case.74「熱烈復活ブラザーズ」
「ふ、はは、は…」
怖い。
もはやこの恐怖がどこから来ているのか僕自身にもわからない。
「ははははははははははは」
固唾を吞んで見守る。
「…い」
呵呵大笑といった鬼がぴたりと動きを止める。
ぐりんと不気味なほど首が回って赤い目がこちらに向く。かっぴらいた目の奥、瞳孔の収縮さえ恐ろしい。
「愛い」
「……え」
大股に近づいてくる鬼。伸ばされた手に思わず目をつぶる。
じんわりと、優しい重みが頭にかかる。
「儂をおにいちゃんじゃと…?」
「は、はい…」
「愛い!なんだか知らんがしっくりくるのぅ!はは、赦す!…そう呼べ」
愉し気に嗤ったかと思えば低く唸るように強制。テンションのふり幅が凄すぎてついていけない。というか普通に怖い。
「…アリガトウオニイチャン」
ちょっと片言になるくらいビビっているのも愛嬌として許してほしい。
お気に召したらしい、おにいちゃんの呼び名。再会したときも兄ちゃん呼びを望んでいたし、本当にブラコンなんだろうか。なんだかそれはちょっと考えさせて欲しくはある。
「は~っはっはっはァ!!」
そんな僕の葛藤など知ったことかとばかりに銀を背に靡かせて鬼は嗤う。
…深く考えちゃだめだ。僕が今取るべき行動はひとつ。
「オニイチャン。ノドカ、オニイチャンノカッコイイトコロ、ミタイナアー」
恥を忘れて全力で媚びる!!
「ほう」
「アソコニイル、クロイヤツ、タオシテホシイナー」
「ふむ」
「…オニイチャン、ダイスキ…!」
「よいぞよいぞ!おにいちゃんに任せておけ!!」
ちょっろ。
じゃなくて。
「ワーイ、オニイチャン、カッコイイー!」
指さすのは繭の影。分が悪いことを察したか、こっそり抜け出そうとする諸悪の根源ことソウワーズの姿。リソースを全部鬼に割いたのか、その姿は1メートルほどに縮んでいる。
なんか、この流れで言うのもなんだけど若干可哀そうなような気がしないでもない…こともないか。うん。
「オニイチャン、ガンバッテー!」
張り付けた笑みに口角がひくつく。なんだか何とも言えないぬるい視線が突き刺さっている…。勘違いだと思いたい。
お遊びのようなやり取りは置いておいて。
怪異の力を与えられた兄さんは元々の強さに加えて人外の怪力、瞬発力、反射神経を得てもはや暴力の化身と化していた。
言葉にするほど単純な話でもないけれど、今の兄さんは「人間:怪異」で「50:50」なわけじゃなく、言うなれば「人間+怪異」で「100+100」のような感じ。
ハーフではなくダブル。
なので、
「儂はおにいちゃんじゃからのぅ。…死ね」
兄さんの中でのみ成立する理論によって一方的に死が与えられる。
真空すら生み出す埒外の振り抜きが敢えてソウワーズの真横を通り過ぎ、まるで磔にするがごとくその身ごと退路を断つ。そのうえで渾身の貫き手が迫る。
時間にしてわずか数秒のやり取り。
腸を裂く、致命的な最速の殴打が迫る。いや、もはやそれは殴打ではなく槍の如き殺傷力・貫通力を持つ一撃。
『…ガ、ぎィ……!』
しかし相手も怪異。
人外ゆえの思いきりと反発力で捉まったその身を捨てるように、半身を失いながら無理矢理に逃れる。的を失った指先が空を削り、直線状の景色を吹き飛ばす。
…怪異とはいえ痛みは感じる。それがどういうことか、今は考えたくはない。
『…おかしい。ワタシのシナリオがここまで破綻するなんて…』
「はん」
悪意と殺意が睨み合う。
かたや再生こそしたものの形勢不利の怪異。かたや怪異へ上書きされた元人間の鬼。
『ワタシの力で変わった、なら、ワタシに従うべき…ッ』
ぶつぶつと何事か呟きながら、ぎゅっと一段階小さくなったソウワーズがその存在強度をより強める。
何かが来る。
そう感じた瞬間にはもう向こうの一手は終わっていた。
「……儂に、」
ずん、と重力が増した。
立っていられなくなるほどの圧に思わずがくりと膝折れ、身をかがめることでやり過ごす。
「儂に傷をつけたか…?」
足先から震えが止まらない。手が痺れたように感覚をなくし、ガチガチ歯のぶつかる音が体内に響く。血の味がする。
『ワタシの意思は世界の意思。ひいてはあのヒトの意思で、』
びちゃり。
地面を舐めるだけの僕の視界には入らない、なにか粘着質な水音。
『…、……!』
「儂はおにいちゃんじゃ。愛い子の気持ちはよくわかる」
ざり。がりがりがり。
地面をすり、削る音。
「愛い子がおにいちゃんを傷つけようなどと思うものか…」
がりがりがり。ぴたり。
音が止む。
「愛い子を騙る塵など…」
ダンッ!!!
