case.049「元凶睥睨エクスキューショナー」
「貴様の罪状を読み上げる」
「ひとつ。明確な意図をもって怪異を生み出したこと」
「ひとつ。他者のみならずこの地を汚す行いをしたこと」
「ひとつ。我らアルキメデスの害となったこと」
「よって当方は貴様を処断することとする」
「では、」
「その首もらい受ける…!」
威嚇を兼ねた強行突破により玄関扉を文字通りぶち破ってのダイナミック家宅侵入。
重厚な玄関口がガラガラと砕けた扉の破片にまみれるのもおかまいなしに白百合さんが飛び込んで駆けていく。い、一応民家なんですけどここ…!
「念のために外で張ってますねー」
「頑張ってください!」
そんな声を背にサカヅキさんと目を合わせる。
「っし、俺たちも行くぞ」
「はい!」
結構な音と衝撃があったはずなのに誰も出てこない、ということは無人?メーターは単に不在でも大きな電力を消費する家電か何かが稼働していただけだったんだろうか。
そんなこと考えながら突き進む背を追う。緊急時とはいえ家に土足っていうのはなんとなく気が引ける…なんて思ってるのは僕だけなんだろうな。少なくともこの状況においては。
「なにもない、な」
広いとはいえ豪邸というほどでもない、ごく普通の一軒家は当然走り回って見れば一瞬だった。1階にも2階にも異常なし。
犯人らしき人影もなければ、人の暮らしている生活感こそあれどもインターネット関連の整備された部屋や、ましてや怪異に関するものも見て取れない。異常がないのが異常、というべきか。
「…どういうことでしょうか」
「いや。ここが犯人のアクセスしたポイントであることは間違いないはずだ。まさか、こちらが追っていることがバレた?もうどこかへ移動したか…?」
空っぽの民家、その2階で周囲を見回しながら頭を悩ませる。その時。
ガシャン!
大きな物音が響いた。ガラスと金属の割れ擦れる音。階下、キッチンの奥。勝手口の方だった。
「あっちだな」
「行きましょう」
一部屋ずつざっくりとではあるけれどクリアリングして進む僕たちに対し、一直線に駆けた白百合さんはどうやら犯人の居所をつかんだようだ。
勝手口だと思っていたそのすりガラス越しの向こうは外ではなく、まるでサイバールームのようだった。
「こ、れは…」
後から増設したのだろうか。いや、外からはそんな空間見えなかったような?
薄暗い空間に走るライト、大きなパソコンと周辺部品。そして床に置かれた段ボールの中にはいくつかの端末。使い捨て携帯だろうか。
「…ぁ、」
空間の隅、おびえ切った表情の痩せた子ども。向かい立つのはガスマスクに軍服の男。
その手が背に負った武器じゃなく足のホルスターに納まった大ぶりのナイフにかかったのを見て背筋が凍る。
「まっ、」
僕が声をかけるよりも早く、銀が走る。
青いライトにギラつく刀身。
「貴様の罪状を読み上げる」
「ひとつ。明確な意図をもって怪異を生み出したこと」
「ひとつ。他者のみならずこの地を汚す行いをしたこと」
「ひとつ。我らアルキメデスの害となったこと」
「よって当方は貴様を処断することとする」
「では、」
「その首もらい受ける…!」
淡々と告げる。温度のない声が空間に強く響く。
引き絞るように後方へ深く沈む足。ぎちりと革のグローブが音を立てる。
断罪の一閃が爆発的な勢いで細い首に向かって。
「…」
っど、
「ドールちゃん、先輩…」
僕の横をふわりと通り過ぎた先輩が、その華奢な腕で死を受け止めていた。
「セーフ…!」
「よ、よかった…」
安心に思わずへたり込みそうになる。
そこへナイフよりも鋭く冷たい声。
「なぜ止める」
「…」
「当方は怪異協定に基づき正当なる処罰を与えるのみ」
「…」
「これ以上は執行妨害の上、敵対行為とみなす」
「…」
「…いい度胸だ」
一触即発。
明確な敵意をもって単騎最強と最終兵器がぶつかり合おうとして。
「ま、待ってください!」
絞り出した声が2人を留めた。
ああ、もう!めちゃくちゃ怖いし、声裏返ったし足もガクガクだ。でも、ここで2人を止めなかったら一生僕は後悔する。
透明な死が今度は僕の首に迫る。
「…なんだ?貴様も、」
「犯人には明らかにしてもらわなければいけないことがあります!まだ、殺しちゃだめです…!」
白百合さんの行動が悪かといえばそうではないのだと思う。たとえ犯人が幼い子どもだからって、悪意と意図をもってたくさんの命を弄んだことには変わりない。
一般的な法執行機関では裁けない犯人だ。アルキメデス社は非公式ながら対怪異の軍であり法執行機関らしいし、これは正しい行いなのだろう。
でも。
「まだ!まだこの事件は終わってません!まだ強い悪意と怪異の気配が止まないんです!だから…っ!」
怖い。
「だからどうか!」
怖い。
「僕の言葉を信じて、その刃を納めてもらえませんか…!」
怖い。
でも、あの時に否定じゃなく沈黙を選んでくれた白百合さんなら。僕の言葉が届くんじゃないか。
そんな薄氷のごとく儚い期待に命を懸けた。
重く長い沈黙を破ったのは、小さな声だった。
「ぃ。…ん、…さい」
「あ…」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…っ!」
まるで地面にうずくまるように小さく縮こまって震えて、強い恐怖とほんの少しの安堵に全身を濡らした小さな命。
「…」
「…」
瞬きの間。
スッと身を正し、一瞥もせずに空間を出ようとする白百合さん。
賭けに勝った喜びも安堵も遠い。ただ矛を収め横を過ぎようとする彼の人の姿がどうしようもなく苦しかった。
「あ…」
とっさに手を伸ばそうとして、力が入らない体はとうとう崩れ落ちる。
「、ヒナタくん!」
「…」
「そうだな。ドールちゃんはその子どもを。…犯人だ。間違いないよ」
どこからともなく薄手の毛布を取り出したドールちゃん先輩が泣きじゃくる子どもを抱えて出ていくのをぼんやりと見送って。
痛む頭と弛緩する体に重い疲労が押し寄せる。
僕はそのまま意識を手放した。




