case.60「きさらぎディスコード」
無駄に再現度の高い車内は本当に戦いづらく、正直人面猿よりも座席やつり革にぶつけて作ったあざの方が多いんじゃないかというくらい。
「…キリがないですね」
「うーん。どれが本体ー?」
幻影ごと本体の人面猿を切り続け、1両ずつ進んでいくも終わりが見えない。
…もう10両は過ぎたはずだけれど。
相変わらずのっぺりと不気味な笑顔の猿。車内アナウンスはいつからか、壊れたように死因を喚きたてている。
「っしァ!…ふう、これでまた次に」
「ちょっと待って、のどかちゃん」
「?」
次の車両に続くドアの取っ手に手をかけようとした僕をミチカケ先輩が止める。
「やっぱりおかしい。もしかしたら、これを続けても意味がないのかもー」
「…」
たしかに。
「この怪異は猿夢だってミチカケちゃんたちは自然と思ったけど、それが間違いなのかもー」
「つまり、これは猿夢じゃなくて猿夢に似せた何か。ってことですか?」
「たぶんねー」
「…たしかに。あまりにも手ごたえがなさすぎますもんね」
「それに、電車、猿、死因のアナウンスっていう3つの特徴でこっちは当然のようにこれを怪異「猿夢」だと断定していたわけだけど…」
なんだろう。いま、ミチカケ先輩の言葉が引っかかった。
「あ」
そうか。
誤認。そういうことだったんのか。
違和感に気づくと車内に充満した悪意、その一番薄い場所がはっきりとわかる。同時にそこが起点であることも。
「ミチカケ先輩!その電光掲示板壊してください!」
「!そういうことねー。よっ、と」
網棚の細い棒にぐっと一瞬体重をかけて飛んだミチカケ先輩がブーツの厚底を思いっきり叩きつけるように蹴りこむ。
バキン!と大きく割れるような音。そうして変わった案内表示。
「きさらぎ…」
「電車怪異の2段構えなんて、こざかしいことするなー」
ひび割れた電光掲示板には、たしかに「きさらぎ」の文字。
ミチカケ先輩のいう通り、こざかしい仕込みだ。これ、気づかずにいたらどうなっていたんだろうか。背筋に冷たいものが走る。
本命がバレないように2重3重に偽装された怪異。
「きっつ…」
考えすぎで頭が痛くなりそうだ。
そうしている間にも偽装を暴かれた怪異は姿を変えていく。うねる周囲。変化が落ち着くとそこは電車の中ではなく、暗い森に囲まれたさびれた駅のホームだった。
「…なるほど」
森。そういう繋がり方をしてくるわけか。
「予想外の連続だけど、とりあえず広さは確保できたわけだから動きやすいねー」
「そうですね。正直、ありがたいです」
「お。のどかちゃんがやる気だー」
「はは」
そりゃそうもなりますよ!
いや、もちろん今だって慣れないことだらけだし怖いけれど、僕には考えなきゃいけないことがあるんだ。そう!宿の部屋割りとか!
「きさらぎ駅って、ホームに降りちゃったらどうなるんだっけ」
「いろいろありますけど、たいてい線路伝いに歩く感じですね。足のない老人とかトンネルとか祭りの囃子とか、プラスで何らかの要素がある感じでしょうか」
「おっけー。じゃあ、歩こー」
ひょいっとホームを降りて線路に立つ。
「ほら、のどかちゃんも」
…ええい!男は度胸!
普通に痛い。高さ結構あるよな、線路とホームって。
てくてく歩くこと数分。
ホームの灯りも届かない暗い線路に2人、気を張り詰めながら雑談。いや、気を張り詰めているのは僕だけかもしれない。ミチカケ先輩はいつも通りだし。
「のどかちゃんは一回鞭の使い方も習うといいかもねー」
「鞭、ですか」
「うん。理想は多節根の扱いをマスターすることなんだろうけど、知り合いに思い当たる人がいないからー」
「ってことは、鞭を使う方がいるんですか?」
「そー。あ、そっか。まだあったことないんだっけ。ほら、前に言ってたあと2人居る調査メインのさー」
「ああ~」
そういえばそんなこと聞いた気がする。
すっごい目が良くてよく気付く先輩と、頭が良くてもらった情報からドンピシャな推測が出来る先輩。コンビで動いて各地の怪しい場所を調べたりしてる。たしか現在は海外出向中。
「リュービ先輩とシューカ先輩。鞭使いなのはシューカ先輩の方なんだけどー、ほんとにすっごいよ。腕もだけど頭いいからかなー、一振りで状況を変える天才」
「おお…!」
「まー、世界各地で怪しい場所に足運んでるわけだからねー。怪異だけじゃなく自衛はバッチリ」
それもそうか。
日本でも怪しい場所には怪しい連中が屯したりしているわけだし、海外なんてもっとだろう。
…会ってみたいな。
「ま、そのうち帰るって言ってたしー。期待しとくといーよ」
「はい!」
そんな風に盛り上がっていれば、暗闇の奥からお腹に響く音が。
「太鼓の音…」
「待ちくたびれたよー。じゃあ、先いただきー」
とんとんと確かめるようにその場で小さくジャンプ。そして線路の隙間に敷かれた石を弾いて前方へと射出された。
「能面って、明るい部屋に飾ってあっても怖いのに怪異がつけてるの犯罪じゃないですか!?」
なんらかの罪に問われて欲しい!と叫ぶと不思議なものを見るような目で見つめられる。
「のどかちゃんってー、うん…」
「なんですかぁ!?」
「いや、なんでもなーい」
和楽器の不思議なところって、太鼓じゃなくても響くところだよなあと思う。空間に満ちるというか、頭を占めるような。
それが怪異の奏でるものとなれば否応にも叩きつけられる。恐怖と呪詛。
「ミチカケ先輩っ!」
「はーい」
能面の音楽隊。それらを巻き込むようにバラしたブレードロッドを振るう。腰を据えて、腕じゃなく体全体で。
鎖につながれた刃が、絡めとった怪異のうち1体のもつ楽器に突き刺さる。すると、まるで連動するようにその身が軋み能面に亀裂が走る。
「!ミチカケ先輩、楽器狙ってください」
「はいはーい、っと」
「はっ!」
巻きつけた鎖を解くように引き、刃先を戻す。
ミチカケ先輩が能面たちの相手をしてくれているうちに急いでブレードロッドを組み立て、元の長い棒状に。
「のどかちゃん、いけるー?」
目ざとくその動きを見ていたミチカケ先輩が僕に声をかける。その声を聞きながら、渾身の突き。
庇うように怪異の中心に抱え込まれたその和太鼓を、思いっきり突き破った。




