第15話 魔王、諸侯の集いに呼ばれる
読めぬ字は一つもないのに、意味の取れぬ二語がある。「ごうどうはいしん」と「いべんと」。二度なぞっても呑み下せぬ。文そのものは昼に届いた。差出は例の帳場である。名乗りが先、用件が後、持ち上げる言葉が一つもない。良い文だ。曰く——三日後の夜、大手の主が催す合同配信という祭りがある。急な話で恐縮だが、追加の一枠で出てもらえぬか。所属の件は保留のまま、今回も一件かぎりの引き受けで構わぬ、と。
検分はいつもの順でやる。名乗り、良し。条件、明かしてある。銭は後日とあるが、隠してはおらぬ。引っ掛かりは、ない。残るは件の二語だけである。ひよりへつなぎの声を入れ、文を読み上げた。
「合同配信っていうのは、配信者が何人も集まって一緒にやる企画で……えっ。え、待って。その主催さんって」
声が止まった。続きを促すと、今度はやけに平らな声が返ってきた。
「登録者、百万います。その祭り、界隈で年に一度の一番大きいやつです。出る人みんな有名で、わたし毎年、見る側で正座してたやつです。そこに、ヴァルさんが、出る」
動転すると早口になる娘だと思うておったが、度が過ぎると逆に静かになるらしい。この娘、己の辻のことより他所の城の図面に明るい。長く見る側の陣で過ごした者の目であろう。聞きかじりですけど、と断ってから、注釈の早口が始まった。年に一度の祭りであること。出る顔ぶれは皆、旗の大きい者ばかりであること。急な追加の枠は間々あるものらしい、ということ。余が拾えたのはそこまでで、残りは言葉が速すぎた。
聞くほどに思う。これは会盟ではない。会盟は旗と旗、対等の盟である。こちらは大国の主が諸侯を一堂に集める宴、観兵式の類——つまり諸侯の集いだ。末席であろうと、列に着けと言われておる。悪い話ではない。国の格は、呼ばれた席で決まることもある。
ただし条件を一つ返した。客将ひよりを同道する。二枠で出る。旗を並べた者を残して、一人で宴の席に着く王があるものか。
「へあっ!? わ、わたし!? いや無理です、わたしなんかが」
声が裏返った。なんか、の詮議はせぬ、と切って捨てた。帳場が間に立ち、前日までに二枠で通った。返しの文は「承知しました」の型のまま。あの男は文でも同じ顔をしておる。
「あの、コラボの企画書、三つまで絞ってますから! あとパフェも忘れてませんからね!」
「うむ。どちらも祭りの後だ」
二十一日目の夜。余は余の部屋から、他所の辻へ旗だけを持って出た。ひよりも自宅からである。宴というても膝は並べぬのだから、妙な宴だ。
主の辻は広かった。開口一番、主催の声が場を回す。
「はい次! 今年の目玉、直前に無理言って来てもらいました。今バズり散らかしてる——」
「招きに応じ、参上した。ヴァルである。今宵の辻は主のもの。客の作法にて座らせてもらう」
《誰この新人》
《声よ。本物の役者じゃん》
《初見です、何の人?》
《うちの魔王が失礼します》
《古参だけど正座した》
欄には見知らぬ旗印が溢れておる。主の民と余の民が、同じ広場に混ざっておるのだ。
「二人ってどういう関係? 事務所一緒とか?」
「客将である」
「だから客将って言わないでくださいって……! コラボ相手です! 友達、で、いいはずです!」
「うむ。旗を並べた仲だ。この者は物知りでな、余は幾度も助けられておる」
《客将で草》
《ひよりん胃が痛そう》
《この二人の並び、癖になる》
余は魔法を使わぬ。余興もせぬ。席次と、話の振られる順と、笑いの置き場を見ておればよい。宮廷の宴と、やることは変わらぬ。振られれば受け、受けたら相手を半歩立てて返す。それでよく回った。
《この新人、間の取り方が新人じゃない》
《主催めっちゃ楽しそうなんだが》
「いやー、ヴァルさん話振りやすいわ」
主催の捌きは見事であった。誰を先に立て、誰の話をどこで拾い、どこへ笑いを置くか。国許なら差配役を三人使う仕事を一人で回しておる。百万の頭を束ねる主は、伊達ではない。
途中、欄に赤い貢物が流れた。またこの色か。受け取れぬ銭であることは今も変わらぬ。約はまだ生きておるぞ、とだけ短く返し、話を先へ進めた。誰かが怪異の話を振り——近ごろ夜空に妙な影を見たという目撃談が増えておるらしい——《怪奇スレ伸びてて草》と欄が沸き、演出だ企画だと笑うて流れていった。余は乗らぬ。
その少し後である。夜気の奥、街の音のさらに向こうで、何かがかすかに吼えた。
……聞き覚えのある気配であった。
口が一拍止まったが、ちょうど場が笑うておる最中で、誰も気づかなんだ。余は話の続きへ戻った。
祭りが更けるにつれ、妙なことに気づく。常の覆い——翻訳の呪いと、角と瞳を隠す術——が、かつてなく軽いのだ。注ぎ続けておるのに、底の鳴る気配がない。若い時分、幾日駆けても息の切れなんだ季節があった。あれに似た軽さが、術の根にある。祭りの熱のせいか。理屈は分からぬが、感触は確かである。
《てかヴァルさん、登録十万に手が届きそうなんだが》
《初見だったのに最後までおった》
《三十分前の俺「誰この新人」 今の俺「様をつけろ」》
十万、と欄が言い、ひよりが声にならぬ声を上げておる。余は騒がず、その頭数を国許の物差しに置いてみた。十万といえば、国を挙げた出兵の総勢である。街道が三日、人で埋まる数だ。城下の大市とて数千がせいぜい。その総勢が、余の旗を覚えたという。……そうか。そういう数で、あったか。埋まった街道の景色が浮かんだきり、考えはそこから先へ、まだ追いつかぬ。
大団円である。主催が締めの口上に立った。
「今日はほんとありがとう。最後に一個だけ、真面目な話するわ。今日の新人——ヴァルさんのこと。見てた奴も、出てた俺らも、全員分かったろ。あの人は新人って棚に置いていい配信者じゃない。もう別格だよ、格が違う。断言するよ。今夜この祭りの一番の拾いものは、あの人だ」
欄が弾けた。読めぬ速さで文字が走り、出演者の声が重なり、主催の笑い声だけが真ん中で鳴っておる。
余は口を開き——何も言えぬまま、閉じた。




