case.61「休息ブレイクタイム」
怒涛の怪異3連戦を終えてやっと元の森へと帰ることが出来た僕たちだったけれど、幸運なことに、いや、不運なことに?すでにとっぷりと夜も更けてしまっていた。
「うわ、真っ暗ですね」
「普通に時間かかっちゃったからねー」
「とりあえずこの時間ですし、宿に戻ってもほぼ寝るだけですね」
「温泉、残念だなー」
「あ、そうしたらキサちゃんの部屋に泊まったらいいじゃないですか。たぶん部屋風呂ありますよ。それでそのまま泊まれば…」
「そーだねー。せっかくだからゆっくりしたいし、そうしよっかなー」
「ぜひ!」
よし。これで同室回避だ。後ろ手に小さくガッツポーズ。
まあ、同室だったとしても全身疲労でそれどころじゃないけれども。僕のささやかな心の安寧のために。
「…なーんか、喜んでない?のどかちゃん」
「へ?!いや、まさかそんな!」
「ふーん。…いやー、残念だなー。せっかくのどかちゃんにサービスしてあげようと思ってたのにー」
「ひょえ!?」
「頭洗ってー、背中流してー」
「あわわわわ」
そんなことがあってもいいのか!?世界線変わった?!?
「ぷ。なーんて。流石のミチカケちゃんもそんなことしないよー」
「で、ですよね!?」
「水着ならいいけどね」
「ミ!?」
か、からかわれている…!それもめちゃくちゃに!
うう…。わかってるのに反応してしまう自分の浅さが憎い…!
「あ、キサちゃんからすっごい連絡来てる。すぐ飛んでくるってー」
取り乱しまくる僕にミチカケ先輩は何でもないようにすっぱりいつも通りに戻ってスマホを弄る。
暗い中にスマホの白い光が眩しい。
「…ありがたいですね」
「だねー」
さ、入口までちゃっちゃと歩くよー。と暗い森の中もお構いなしにサクサク枯葉を踏みしめていくミチカケ先輩。その背を追って足早に歩いた。
「った、あぶな…」
のも束の間、普通に木の根に引っ掛かってこけそうになったのはまったくの余談だ。
「心配してたんですよお~!」
無事でよかったです~!!とこちらの姿を見るなり泣き出すキサちゃんに、申し訳ないようなむずがゆいような気持ち。
「そんなに大変でした?!あっ!怪我は?!?」
「大丈夫、だいじょーぶ。とりあえず先に汚れ落としちゃいたいからお風呂借りていー?」
「もちろんです!何なら温泉も今から準備を…!」
「ううん、そこまではいい」
疲れのせいか、いつもよりクールなミチカケ先輩。
「じゃあ、また朝にねー」
「おやすみなさい!」
「はい。おやすみなさい」
ぽいっと投げ渡された鍵を受け取って別れる。
僕も正直、土だの汗だの怪異だのでドロドロだ。そのうえこんな高級宿ときたら普段以上に身なりに気を使いたくなってしまう。
「…あ、この部屋か」
鍵を開ければ、僕の想像よりもゆったりと広く豪華な内装。
たしかにベッドは2つある。あるけれど、ぴっちり隙間なくくっついていて、これはもはやダブルだろう。…1人押ししておいてよかった。
「いや、何にもしないけどな」
なんて、無用な言い訳もしつつ。
もちろん迎えが来る前に軽くはたいたけれど汚れはしているので、一旦荷物は入口に降ろして固める。
あ、お風呂ユニットじゃない奴だ。
「やった」
まるでちいさな銭湯のように青いタイル張りの浴室。せっかくなのでシャワーだけじゃなく湯船にも浸かろうと蛇口をひねって少し熱めのお湯を溜める。
時刻は11時40分。明日の集合は…、ラウンジに6時30分か。
もろもろ済ませてベッドに入ったら、大体5時間は寝れるな。よし。
「お風呂お風呂~、っと」
「おはようございます」
朝。午前6時20分。
集合時刻30分前にはスタンバイしておく癖がしみついているのでラウンジでゆっくりしていると、10分ほどでミチカケ先輩とキサちゃんもやってきた。
「おはよー、のどかちゃん」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「うん。おかげさまで。朝までぐっすり」
「よかった~」
と、早速本題へ。
「この間のてけてけの時からなんとなく思ってたんですけど…」
「うん。のどかちゃんの想像当たってると思う」
「…やっぱり」
「え?え?何の話ですか?」
「あー、キサちゃんも知っておいた方がいいかなー。実は今ね…」
そこから簡潔に話される、最近の怪異界隈の異変や忙しさ。
かみ砕いて呑み込んだキサちゃんが、きょとん顔から一転、驚愕に変わる。
「ええ?!た、大変じゃないですかあ!」
「そうなんだよねー。実際、昨日の怪異もかなりイレギュラーだったし」
「山ノ怪のはずが猿夢になって、最終的にきさらぎ駅だった」
「???」
「有名な怪異がごちゃごちゃに混じってるって考えたらいーよ。でも、普通はそんなことになったりしないんだけどねー」
「てけてけもなんとなく口裂け女の名残というか風味がありましたよね」
違和感のはじまりを伝えれば思わずといった風に吹き出すミチカケ先輩。
「んぐ。ふ、風味って…!」
あはは!めずらしく大声で笑うミチカケ先輩に釣られてキサちゃんも。
…そんなおかしなことも言ってないと思うけど。
「まあつまり。怪異同士の小競り合いから食い合い、あるいは融合にまで発展しちゃってるってことー。これは本当に異常だよ」
「…」
「そんな…」
「キサちゃんは討伐に直接的にかかわるわけじゃないけど、大切な仲間で後輩だからねー。念のために気を付けてて。それに一度襲われちゃってるしねー」
「…はい!」
そんなこんなで話し込んでいたらあっという間に時間が過ぎて、ちらほらとラウンジにも人が来はじめた。
そろそろお腹も限界だし、ここらで朝食にしようと席を立つ。
「あ!夕食、ごめんね」
「いいんですよお!2人が無事ならそれが一番です!それに…」
「それに?」
「ちゃんと事情も分かってくれてます。わたしは知らなかったんですけど、やっぱり職業柄というか、こういう業界のことも知ってたみたいで」
「なるほど」
「ありがたーい」
「なので!ぜひ朝食には腕を振るわせてほしいと!期待しちゃってください!」
おお、さすが高級旅館。サービスがすごい。
というよりも業界のこれまでの働きによる恩恵、か。
「さあ!こっちです~」
「ご飯ご飯ー」
「楽しみですね、ミチカケ先輩」
「うん。いっぱい食べるぞー」




