case.62「早々インパクトアウト」
豪華な朝食をいただいたあと、せっかくなのでと足湯を堪能して事務所へ。正直疲れがきれいさっぱりとれたとは言い難いけれどリフレッシュにはなった。
そんな帰還も束の間、重要な来客があるとサカヅキさんが。
「来客。…青き血の人たちではないんですよね、その感じだと」
「ああ。今日来るのは…」
ちょうどサカヅキさんが話しかけた時だった。
ごつごつと重いブーツの音、かっちりと締められた軍服。撫でつけられた黒髪に大きなゴーグル。
「失礼する」
来客はアルキメデス社の人だった。
身にまとう軍服は白百合さんのものと似ているけれど、装飾はやや少ない。とはいえサポート班の人たちとは違う、現場に出る人特有の研ぎ澄まされた刃のような雰囲気。隙のない佇まい。
彼はゴーグル越しに事務所を見回したかと思うと、おもむろに口を開いた。
「緊急事態ゆえ、挨拶は省略させていただく」
「まあ、構わないが…」
「では早速本題なのだが。…日向のどか、君に動いてもらいたい案件がある」
「…へ?」
「は?うちじゃなく、ヒナタくん単体?流石にそれは承諾しかねるが」
普段よりずっと硬く強い態度のサカヅキさん。その空気に若干吞まれつつ流れを見守っていると、突然のコール。
ここで僕に飛んでくるとは思いもしなかったので反応が遅れてしまった。…なぜ、僕?
「私はアルキメデス社所属第五分隊副長シグレ。白百合さんの後輩にあたる者だ」
「聞けよ」
「はあ」
自由だな、この人。
あまりに直截的な物言い、傲慢や横柄にすら感じられる態度。
「君には早急に対応してもらいたい。実は」
「コイツ…」
シグレさんはかっちり真面目でプロトタイプな軍人さんといった風体だけれど、そのまま真っすぐすぎて融通とかきかないタイプなのかなと現実逃避気味に思った。
単刀直入すぎて無視された形のサカヅキさんが若干ピリついている。…次に続く言葉を聞くまでは。
「白百合さんが消息不明となっている」
「…はあ?」
なんの冗談だ、それは。低く唸るような声が喉を這い出る。
さっきまでシグレさんの態度にイラついていたはずなのに、今はその言葉の真偽に懐疑的な表情だ。…それもそのはず。僕たちは知っている。あの日、北海道は五稜郭の地で見た白百合さんの圧倒的な実力を。
あの人が怪異相手に撤退や敗北、ましてや消息不明になるような事態に見舞われるなんてにわかには信じられない事だった。そのくらい強い人だ。
「…ワンマンアーミーだぞ。仮に不慮の事態に巻き込まれようが、引き際を間違えるとは思えないが」
「こちらも同意見だ」
「なら」
「しかし、ことは実際に起こっている。あの方はもう、10日ほど帰還していない」
「!」
10日。
なるほどそれは異常だ。怪異のテリトリーによっては現実と時間間隔がずれていることもままあるけれど、とはいえそこまでの長期間はほぼ前例にない。
「…話は分かった。ただ、どうしてヒナタくんなんだ?正直、実力はアンタの方が高いだろうし、せめて俺たちが担当するならわかるが…」
「そ、そうです!それに僕は白百合さんとは前回の事件であったくらいで特に関わりも…」
どうして僕なのか。
その答えは意外なところからもたらされた。
「あれ、のどかちゃんって気づいてなかったのー?」
「?…君は白百合さんの実弟だろう」
「…」
「…」
「…は」
はああぁぁああぁああ!!??
大絶叫が響いた。
困惑する僕とサカヅキさん、よくわかっていないキサちゃんを置いて、なぜか知っていた風のミチカケ先輩。ドールちゃん先輩はちょっとよくわからない。
「じってい?え、じっていって実弟?」
「実の弟と書いて実弟だ」
「いやいやいや!そんなわけ、だって僕は」
「君の事情は知らないが、血縁であることは確かだ。…それで、動いてもらえるのか」
「…ぁ、」
「異界案件に対する我々の最大の命綱は、深い縁で繋がれた者からの呼びかけだ。婚姻を結んだ者、あるいは血縁。…君は後者。ゆえに我々はあの方を探すために、君に協力を要請する」
は。
じゃあ、何だ。あの時、白百合さんの素顔に妙な既視感を感じたのは。
「僕と白百合さんが兄弟…」
呆然とする僕に、シグレさんは続けた。
「日向まどか。あの方の本名だ。流石に覚えがあるだろう」
「…」
頭が痛い。
「わかった。こちらでも動こう。だからひとまずは帰ってくれ。ああ、資料は俺に。こちらにも準備や段取りというものがあるからな」
「了承した。こちらを」
「…たしかに」
ひとつ頷いたサカヅキさんが書類を受け取り、シグレさんはそれ以上言わず去っていった。僕に困惑と衝撃を残して。
「ヒナタくん」
「…はい」
「急だけど明日、一旦実家に帰りなさい。そこで君は白百合、いや、お兄さんについて調べて来なさい」
「…」
「いいな」
「…はい、そうします」
「よろしい。じゃ、今日はいろいろ疲れただろう。上がっていいよ」
「はい、そうします」
「…のどかちゃん」
「はい、そうします」
頭の中に情報が入ってこない。
何か言われているようだけれど、音はただ耳を通り過ぎ、振動として処理される。
「…」
ただ、帰るようにと促されているのはわかったから、ふらつく足でどうにか扉をまたいで部屋へと移動しベッドへと倒れこんだ。
ああ。
頭が。




