第12話 魔王、小国の女王と旗を並べる
湯が沸くより先に、文は来た。卓の上の板がひとりでに明かりを点し、文の頭を掲げておる。開けば日取りの候補が三つ。明日の夜、明後日の夜、その次の昼。迷う理由がない。盟は早いに越したことはないのだ。明日の夜、と返した。
折り返して、長い文が届いた。刻限、つなぎ方、当日の手順。番号を振って十幾つも並び、終いに「時間になったらこのボタンを押すだけで大丈夫です、あとは全部こっちでやります」とある。企画は雑談と、互いへの質問だそうだ。
段取りを客に任せる王があるか、と思わぬでもなかった。だが会盟の席は、整える者と座る者に分かれるものだ。あちらが整えると言うのなら、余の役は座ること。座ることにかけては、余は誰よりも場数を踏んでおる。文の通りに板と箱を触ってみたが、どの印を押せば道が通るのか、絵は分かっても理屈が分からぬ。構わぬ。当日も言われた通りに押すだけのことだ。湯を飲んで、寝た。
十二日目の夜。書かれた刻限に、書かれた印を押す。
「聞こえてますか? ヴァルさん、聞こえてたら何か言ってください」
姿より先に、声が部屋に立った。術か。見えぬ道が通じたのか。それとも箱が娘の声色を使うておるのか。……分からぬ。だが、通じておるならそれでよい。
「聞こえておる」
「よかった! じゃあ、いきますね。せーの」
辻が開いた。余の姿の隣に、白いひよこが並んでおる。
「はいこんばんは〜! ひよりんです! 本日ヴァルさんとコラボさせていただきます! いや、ほんとなんですよ、これ。夢じゃないんですよ」
口上を取られた。余の辻であるのに。まあよい。進行は客将の役目と決めたのは余である。
《待ってた》
《隣のひよこ、誰?》
《初日から見てる古参だけど、魔王の初コラボは感慨深い》
《十日で古参を名乗るな》
「余の隣におるのが、客将のひよりだ。見知りおくがよい」
「客将! その呼び方いいですね、今日わたし客将でいきます。じゃあ企画です、お互いに質問し合うやつ。まずわたしから。ヴァルさん、配信歴ってどれくらいですか」
「辻を立てて、十日と少しになる」
「じゅ……十日!? 十日でこの同接!? ……取り乱しました、進行します。次、視聴者さんからの質問です」
「目安箱か」
「目安箱です! そうそれ、今日から質問コーナーは目安箱です。えー『ヴァルさんの好きな食べ物は?』」
「白い飯に、生の卵をかけたものだ。かの地では、生で食える卵など王の膳にもめったに上がらなんだ」
「卵かけご飯の説明で王の膳が出てくるの、格差がすごい」
《TKGに格式で返すな》
《通訳がいて初めて成立する雑談》
「では余の番だ。そなたに問う。客の来ぬ辻に二年立ち続けたのは、何のためだ」
「うわ、直球。……えっと、やめる理由が見つからなかったから、ですかね。配信って、一人でも来てくれたら成立するんですよ。その一人が毎回来てくれたら、もう立つしかないじゃないですか」
《その一人です》
《二年組、ここにいます》
《ひよりんが大物とコラボしてる……感慨で手が震える》
「良い答えだ。八百という頭数が多いのか少ないのか、余には正直まだ量りかねておる。だが二年、旗を降ろさなんだ。それをやれる者は、余の軍にも多くはなかった」
「……いま褒められてますよね? ありがとうございます。なんか、位を授かった気分です」
「じゃあ次、わたしがいちばん聞きたかったやつ。川辺の配信の演出、あれどうやってるんですか。個人であの規模、機材の予算が合わないんですけど」
「見せたほうが早い」
余は手をかざし、下級の幻をひとつ、卓の上に置いた。小さな城が立つ。櫓が三つ、堀がひとまわり、屋根に雪が降り積もっていく。故郷の冬を、手のひらほどに縮めたものだ。
「余の城である。冬は堀が凍って、見回りの兵がよく転んだ」
欄が、いっとき止まった。
《まって》
《雪、いま降ってない?》
《光源が部屋の照明と揃ってる。合成じゃこうはならん》
《個人の機材でこれは無理。無理です》
《急に生活感のある思い出を添えるな》
ひよこも黙っておる。進行の声が絶えて、息の音だけが通ってきた。
「ひより?」
「あ、はい、います。すみません、素で見入ってました。……ヴァルさん、わたし機材のこと二年調べてきた人間なんですけど、いま自分の知識が全部無駄だって分かりました。それ、どこの技術ですか。あ、いいです、聞いても分かんないやつだ。格が違うことだけ分かりました」
《通訳が白旗を上げた》
《ひよりんの二年が泣いてる》
褒められておるのだろう、たぶん。幻で言えば余のほうが年季は——いや、これは大人げないか。黙っておく。途中、貢物が幾つか投げ込まれたが、志は帳に積んでおくとだけ受けて流した。
《ひよりんの看板見てきた。ほんとに二年やってる》
《登録してきたわ》
欄のそこかしこで、そういう声が上がる。余の辻から隣の旗を見に走った者が、どうも戻ってこぬ。隣の旗の下で声が増えておるらしい、というところまでは分かった。
「そろそろお時間です! ヴァルさん、締めお願いします」
「今宵の辻は仕舞いだ。客将ひよりの旗を、諸君も覚えておけ。——ではな」
辻を閉じたあとも、つなぎの声は生きたままにしてあった。しばらく礼だの反省だのを言い合ううち、ふいに向こうの声が変わった。
「……ヴァルさん、わたしのチャンネル、いま見てもらっていいですか。登録者のところ」
言われた通り、娘の看板へ跳ぶ。寄進帳の頭数、一〇四七。
「千、超えたんです。二年で八百だったのが、今夜だけで二百以上。いまも増えてて、え、こわ、嬉しいけどこわい。収益化の条件って幾つかあって、まだ全部じゃないんですけど、いちばん遠かったのが登録千人で。ずっと、あと二百がどうしても埋まらなくて。それが……すみません、声変ですよね。泣いてないです。泣いてますけど」
笑いと鼻すすりが、代わる代わる聞こえる。
余は自分の寄進帳を開かなんだ。あとで見れば動いておるのだろうが、それは明日でよい。今夜数えるのは、こちらの数ではない。
妙なものだ。自分の旗が伸びるのは、この十二日で何度も見た。それが今は、隣の旗の数字ばかり数えておる。一〇四七。いや、もう少し増えたか。会盟とは兵を借り合う算段だと思うておったが——うまく言えぬ。ただ、今夜の席は、据わりがよい。そうか。これも、勝ちに数えてよいのか。
「ヴァルさん、わたし、決めました」
鼻声のまま、娘が言う。
「次はわたしのチャンネルに来てください。今度はわたしが迎える番です。企画、十個って言いましたけど二十個持ってきます。千人になったんだから、千人分おもしろくしないと。約束です。だから絶対、また並んでくださいね」
「良かろう。次の席は、そなたの城だ」




