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引退した魔王、現代日本でVTuberになる。〜本物の魔法を"演出"と勘違いされて、無自覚にバズって世界を救う件〜  作者: わわわ


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第11話 魔王、会盟の使者を迎える

 巻き戻すのは、これで三度目である。

 昨日の辻の写し。川向こうの橋の陰、獣が崩れた騒ぎのさなかに、大きいものの影がよぎる。板に顔を寄せ、指で写しを止めても、映りの粗さは変わらぬ。音も同じだ。風と歓声の底に埋もれた低い咆哮は、何度聞き直しても割れたままで、輪郭を結ばぬ。

 戦場にもこの手の報せはあった。物見が「大きい何かを見た」とだけ言い、それきり確かめようのない類だ。将のやることは決まっておる。確かめられぬものを、確かめられたことにせぬ。帳面に書き留めて、措く。

 余は板を伏せた。いま判ぜられぬものは、後で考える。それで終いである。


 昼を過ぎたころ、板が短く震えた。報せの札である。文が一通。

 先日の「じむしょ」の続きかと思うた。あちらへは、まだ返事をしておらぬ。支度の途中ゆえ急かされても困るぞと開けば、別口であった。差出人の名に、見覚えがない。


【はじめまして。ミライブで配信をしている「ひよりん」と申します。突然のDM失礼します。昨日の川辺の配信、リアルタイムで拝見していました。すごかったです。あの、もしご迷惑でなければ、一度コラボ配信をしていただけないでしょうか。企画はこちらで考えます。日程もそちらに合わせます。お返事いただけたら嬉しいです】


 こらぼ。知らぬ音だ。

 だが文の中身は分かる。共に辻を立てたい、という願い出である。一つの辻に二つの看板を並べ、客を分かち合う。余の国の言葉に直せば、二つの旗が並んで一陣を張る話だ。つまりこれは、会盟の申し入れである。

 国許で会盟と言えば、互いの兵数を疑い、毒見を三重に立て、席次で半日揉めるのが常であった。それを文一枚、しかも「日程も合わせます」の一言で申し込んでくるのだから、この国の外交は気が早い。


 先に、文そのものを検める。名乗りが頭にある。宛の名は違えておらぬ。銭の話は、最後まで一度も出てこぬ。先だっての怪しい商人の文は、この三つがことごとく逆であった。落第の匂いはせぬ。

 次は相手の国だ。会盟の使者が来たならば、王はまず相手の城を見る。名を辿り、ひよりんの看板へ跳んだ。

 白いひよこの面をかぶった娘の絵が出た。ひよこ。……ひよこか。武威で選んだ面ではあるまいな。寄進帳の信徒は八百ほど。写しの並びを遡れば、二年前まで途切れず続いておる。二年で、八百。

 写しをひとつ覗いた。客は数えるほどしかおらぬのに、娘は律儀に喋っておる。よく回る口だ。器具の話、決まりごとの話、訊かれてもおらぬことまで喋り——誰も訊いておらぬぞ、それは——一人で笑い、折り目正しく締めて、明くる日もまた立っておる。もうひとつ覗いたが、同じであった。

 誠実の検分は早々に済んだ。落第せぬ。客の来ぬ辻に二年立ち続けるのは、誠実というより意地の類だが、余は意地を嫌わぬ。

 問題は、そこではないのだ。

 会盟とは本来、対等の盟である。国と国が旗を並べる話だ。相手は小国も小国、砦一つに兵八百。向こうの得は分かる。では余の得は何だ。格下と旗を並べて、王の何になる——

 と、考えかけて、手が止まった。

 旗を並べる相手が、そもそも余には一人もおらぬではないか。

 国許では四方に軍があり、諸侯がひしめき、盟を結ぶも破るも選び放題であった。この地に来て十一日。余の旗は一本きり、隣に立つ旗はない。余は余一人の旗で立っている——と言えば聞こえは良いが、要は孤軍である。孤軍は強がりの利くうちは保つが、長くは保たぬ。それは戦場で、嫌というほど見てきた。

 孤軍より会盟、と言えば軍議の書付らしく聞こえて幾分ましになるが、実のところは、隣がずっと空いておった、というだけのことだ。その空いた隣に旗を並べたいと、初めて言うてきた者がある。

 だいたい、格を言うなら、こちらとて素性の知れぬ流れ者の王ではないか。城はなく、兵はなく、あるのは六畳の砦と旗が一本。人の国の大小を量れる身代か。……量れぬな。その量れぬ王のところへ、名乗りを正し、銭の話ひとつせず、使者を寄越した娘がおる。ならば受けるのが王の礼だ。気づけば余の手は板を取り、返書の文を開いておった。


【文、確かに読んだ。申し出を受ける。共に辻を立てよう。段取りはそなたに任せる。日取りが決まったら報せるがよい】


 送って、湯でも沸かすかと腰を上げる間もなく、板が鳴った。速い。余はまだ膝も伸ばしきっておらぬぞ。城で言えば、使者が返書を渡したその足で、廊下を駆け戻ってきたような速さである。


【お返事ありがとうございます! えっ、本当ですか? 本当に受けてくださるんですか? すみません、正直ダメ元で送ったので、いま画面の前で三秒くらい固まってました。あの、企画は三つ考えてあります、というか本当は十個くらいあるんですけど、雑談でもゲームでも、あ、ゲームってやったことあります? なくても大丈夫です、じゃなくて、何が言いたいかというと、ヴァルさんのやりやすい形に全部合わせますってことです! コラボ配信の設定のやり方も機材のことも、わたし全部調べてあるので何もしなくて大丈夫です! あと昨日の川辺の配信、演出の規模が本当にすごくて、あれ個人でどうやって……いやこれは当日ご本人に聞きます、すみません、話が長くて、とにかくよろしくお願いします! 日程の候補、今夜中に送ります!】


 前の半分は使者の口上で、後ろの半分は素の娘の声であった。丁寧に歩み出て、途中から早駆けになっておる。国許の使者がこれをやれば席次どころか首の話になるが、不思議と悪い気はせぬ。飾った口上より、こういう声のほうが、盟の中身は信じられる。

 余は板を置き、天井を仰いだ。

 置いたはずの板の上で、あの早駆けの声がまだ走っておる気がする。読み終えた文というものは、そこで黙るものだ。この文は黙らぬ。目を離しても、後ろ半分の勢いが板に残って、じんわりと温い。

 日程の候補は、今夜中に来るという。今夜中とは、いつだ。日が沈んでからか。夜半か。……余は何を数えておるのだ。

 板は、静まったままである。余はもう一度それを手に取り、報せの札が来ておらぬのを確かめ、用もないのに返信の欄を開きかけて、やめた。急かしてどうする。

 湯を沸かすとしよう。沸くまでのあいだ、板は卓の上だ。目の届くところに置いておく。それだけである。


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