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引退した魔王、現代日本でVTuberになる。〜本物の魔法を"演出"と勘違いされて、無自覚にバズって世界を救う件〜  作者: わわわ


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第16話 魔王、街に落ちてきた旧臣に気づく

 板を開くなり、ひよりの文が飛び込んできた。

「ヴァルさん! いまバイト先出たら駅前に人だかりできてて、なんかすごい撮影やってます! ヴァルさんの系統のやつ!」

 この地へ落ちて二十二日目、祭りも礼の文の往来もひと区切りついて、静かな一日になるはずの朝であった。

 撮影とやら。ひとの騒ぎか。そう思うたところへ、欄の写しが目に入る。《駅前のあれ、ヴァル様の仕込み?》と、見知らぬ者が短い写しを貼っておった。余は仕込みなどせぬ。何を貼られたのか確かめるだけのつもりで、写しを開いた。

 人混みの中に、頭一つ抜けた大男が立っておる。装いは芝居がかった軍装。誰かを探して怒鳴り散らし、周りは逃げる者と板を掲げる者が半々である。それだけなら、余の知らぬ見世物で済んだ。

 映りの切れ目、大男の頭のあたりで、何かが透けた。

 角である。

 欄では《被り物ズレてない?》《どうせ加工でしょ》と笑うて流しておる。余は笑えなんだ。あの透け方は被り物のズレではない。幻の織りのほころびである。角と姿を人の形に覆う術——国許の、しかも余の軍で使わせておった型の術だ。織りの癖にまで、覚えがある。

 目は映りの角を見ておるのに、耳の奥で別の音が勝手に並んだ。あの夜、写しの奥で聞いた遠い吼え声。祭りの晩のかすかな声。まさか、と考える頭より先に、足が戸へ向かっておった。上着を掴んだのは戸を開けた後である。理屈は歩きながら追いついてきた。あの術を使う何者かが、民の只中で暴れておる。追いついた理屈は、それで足りた。


 駅前の広場は人で膨れておった。

 逃げる者と寄る者が同じ場所でぶつかり合うておる。離れる者は本気の顔で走り、立ち止まる者は笑いながら板を掲げておる。「映画の撮影?」「例の配信者の企画らしいよ」「新作の宣伝じゃない? 鎧すごいし」「ドッキリだって。どっかにカメラあるでしょ」「最近こういうの多いよね」——好き勝手な声が耳を流れる。誰一人、本物とは言わぬ。恐れるより先に板を掲げる。この国の民は、つくづく肝が太いのか、ただ無防備なのか、分からぬ。

 人垣へ近づくほどに、はっきりした。

 魔力の残り香である。嗅ぎ間違えようのない、余の配下の将の匂い。余の軍の者だ。そこまでは、もう疑いようがない。

 人垣の隙間から騒ぎの主が見えた。国許の鎧のままの大男が通行人の前に立ちふさがり、割れ鐘の声で誰何しておる。

「答えよ! この街で、探しておる御方がある! 見かけた者はおらぬのか!」

 問われた男は腰を抜かして首を振るばかり。大男は低く唸って次へ向かい、苛立ちまぎれに道端の灯の柱を掴んだ。柱が音を立てて曲がる。悲鳴と歓声が同時に上がり、人波がどっと押し合うた。

 あれが危ない。大男は民を害する動きをしておらぬ。だが押し合う人波は、それだけで人を潰す。剣ではなく、崩れた列の中で味方の足に潰されて死んだ兵を、余は幾度も見てきた。いまの人波は、あの列と同じ揺れ方をしておる。

 板が震えた。ひよりである。

「いま現場着きました! 本物みたいな迫力です! あの鎧、作り物に見えない!」

 そこを離れよ、と短く返す。

「大丈夫ですって、ただの撮影ですよ! むしろ近くでレポします! こういうの企画のヒントになるんで! あ、いま押されてちょっと前出ちゃいました。結果オーライです!」

 ……この娘は。撮影と信じきった者に、離れよの一言は届かぬらしい。雑踏のどこに居るのかも、余には分からぬ。互いに顔を知らぬのだから当然である。ならば、声を重ねるより騒ぎの根を断つほうが早い。

 では、どう断つ。

 余は正直に量った。あれが余の思う者ならば、全盛の力は余の将の中でも並ぶ者がなかった。対して今の余は、力の大半を封じたままの身である。刃で止める。魔弾で伏せる。——届かぬ。力比べは、最初から捨てる他ない。

 悔しいかと問われれば、悔しい。だが王の得物は腕だけではない。刃が届かぬなら、何が届く。あれがまことに余の軍の者なら、腕より先に通るものがあるはずだ。主の格か、軍の理か、長く染みた主従の筋か。どれと呼び分けるかは知らぬ。ならば、その筋で行く他あるまい。


 大男が天を仰いで吼えた。

 生の声である。腹に響く、割れた鐘の音。——重なった。写しの奥で聞いた、あの吼え声と同じ割れ方をしておる。

 高ぶりのままに、大男の幻が大きくほころんだ。頭の上に、黒い角が二本、はっきりと透けた。

 あの夜、喉まで上がって呑んだ名がある。もう呑まぬ。

 ガルドバーン。獄炎将ガルドバーン。余の軍で最も猛き将である。

 なぜここにおる。どうやって渡った。問いは山と湧くが、いま解ける問いは一つもない。分かることは一つだけだ。討つ、という言葉が一度だけ頭をかすめた。長い戦場の癖である。だが違う。あれは討つ相手ではない。余の臣である。

 大男が、ふいに動きを止めた。風の匂いを確かめる獣のように、ゆっくりと鼻先を巡らせる。……辿ってきたか。余の気配を。その鼻先が、こちらの側で止まった。

 大男が歩き出す。太い腕で群衆を割りながら、まっすぐこちらへ。進む先は人波のいちばん厚いところだ。ひよりも、あの中のどこかに居る。

 余は人の流れと逆へ出た。

 あれの道を塞ぎはせぬ。道の脇、人が引いて空いた隙間へ、自分の足で歩み出る。人波より先に、余をこそ見つけさせればよい。

 獣の目が、人垣を一人ずつ舐めるように動きながら、近づいてくる。


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