case.73「最強相対ラブコール」
鬼。
というと僕にとっては記憶に新しい怪異である。そして、その鬼とワンマンアーミーの組み合わせも。僕だけじゃなく、今この場にいる事務所メンバーにとっては特にそうだろう。
先だっての大規模案件。北海道での地獄鬼討伐において特にその辣腕を振るったのは他でもない、目の前にたたずむ最強だったから。
「最強の味方が最強の敵になるって…」
出来すぎた物語かよ。おもわず悪態を吐く。そうでなければやっていられない。
…流石に、こんなクソゲーを強いられることになるなんて誰にだって想定外だ。
繭の中で何があったのか。兄さんの姿は目に見えて変化していた。
長く伸びた銀の髪、血のように赤く爛々と光る目。手に持つのは身の丈ほどもある細長い金属製の撮棒…いや、金撮棒。
「はは、鬼に鉄杖って?古式ゆかしいじゃねえか、おい」
「サカヅキさん…」
「クソったれ。前より隙がねえ」
そうだ。
以前はあれでも味方だったし、何よりこちらの提案を呑んで譲歩するといった社会的な対応があった。それに、たぶんだけど僕のことも分かったうえで。
でも今は違う。
「…ごくり」
ひしひしどころではない、迸る敵意と剝き出しの殺意。治療した脇腹の穴がぐりぐりと抉られる錯覚に眉をしかめる。
怖い。
それは命の危機に対するものというよりも、あの優しい人がこんなに変わってしまったという変化に対するものが大きい。
初手で何のためらいもなく急所を襲いに来る冷酷さ。流れるように2撃、決殺の攻撃を放つ思考と行動のなめらかさ。防がれてもなお取り乱すことなく最小限の動きで身を引く冷静さ。
「っは、はあ、はあ…」
冷や汗の大きな粒が湧きだしては流れ、速まる鼓動が息を乱す。舌の根がひきつけを起こして喉が締まり吐き気さえ催す。
鬼。
隠から転じた、この世ならざるもの。
額に3つの角をいただくもの。呪われ者。
「鏖じゃ…」
目と裏腹に、血の色を失った口唇から毒のような呪いが零れる。
血吸いの大樹、その大ぶりの枝に足を掛けてしゃがみこんだ鬼。だらりと伸ばされた手が掴む金撮棒が不規則に揺れる。
「た、隊長…」
「シグレ…」
取り落としたナイフすら目もくれず、いつの間にかゴーグルを外していたシグレがその青い目を見開いて慄く。
無理もない。いなくなったことすら信じられない憧れの人、やっと取り戻したと思ったら悪となって目の前に立ちふさがったんだから。…なんか、こう表現するとシグレってバトルものの主人公っぽいな。その場合、僕は途中で出てくる仲悪いかと思ってたらすれ違っていただけの後方有識者顔ブラコン弟みたいな…。いや、よそう。
現実逃避にぼうっと思考を飛ばしていたのを頭を振って打ち消す。
「そんな、そんなのって…」
わなわなと震え俯くシグレを庇うように前に身を乗り出す。
意地で吐き気ごと悲鳴を飲み込んだ。
「新ビジュ鬼カッコイイ…!」
「ごめん、なんて?」
間。
「えっと、シグレは大丈夫?どこか打った?」
「あ。いや、すまない。姉に聞いていた通りだと思って…」
「…構えて」
「!ああ」
突然の愉快コメントに呆気にとられたけれど、深くは聞かない。というかもはや聞かなかったことにしておく。
なんとなく場の空気も緩んだのでほっと息を吐きつつ迎撃用意。なんて、僕がちょっと構えた程度兄さんには鎧袖一触だろうけれど。
3度目はことさらゆっくりに見えた。
「さ あ 死 ね」
真っ赤な山椿がぼとりと落ちる。
目前に迫る八角の死よりもその光景を視界の端に鮮明に捉え、
「お前がな」
残像。背に衝撃を受け強く押し出されて顔面から地面に倒れる。
「っぐ、ごほごほ!…ぺっ、ぺっ」
うわ、口に入った…。
「のどかちゃん、これ」
「!これ、え、ミチカケ先輩…」
「上手くやってね」
「あ、ちょっ」
ポイっと渡されたソレを落とさないように抱えて抗議するもさっさと鬼退治に行ってしまった。頼れる4人の背を視線で追うもついていけない。諦めて視線を落とす。
あー、こういうときってなんていえばいいんだっけ。
「お、お疲れ様でーす…」
「はい。はい。そうです」
「いまものすごく立て込んでいて…」
「はい。…え、違います」
「それでその、どうしたら…」
「はい。はい」
「…ま、マジですか?!マジで言ってますソレ?!」
「~~~、いえ、はい、その通りです」
「…はい」
つながったままの携帯電話。
表示された相手の名前は文字化けし、画面にもいくつも亀裂が走っている。時間はあんまりなさそうだ。
現状を説明し、打開策を検討し、必殺技を伝授される。
…いやだなあ~!さすがに、この年でそれは、いやだなあ~!!
