第26話 魔王、十万の祝いで手加減を誤る
「次の者、名乗りを許す」
欄が、どっと流れた。
《辻の初日からおります! 古参です!》
《↑口調がうつってて草》
《将軍の回から来た新入りです。以後お見知りおきを》
《夜勤明けに毎晩寄ってます。いつもありがとう》
《ひよりん:はーい、名乗った方から一列にどうぞ。欄の中で押さないでくださいね》
閲兵の式である。……といっても、名乗りを上げた臣民を余が順にあらため、ひとこと労うてやるだけのものだ。祝いに何をするかと諮ったところ、ひよりが出してきた趣向がこれであった。本人の見立てでは、静かな式で済むはずであった。済んでおらぬ。欄が、先ほどからやたらと沸いておる。
「初日からの者がまだおったか。よくぞ飽きなんだ。大儀である」
《労われてしまった》
《一生ついていきます》
《おれも並ぶ》
《並ぶのに作法ある?》
《ない》
妙な名ばかりであるが、その向こうでは、皆それぞれに暮らしておるらしい。夜通し働いてから寄る者。子を寝かしつけてから来る者。海の向こうの、こちらとは夜の巡りが違う土地から来る者。余が名を呼ぶたび、また欄が沸く。これほど喜ぶのなら、もう少し呼んでやってもよい。
隣にはガルドバーンが、背筋を伸ばして座っておる。
《大男さんだ!》
《将軍って呼ばれ始めてるの草》
《将軍もひとことどうぞ》
「……皆の衆、祝着至極にございます」
《かたい》
《かたさが逆にいい》
《武人の祝辞って感じ》
「陛下、これだけの臣の点呼、国許でやれば三日がかりでありますぞ」
「うむ。ここなら一晩で済むぞ。なかなか便利な国であろう」
《国て》
《いつもの》
名乗りの列が尽きるころには、夜もだいぶ更けておった。さて、締めである。
《ひよりん:それでは最後に、魔王さまからお祝いの一手があるそうです! わたしも中身は聞いてません》
《聞いてないんかい》
《一手ってなに》
国許では、祝いの晩に空へ光を打ち上げる。戦勝の晩にも、豊穣の秋にもだ。派手ではあるが、腹も膨れぬし、敵も倒せぬ。それでも祝いの晩には、なぜかああいう術がいちばん喜ばれた。
余は窓を開け、夜空へ手をかざした。ひと房。庭先で上げる祝い花より、ほんの少し大きなものを窓の外に咲かせ、欄が「おお」と言えばそれで足りる。そのつもりであった。
指先から光が抜けた。
抜けた、と思ったときには、空の色が変わっておった。
一房どころではない。夜空の半ばに、緑とも金ともつかぬ光の帯が横ざまに広がって、町の屋根の連なりの向こうまで届いておる。帯はゆるやかに波打っておった。音は無い。熱も無い。ただ、広い。
……多いな。
弓なら、的ばかりか、後ろの土塀まで抜いたようなものか。狙いは合うておる。少々、力が余っただけだ。……少々で済む空ではないが。どうも、この体の力に、勘が追いついておらぬらしい。次から合わせればよい。よいのだが――まだ消えぬな、あれは。
欄は一拍おいて、噴き上がった。
《!?》
《ちょっと待って、うちの窓の外も光ってるんだが》
《ドローンショーだこれ》
《いや規模がおかしい》
《プロジェクションでしょ。窓に映すやつ》
《近所の空が光ってるって書き込み、他でも見たぞ》
《花火大会とシンクロする企画?》
《どうやったのかだけ教えてくれ》
どうやったも何も、打っただけである。光の帯はしばらく波打ってから薄れ、夜空はもとの闇に戻った。余は咳払いをひとつして告げた。
「案ずるな。余の辻に出るものは、残らず出し物である」
《知ってた》
《公式がそう言うなら演出》
《演出(空半分)》
《予算いくらだよ》
おのれの家の窓の外が光ったと書き込んだ者が、そのまま仕掛けの銭勘定を始めておる。……まあ、そちらで済ませてくれるのなら、余も助かるが。
「陛下」と、隣の男が小声で申した。「いまのは少々、盛大に過ぎたのでは」
「……少しな。手元が狂うたらしい」
「左様でありましたか。某はてっきり、祝いゆえ奮発なされたのかと」
そういうことにしておけばよかったな、と思ったが、もう遅い。
「では――うむ、今宵はこれまでとする。皆、息災でな」
欄が御礼で埋まるのを見届けて、辻を閉じた。
茶を淹れておると、板が短く震えた。ひよりの文である。
「おつかれさまでした! 最後のあれ、すごかったですね……切り抜き、もう回りはじめてます。回り方、いままでで一番速いです」
「それとご報告なんですけど、まとめ記事っていう、界隈の外のサイトにも載りはじめてます。ニュース系のところにも一件。こういうのは初めてなので、いちおう」
まとめ記事。瓦版の大きいやつ、という理解でよかろう。辻の評判が、辻の外の瓦版に刷られはじめた、ということである。
文は、もう一通あった。
「あとこれ、うちの欄とは関係ないところの書き込みなんですけど、増えてるので貼っておきますね」
添えられた写しには、余の辻の名も、余の名も無かった。
《今夜の空見た? 緑っぽいの》
《見た。花火……ではないよね、あれ》
《誰か何のイベントか知らない?》
辻を知らぬ者らが、空の話をしておる。