衝撃波が吹き荒れる。
「死すら温い」
「じゃがまあ」
「仕方ない」
「仕方がないから」
「死ね」
目が覚めたら見知らぬ部屋にいた。
ぱちぱち。意味もなく瞬く。
「あ、あー…」
声は出る。
「う…ぐぅ…」
体は…何かに縛り付けられているようで動かせない。
なんか、線香みたいな匂い。首筋を何か毛のようなものがくすぐっていてかゆい。のに動けないから掻けない。
「…ンぃ~!」
かゆい!
かゆさを意識したせいでより猛烈にかゆい!!
もぞもぞと何とか少しでも動けないか試していると何かが手に握らされているのが分かった。…なんだこれ。硬い。
「!」
スイッチだと思い至った瞬間、締め付けが強くなる。
ぎゅうぎゅう、から、ぎりぎりぎり!という感じ。拘束というより絞束。絞られている。というか、絞られているでわかった。これ、絶対あの人だろ!!
困ります!!困ります!!お客様!!困ります!!あーっ!!困ります!!お客様!!あーっ!!
いや、ふざけていません。って誰に弁明しているんだか。
ともかく中身が出ないように馬鹿力と格闘しているとバタバタとせわしない足音。
「大丈夫ですかッ!?!?」
聞き覚えのある、僕にとっては平和を実感させる声。
「のどか先輩!!…ちょっと!先輩から離れてください!いくら先輩のお兄さんだからって許されませんよ!?」
「うぐ」
「なんじゃ、騒がしい…。去ね」
「!…あなたこそその腕を離してどこか行ってください!」
「はん」
「むかーっ!」
痛い。
肋骨が軋む音が聞こえる気がする。
だれか、だれか別の人…!
「何をやっている」
天の助けとばかりに新しい人の声。その声に反応したのか、やっとぎちぎち絞めていた力が緩まる。
ありがとう!たぶん見知らぬ人!
「お前はこっちだ」
「…ちっ」
「お嬢さんは残りのやつを呼んできてくれ」
「はいっ!」
「で、お前は寝たままでいい。少しこちらを見れるか?」
べりっとはがされた布団に瞬間的な寒さを感じるも、適温の部屋と何よりも解放感に安堵する。
謎の人物の言う通りに、鬼のままらしき兄さんとキサちゃんが離れていく。ゆっくりと声のする方へ体をよじるとそこにいたのは。
「うちのバカが悪い。いや、お前の兄でもあるわけだが」
白い光。
眩しさに思わず目を閉じる。
「ん?ああ、そういえばよく「気づく」んだったか。無理はしなくていい。眩しいだろう」
「はい…」
「簡単に言うと、俺はアルキメデスの最高統括責任者だよ。白百合の上司様だ」
「あ、どうも…」
「今回の件。本来なら俺に話が上がって、俺が対処するべき問題だったわけだが…。どうも、焦ったバカが独断で動いたらしい。しかもそれらしいこじつけで書類から下への根回しまで済ませやがって。おかげで事態の把握が遅れちまった」
「はあ…」
つまり、兄さんの消息不明の一報から実際に動くまで、全部シグレの独断だったってこと?本当ならアルキメデス社の中で解決する話だったんだろうか。
えっと、でもあれは僕をおびき寄せるための罠だったぽくて。でも兄さんの所属はアルキメデス社だから、えっと。
うーん。寝起きで頭が回らない。
「要するにだ」
ぱちん。
額に軽いショック。
「巻き込んじまった。悪い」
「はあ…」
それは。
「そんなことは、やっぱりないですよ。だって、兄さんだし」
知らずに勝手に助かっている方が、僕はきっと嫌だ。
「こちらこそ、巻き込んでいただいてありがとうございます。おかげでいろいろ助かりました」
目を閉じたまま、横になったまま、小さく頭を揺らす。
「知らないうちに兄さんが傷ついて、助かって、何にもなってなかったように元の生活に戻って、何も知らないで会わずにすんで良かった」
本当に。
「ありがとうございました」