「すぅ…」
わき腹が痛いとか言っている場合じゃない。ありったけの声で叫ぶ。
大きく息を吸って、
黒い筋を空に描きながら破壊の杖が迫る。
流石にこの場のプロフェッショナル達も全力の振り下ろしを受け止められるはずもなく、紙一重に回避した地面が大きくクレーターを作る。
「チッ」
忌々し気に漏れ出た舌打ちに反応している暇もなく、再度跳んでは振り下ろされる死を互いに庇いあうように避ける。
合間になんとか反撃を挟むも、強化された人外の反射速度が不意を殺し最小限の動きでいなされる。
金撮棒のぶん回しで発生た真空がシグレの腕を吸い、とっさに固めた筋肉が皮膚ごと裂かれそうになる。
「…」
抜くことは出来ない。コンマ数秒の世界でそれを理解したドールちゃんが半ばほどで折れた大剣を空気の流れに差し込むことで相殺。柄を残して砕け散る。
悪あがきに投げつけた柄がすさまじい速さで赤く光る目に向かい、何でもないように払いのけられる。
相手はほぼ無傷。たいしてこちらは4人中3人の武器が破壊ないし紛失。そのうえ負傷も時間が経つごとに少しづつ増えている。
ジリ貧だ。
どうする、と4人の意識がシンクロして、
「たすけて!!!」
「お兄ちゃん!!たすけて!!!!」
勢い良すぎて裏返る声。羞恥で爆発しそう。白目。
怒涛の勢いでぶつかり合っていた鬼が手を止める。そこを逃さず、ミチカケ先輩がサカヅキさんの背から抜きとったRPGの重い銃身をスイング。というより投げつける。
当たる前にバックステップで下がったところに空中で銃身を掴んだサカヅキさんがとっさに引き金を引く。
え、さすがにその距離でそれは死なない?
と思ったのもつかの間。流石に避けられなかったのか叩きつけられた木の幹に大きく亀裂を与えながら鬼がゆうらり立ち上がる。額の角がなんだか小さく見える。
「…」
至近距離での発砲に耳を傷めたのか、サカヅキさんが無言のままにクイと顎で示す。
口を開く。
「お、お兄ちゃん!!」
僕ってなんでこう、格好いい役回りってやつがもらえないんだろう。
これはもう、兄さんに強さ全部持ってかれたに違いない。
「おにいちゃんだけが頼りだから!!!」
絶対今顔赤いだろうな。シグレの方なんて向けない。
「のどかの味方になってくれるよね!!!?」
かなり無理矢理な音の上書き。
鬼いちゃんでお兄ちゃん。…鬼の弱体化は依然かけ続けているけれど、今回は実体のある人間をベースに鬼に変化させた状態。いわば存在の重ねがけで、それはつまり、定着しきる前に無理やりにでも意味を変えればいいわけで。元々血縁で事実上お兄ちゃんであることは正しく、なら無理矢理でもイケる!と。
「おにいちゃん大好き!!!!!」
やけくそである。
これ、効かなかったらとんだ間抜けの死体が上がることになるけれど。…ちゃんと効果ありますよね?!




