case.68「悪意の男ソウワーズ」
こうありたかったという数多の願いからワタシは生まれた。
その気持ちはいつだって諦念や絶望や執着を多く孕んでいて、ワタシはそんな強い負の感情を浴び悪意を土壌に育った。
ワタシがこうあることはヒトの意識そのものの反映。世界の意思と言ってもいい。
だから。
『欲しい』
『もっともっと』
『もっとたくさんの悪意が』
そうして見つけた。ワタシたちを惹きつけて止まないヒト。
そのために先回りして同胞を喰い合わせて見たり、愚かなヒトを焚きつけてみたりと何度も試してみたけれど、どうにも上手くいかない。
でもいい。
見つけた。あのヒトに近しい、あのヒトを刺激する餌。
『まだかな』
『もう来る頃かな』
『たのしみ』
あのヒトを手に入れて、もっともっとたくさんの悪意でこの星を満たそう。
ワタシのような、ワタシと同じ存在を。
ワタシたちこそがこの星を遊ぶ、新しい種族になるのだ。
うーん、どうにも進んでいる気がしない。
細くうねった道。岩肌に触れないように気を付けながら歩くけれど、変化が全く見られない。
いつだかのようにどこかでループしている類の回廊かと思って反対方向に歩いたりもしてみたけれど…。
「やっぱり、コレかなあ~…」
やりたくないなあ。
右手のブレードロッド、そのギラつく刃先を見る。
脈打つ生暖かな壁。細くうねる道。…これがいわゆる体内を模しているのなら、たぶん有効なはず。
「…っすぅー」
ボトルをしまって、溜めのモーションに入る。
狭い通路。足を引き、腰を落としてひねる。
「っせい!」
ずんばらりと切り伏せた、とはいかず。けれど壁はその向こうを露出させた。
見た目は岸壁、触れれば肉壁、切った感触は紙のごとし。って、なんかの頓智みたいだ。
切れた壁の向こうには場違いにも青い空と草原が広がっている。
「…」
左右には誰もいない。壁を切ったのに怪異の反応もない。
「うぅ…!」
覚悟して踏み入れた先は、本当に見たままの原っぱ。
空は高く、見渡す限り遮るものがない。
「…土だ」
しゃがみこんで触れた草は青々として、突き立てたブレードロッドは土の感触を返してくる。
いよいよもってどうしたらいいか分からなくなってきた。あーもう、せめて何か起こってくれたらそこから解決策を考えるのに!
しゃがみこんだまま頭を抱えて唸っていると、遠くに笑い声が聞こえる。
「高い。…女の人?いや、子ども…?」
行って見るかと腰を上げ、向かった音の先には少年が2人。最近アルバムでその姿をみた、ここに居るはずのない、いや、いまはもう写真や記録でしか見るはずのない姿。
「あれは…、僕と兄さん?」
思わず駆け寄って手を伸ばす、とまるで煙のように掻き消える。
「どこ、どこに…!」
ふわり。
また少し先に見える、楽しそうにはしゃぐ2人。
追いかけてはどんどんと遠ざかり、やがてその楽しそうな声しか聞こえなくなる。
いやだ。だって、あんなの、あんなの…。
「ずるい…。兄さん…っ!」
宛もなくさまよう僕がどんどん幼くなっていっていること。
意識を取られ、声を追いかけることで頭がいっぱいだった僕が気づけるはずもなく。
「いかないで、にいさん…」
『つかまえた』
手の中に収まった小さなヒトに、なんだかざわざわソワソワする。
これが「嬉しい」ってことなのかな。持っていなかったはずの感情を生むなんて、ワタシはやっぱりヒトになっている。
手に入れたヒトをちゃんと使うためには、ここに入ってきた他のヒトを排除しなくては。たしかヒトたちは、大事なものを目の前で失うとダメになってしまうんだ。そうしたら絶望や悪意を生むはず。
『じゃあ見せてあげよう』
ぎゅるぎゅるとナカをかき乱して、散らしていた2人の人をこちらに誘導する。
無駄なのにナカを荒そうとして、本当にカワイソウなヒトだ。
『さあ』
『おいで』
暴力で何とかしようと野蛮な2人のために道を作って入口を開いて、
「どけッ!!」
「あぶないよー!」
ぐんと距離を空ける。
このナカでワタシにかなうはずがないのに。それに、ヒトに当たってしまう。せっかくこうして手に入れられたのに。
「手ごたえがないはずだねー。そんなとこに閉じこもってたんだー」
「のどかはどこだ」
「ご丁寧にバラバラにしてくれちゃってさー。ミチカケちゃん、気づかずにひとりごと言っちゃってたじゃん」
「のどかは」
「もー、本当に最悪。怪異のくせに、人間みたいなフリしてさー」
うるさい。
早く黙らせよう。
『ここだよ』
本当のヒトを隠して、幻影で作ったそっくりのヒトを見せる。
「!のどかちゃん…」
「そこか」
息を呑むヒトと駆けだしてくるヒト。
その物騒なナイフをかわせば、斜め上から蹴りが振ってくる。ヒトなら見えない場所。でも、ワタシはヒトを越え怪異を越えた新しい種族なのだから。
「ちっ。…攻撃通んないねー。どうするー?副長さん」
「笑止。通るまで繰り返すのみ」
「うーん、まあもちろんそれはそうなんだけど―…。いや、いいや。副長さんは好きにやって。ミチカケちゃんも好きにやるからー」
「元より」
左右上下とめどなく踏み入って襲ってくるヒトたち。これは面倒だな。
さっさと済ませようとワタシは偽物の人を両手で絞るように力を籠め苦しめる。大きなワタシの手に収まるヒトの体が、軋み、苦痛に喘ぐ。
「ッの、クソ怪異!」
「のどか!」
偽物のヒトの肩がゴキリと音を立てて、腕が伸びる。ワタシは知っている。ヒトはこうすると腕が伸びて痛いんだ。
伸びた手をもってぶらりと体を持ち上げて揺らす。
さあ、絶望を。




