で湯を沸かしておると、卓の上の板が、ひよりの名を呼ばわりながら鳴った。つなぎの声である。出るなり、ひよりがいつもより早口で喋り始めた。
「魔王さん、昼の、見ました? あ、見てないですよね、はい。テレビです。この町の特集、やったんです。『怪異と光の町』って、でっかい字が出て。まとめの人たちの間では前から騒ぎでしたけど、とうとうスタジオの人たちが、ああでもないこうでもないって」
「触れ役の一隊なら、昨日、商店街で見た」
「それです。その撮ったのが流れたんです。商店街のおじさんが『配信の人の企画』って言ってるとこ、ばっちり流れました。あと目撃の場所を集めた地図みたいな図がちらっと出て——で、ここからが本題なんですけど」
声が一段早くなった。
「まとめ……前に言った、瓦版みたいな記事のやつ。あれ、今までは何か大きいことがあった時だけだったんです。それが放送のあと、止まらないんです。朝に出て、昼にも出て、さっきも……いや、もう数えるのやめました。何も増えてないのに、同じ写しの切り口だけ変えて、また出るんです」
「瓦版の書き手どもは、寝ておらんのか」
「寝てないと思います。それで、その、心の準備をしてほしくて。次の辻——たぶん、今までと違う顔ぶれが、どっと来ます」




