case.58「山ノ怪デッドデッド」
「わたしってなんだか空気になってませんか!?」
「急にどうしたの?」
スケジュールを上手く調整したキサちゃんが事務所に来る日。
揃いの素材で作った薄ピンクのスカートを揺らして、開口一番にそう切り出した。
「ただでさえ本業もあってあんまり顔出せなくって、北海道でもホテルとか物資の手配くらいだったのに…!」
「ま、まあまあ。本業もスポンサーも絶対僕には出来ないことだし、すっごく助かってるし!いつも感謝しかないって!ね!ミチカケ先輩!」
「んー」
あれ、ミチカケ先輩?
思っていた反応じゃなくて本気でショックを受けた表情のキサちゃんに焦る。
「やっぱわたしここ専業にしようかな…」
「いやいや!あこがれの職業なんでしょ!?もったいないって!」
「でも…」
ミチカケ先輩…!
必死で目くばせするも、何やら考え込むような体制のミチカケ先輩には届かない。こんな時に限ってサカヅキさんもドールちゃん先輩も別件でいないし!
「…」
「あわわわわ」
タスケテ…タスケテ……!
そんな僕の限界きょどりっぷりが伝わったのか、パッと顔をあげたミチカケ先輩が口を開く。
「じゃあキサちゃんも行こっか!」
「…はい?」
というわけで来ました。
「温泉街ー!」
「わあ!なんだか風情がありますねえ!」
…なぜ。
「キサちゃんの親戚がやってるっていう宿、やっぱすごいねー」
「でしょう!なーんて、わたしも小さいころに来た以来なんですけどね!」
宿っていうか旅館っていうか。
「広ーい!すごい豪華ー」
「ふふふ」
やっぱ僕には敷居が高く感じる…。
「お待ちしておりました。どうぞ、ご案内いたします」
「よろしくお願いします」
「お願いします!」
恭しくお辞儀をした着物の女性。その折り目正しい態度や素人目にも高そうと思う控えめながら艶のある生地。…絶対オーナーさんとかそういう人だ!
一般小市民の僕としては肩身が狭くありつつ、おとなしく女性陣のあとをついていった。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます…」
すっと襖が閉められる。途端に重い息を吐いて脱力。
「…ふう」
緊張した…。
「おー!眺めも良いねー、見渡す限り山と湯煙だ」
「ここの温泉街は美肌の湯で有名なんですよ!後でぜひ!」
「いいねー」
きゃいきゃい盛り上がる2人を見て、いつまでもビビッていたらもったいないなと思いなおす。せっかく自分じゃこられないような高級旅館に来られたんだから、もっと楽しもう!
まあ、仕事が終わってからだけど。
「じゃあお楽しみのためにもサクッとお仕事しますかー。ね、のどかちゃん」
「はい!」
「じゃあえっと、わたし車の手配してきますね!あと夕食期待しててください!」
「わーい。よろしくー」
「ありがとう、キサちゃん」
「いえいえ!」
ぱたぱたとキサちゃんが出ていくと、僕もミチカケ先輩も持ち込んだバッグから手早く準備を始める。
揃いのバトルスーツといっても素材の話でデザインは結構違うのだけれど、まあ、揃いの衣装に装備を重ねていく。僕はホルダーとボトル、ミチカケ先輩はエプロン。
「よーし、おっけー」
「…あの、ミチカケ先輩」
「?」
「一応。一応念のために、そんなことは決してないだろうことは承知の上で聞くんですけれど」
「なになにー?随分溜めるねー」
「…部屋、別々ですよね?」
「あっはは!なにいってるのー、のどかちゃん。当たり前じゃん」
ほっ。
流石にね。当たり前みたいにめっちゃ豪華な部屋に通されたけど、見た感じベッドは1つだし。いや、めっちゃデカくてたぶん1人用じゃないと思うけれど。
「で、ですよね!」
「一緒だよ」
「へ」
「とれたのはそこそこの2人部屋と一番高い部屋だからね。キサちゃんが高い方、ミチカケちゃんとのどかちゃんで2人部屋だよー」
当たり前のように言われて固まる。
「だいじょーぶ。ダブルじゃなくてツインだから」
「ぜ、」
「車用意出来ました~!」
「じゃ、行こー」
「こっちです~!」
いつものバッグを提げて、キサちゃんの誘導についていく。
エントランスを出て玄関。黒塗りのいかにもな高級車。
「では依頼した場所までお願いします。帰りはまた連絡しますので、同じ場所まで」
「かしこまりました」
当然のようにドアを運転手さんに開けられ、促されるままに席に。うわ、めっちゃ乗り心地いい、このシート。
じゃなくて。
「では出発いたします」
「いってらっしゃーい!」
ドアが閉まり滑らかに車が走り出す。振動もほとんど感じない。
高級車ってすごい。そんな率直な感想を抱きながら、ここでミチカケ先輩にさえぎられて言えなかった本心をぶちまけたい。
せーの。
全然大丈夫じゃないんですけどー!!!
「到着いたしました」
「ありがとうございます」
「お帰りの際はご連絡ください」
「はい。お願いします」
「では」
静かに走り去っていく車。
快適な高級車の中でまさか本当に叫ぶわけにもいかず心の中で叫び倒して大暴れしたせいで、到着早々もう帰りたい気分でいっぱいだ。いや、帰ったら…。うん。考えないようにしよう。
「さーて、のどかちゃん」
「…はい」
「資料は読んだよねー?」
「はい」
「対象は強力な怪異、声で人を騙す。…自分の耳を信じすぎないようにねー」
「はい!」
温泉街からほど近い山中。
今回の依頼は山の怪異、山ノ怪だ。近しい人の声を声を真似て騙したり、精神を狂わせる魔性。
「周りは草木で視界も悪いし音も散る。そのうえ障害物が多いから長物の振り回しには向いてない。…でも、今ののどかちゃんならいけるよ」
「はい。特訓の成果を!」
「よーし」
踏み出した足が葉を踏んで音を立てる。
握りしめたブレードロッドは完全には組み立て切らず、真ん中で鎖を露出した多節根スタイル。2メートルの棒を振り回すには環境が良くないと考えた末の結果だ。ただ長い棒を振り回すよりもずっと取り回しが難しい、でも、そのために毎日訓練してきた。
「行きましょう…!」




