第33話 魔王、探される側になる
祝いの明くる朝である。
六畳に卓を出し、軍議を開いた。余がおり、ヴェザリウスがおり、ガルドバーンがおる。板を立ててつなげば、ひよりの声も加わる。将が二人と板が一枚。城の軍議には百の将が列したものだが、中身で言えば、こちらが劣るとも思えぬ。
「始める前に、役どころを決めておく。ヴェザリウス、内向きの政と帳面はそなたが持て」
「承りました」
「ガルドバーンは武と、町の見回り」
「某の得手にござる」
「ひよりは、企画と……何と言うたか、あれだ」
「通訳です」と板の向こうで声がした。「現世のことば係ですね。企画のほうも……はい、やります」
「うむ。では、どちらも頼む」
紙も判もないが、皆が返事をした。ならば決まりである。城ではこの程度の取り決めにも半日かけたものだ。こちらは早くてよい。
ヴェザリウスが帳面を開いた。
「では帳面から一件。昨夜の祝いを受けまして、寄進帳の信徒が、十万を大きく越えましてございます」
「うむ。……十万か」
「お受けが軽うございますな」
「数を見張るのはそなたの役目になったばかりであろう。余の役目は、その民に何を見せるかを考えることだ」
「御意。――もう一件、私事を。私の参着が遅れました訳を、まだ申し上げておりませなんだ」
「道にでも迷うたか」
「いいえ。陛下を捜しておりました。この国のどこにおわすか、手掛かりはひとつもございませなんだゆえ」
「……で、どうやって見つけた」
「写しにございます。誰でも見られる写しと、寄進帳の数字。それだけで足りました」
ヴェザリウスは、帳面に目を落としたまま淡々と続けた。
「写しの隅に、たびたび同じ物が入っておりました。それから、始められる刻限の癖と、灯りの色。どれも一つでは足りませぬが、重ねれば町までは絞れまする。絞れたあとは、足で回りました。遅参は、その日数にございます」
「大儀であった」
「恐れながら、申し上げたいのは労のことではございませぬ。同じことは、私でなくともできまする。――隠形は、理の上では、すでに破れております」
「余の居所まで辿れる、ということか」
「日数をかければ」
脅しの類ではない。この男は、脅すときはもっと回りくどい。どうやら、これは物見の報告らしい。なら、見つかった道を塞ぐ話であろう。
「攻め手が通った道は、塞ぐ。――景色なら検めておるぞ。映るものは布で断った」
「その備えは正しゅうございました。私も、部屋の内からは何も取れませなんだ。ゆえに、外から取りました。部屋の外にあるもの――刻限と、癖にございます」
「ならば刻限を散らす。始める時を日ごとに変えればよいな」
「はい。あとは、写しに入れる物を決めた物だけにすること。増やした道具は、一度検めてから板の前に置くこと。差し当たり、その二つで、辿れる道は細うなりまする」
「ガルドバーン。見回りは人目の多い刻限を外せ。同じ道を続けて通るな」
「造作もなし。斥候の足は、敵地でこそ静かに運ぶものにござれば」
軍議は三つ数えるほどで済んだ。余の備えも外れてはおらなんだ。ただ、あの男は布の外まで見ておった。そこは、今から足せばよい。
夕になって、板の隅に報せの札がひとつ立った。ひよりからである。
《ひよりん:ニュース見ましたか? 国が、変な目撃談の相談を受け付ける所を作るそうです。夕方のニュースでやってました》
ヴェザリウスが板を開き、読み上げた。
「――各地で相次ぐ特異な目撃事案について、専門の相談窓口を設け、情報の収集と確認に当たる。と、ございます」
「ほう」
余は素直に感心した。
「結構なことではないか。獣だの光だのを見ても、民はどこへ駆け込めばよいか分からなんだのだ。役所が聞いてくれるなら、民も安んじて訴えられる。つまりは目安箱であろう。この国の役人は、仕事が早いな」
ヴェザリウスが、帳面を閉じた。それから何かを言いかけ、言う前に、胃のあたりを片手で押さえた。
「いかがした」
「……いえ。胃が少し。齢にございましょう」
「無理はするな。政はそなたの持ち場ぞ」
「恐れ入りまする。――陛下。ひとつだけ、申し上げておきまする。その目安箱は、獣を調べる役所にございます。陛下を疑う者は、まだどこにもおりませぬ」
「であろうな」
「ですが、獣の目撃を集めれば、いずれ、狩られた跡も見つかりましょう。そこから、狩った者へ辿れまする」
「狩っておるのは余だが」
「はい。――つまり、陛下をお調べする仕事に、この国が銭を出すようになった、ということでございます」
「……国の銭でか」
「国の銭でございます」
「豪気なことだ。余を捜すなら写しを見るのが早いと、そなたが今朝ほど言うたばかりであろうに」




