case.56「開幕バッドスタート」
「戻りましたー」
「お疲れ様です…」
めっきり寒くなり、吐く息も白く濁る冬。
僕はと言えば、はじめてとなる繁忙期に疲れ切っていた。
「…なんか最近、出動多くないですか?」
事務所に戻って一息。温かいお茶で内側から暖を取りながらごちる。
というのも、ここ最近連日連夜と電話がなるからだ。一応ダブルブッキングはしないように近隣の怪対にも流れている忙しすぎてそろそろ電話の音がノイローゼになりそう。
「うーん、元々冬とか夏は怪談が盛り上がる時期なんだけどー」
「例年以上、です?」
「うん。そーなんだよねー。たしかに年々増えてるけどここまで休みなくってこともなかったからー」
「何かあるんでしょうか?例えばその、誰かが流行を作っている的な…」
「ソウワーズとかいう厨二野郎のことー?」
悪意の男。怪異の種をまく者。黒幕気取りの何者かを以前僕が厨二野郎と言ってしまったせいで、うちの事務所ではすでに厨二野郎で固定されてしまった。…いや、でも黒幕気取ってこそこそやらかしてるのはイタイよな?厨二なのは悪いことじゃないけどコイツはダメ。
なんて、実害がはっきり出ているのでそう笑い話にもできないのだけれども。
「でも、そのおかげで大分取り回しにも慣れたでしょー?」
「う、はい。そうですね…、まだちょっと持て余す感じはありますけど、結構慣れてきました」
「よしよし。のどかちゃんは努力家だねー」
「…ぁす」
微笑まし気に労われて嬉しいやら恥ずかしいやら。
ふいと顔を逸らしたら、ふと電話が鳴る気配。案の定、直ぐなり始めた黒電話の受話器を取って、いつものセリフ。
「お電話ありがとうございます!こちら、怪異討伐・派遣サービスです!」
…あっ電話が鳴るな、って直前に気づくのってなんでなんだろうか。これは僕の勘がいいからとかじゃなくあるあるだと思うんだけど。
とかなんとか関係ない思考は隅に追いやって、今日もお仕事お仕事。
「…学校?」
喚ばれた先はおそらく学校と思われる、ごく一般的な白を基調としたカラーリングに格子がついた大きな窓。廊下、職員室のプレート、いろんなプリントが張られた掲示板。
その一角に置かれた緑色の電話。その受話器をもって怯え蹲る少女。
「だ、だれ…」
「お電話対応しました。怪異討伐業者のヒナタです」
「同じく、ミチカケちゃんでーす」
「あ…」
ポロリ、限界を超えた雫が制服に丸く後をつける。
安堵からか、その手の受話器が支えを失って宙ぶらりんになるのをミチカケ先輩がキャッチして電話に戻す。
ガチャンと音が鳴って、ようやく少女は意識が戻ったようだった。気丈にも涙を袖口で拭い、ゆっくりと、でもしっかりした足取りで立ち上げる。
…結構身長高い。スポーツやってそう、っていうのは偏見かな。
「っあ、あの、ありがとうございます。それでその、助けて、くれるんです、よね…?」
「そうですよー。安心してね、これでもおねーさん達はプロだからー。ね、のどかちゃん」
「はい!もちろんです!」
「よ、よかった…」
ほっと息を吐く少女にサッと折りたたんだ紙片を渡して言い含める。
学生服の少女に学校。一見して当然の組み合わせに思えるけれど、どれだけ普通に見えてもここは怪異のテリトリー。上書きされた、現実ではない空間。
「さて、引っ込んじゃったみたいだねー」
「こちらを脅威と思ったか、あるいは反射的なものか。ですね」
「多分反射だねー、そんなヤバくはなさそうでしょー?」
「はい」
とはいえ、現実との差異が少ないほどに怪異自身の脅威は低いわけで。
「せっかくだし、今日はのどかちゃんにメイン任せよっかなー。ピアス」
「あ、はい」
1代目のピアスは汚泥でぐちゃぐちゃになったうえに無理矢理むしり取ってせいで金具がゆがんだのもあり、武器と同時に新調していた。
少し頑丈で武骨になったかわりに取り外しが容易になったピアスを促されるままに外してミチカケ先輩へ。軽くウェットシートで拭いて少女の手に握らせる。
「これを持ってると怪異に見つかりにくくなる。しっかり持っててねー」
「は、はい」
「あと、分かったらでいいんだけどー、どういう怪異だったー?見た目とか」
「あ、ええと…」
少女が語った怪異。それは、人形をベースにしたものだった。
「あ、あたし数日前に誕生日で、友だちからプレゼントもらったんです。でも、その人形は誰もプレゼントしてないって」
「ってことは誰かから直接もらってるわけじゃなかったのかなー?」
「そ、そうです。えと、机の横に紙袋がかかってて、ハッピーバースデーってリボンもついてて」
「うんうん」
「手のひらくらいの可愛いクマのキーチェーンで、カバンにつけてて。でも、最近変で…」
「どういうところが?」
「あの、なんていうか、」
「うん」
「目が」
「目」
「はい。目が、なんだかどんどん人間の目みたいになってて」
「…ふうん」
「気持ち悪くなって、誰の悪戯?って聞いても誰も知らないって」
「なるほどねー」
時系列や説明がややこしいけれど、つまりこういうことだ。
誕生日を迎えた彼女は友人たちにいろんなプレゼントをもらった。だから、自身の机の横にひっかけられていたそのぬいぐるみも誰か友人からの自分あてのプレゼントだと思った。
…まあ、ハッピーバースデーの包装。それも誕生日の人間にあてて、中身はかわいらしいクマのぬいぐるみキーチェーン。
可愛いプレゼントを気に入った彼女はスクールバッグにつけ、周囲は彼女がもらったプレゼントのひとつだと思う。可愛いね、といったとしても誰からの?なんてだれも尋ねたりなんてしないだろう。
そしてそのクマは次第に異常性を発揮し、彼女がおかしいと気づくころには手遅れ。
「差出人不明の誕生日プレゼント、か」
ハメられたな、と思う。
犯人がどういうつもりかはわからないけれど、随分姑息で迂遠で、足のつかない上手いやり方だ。反吐が出る。
「あ、あたししらなくて…!」
「うんうん、だいじょーぶ。君が悪いんじゃないよー。おねーさん達はちゃんとわかってるから」
「うぅ…」
詳細を思い出したことで麻痺していた恐怖がぶり返したんだろう。少女はミチカケ先輩の胸に抱かれて泣いた。
…この恐怖は怪異と犯人、どちらにもかかっているんだろうな。
「のどかちゃん」
「わかってます。任せてください」
「うん。…廊下、狭いし取り回しには気を付けてねー」
「はい。すぐに戻ります」
強く感じる、彼女を起点に渦巻くおぞましい怪異の気配。
僕は新調した武器、ブレードロッドを手に駆けだした。




