case.041「武装展開アルキメデス」
「アルキメデス社は俺たちや青き血と同じく民間の対怪異企業だ。…表向きはな」
「表向き、ってことは…」
「アルキメデス社はその実、政府子飼いの対怪異組織。裏ではもっぱら対怪異軍隊って呼ばれてるんだよー」
「え、でもそれって」
「通常は犯罪。軍は持たないってのがそもそも大前提なんだからな」
「でもー、怪異なんて人類の敵が存在していてその発祥に人間がかかわっている以上、対策や討伐が民間だけっていうのはあんまりにも不便だよねー。そいつらの頭を押さえるような組織は必須だよー」
ミチカケ先輩の言葉には、なるほど説得力があった。
怪異討伐に関して書類を提出する以上何らかの部署が存在しているのはたしかだし、その認識があればこそ、対怪異に特化した戦力が外部組織のみというのは心もとないんだろう。
だとしても。
「だとしても、だ。こっちもそれでいろいろ助かってるとこもある。公的権力を使っての情報の統制とかな。要するにお互い暗黙の裡の了解なんだよ」
「…」
「そう、ですね」
死者が出ている以上、警察や報道が動いてもおかしくない。というか、もっとセンセーショナルに騒ぎが起こっているはず。
被害者はもう、10人を超えている。
「大体、はっきりさせたところで俺たちに旨みもないしな。特に、こういう人為的怪異創造案件だと犯人がいて、しかもそいつは人間なわけだ。くねくねみたいな偶然多くの人間に語られることで生まれた怪異とは違う。確実に悪意があって殺意を持って意図的に怪異を生み出している犯人が」
運よく生きて捕らえられても、じゃあ誰がどう裁くかって話になるだろ。とサカヅキさんは言った。
悪意と殺意。
意図的な人類への攻撃。
「で、でも、そんなこと可能なんですか?怪異を意図的に作るなんて、そんなこと…」
「作るまでは出来るだろうよ。多くの認知を得ればいいわけだからな」
「といってもねー、怪異ってそんなレシピ通り作ればいいってわけじゃないからー。料理みたいに。今回の犯人は相当うまいよー。手際からしても、個人というより組織かもねー」
「…」
「そうそう。ドールちゃんのいう通り。どういう経緯にしろ、怪異をコントロールできるなんて思い上がりだ。今のスピードからして、犯人がデザインした怪異が犯人の想定を超えるのも時間の問題」
「そうか!被害者が増えれば、噂が広まっていく。噂はどんどん肥大化して一人歩きするから…」
「北海道でおさまっているのも、電話をかけるという能動的アクションが必要なのも、あるいは問題の掲示板を利用している人間であるという前提も。そのうち関係なくなる」
いまはアルキメデス社が動くことで被害者や状況の詳しい情報が漏れていないけれど、人の口には戸が立てられないように、いつかは漏れてしまうだろう。被害者の異常な死にざまはきっと騒ぎになる。
そうして真偽の不確かな尾ひれのついた情報が日本全域に広まってしまえば…。
「まあ最悪の想定はいくらだってできる。とりあえず、俺たちは自分の足を使っての地道な探索だ。用意はいいか?」
「大丈夫でーす」
「…」
「そうだな。ドールちゃんは今夜はキサちゃんについててくれ。ミチカケちゃんはヒナタくんと。俺はソロで動く」
「はい!」
こうして、広大なしらみつぶし作戦が始まった。
と、ホテルを飛び出す前に現実的な問題。
広大な北海道の地を手探りならぬ感頼りのしらみつぶしに当たってのネック。移動手段。
いくら何でも本当に身一つで走り回るのは効率が悪すぎる。もし怪異の断片を掴んだとしても、その時には体力切れでまともに動けませんでした。なんて事態になりかねない。
「これを。アルキメデス社の特殊仕様車です。表にご用意しましたのでお好きに使ってください。不要になれば乗り捨てて下さって構いません」
なんて。
部屋を出てすぐ、白百合さんに似た軍服をまとった男性が差し出したキー。言葉の通り、エントランスを出れば艶消しの真っ黒な大型バイク。
こんな状況で不謹慎だろうけれど、ちょっとカッコイイ。
「お待ちしておりました。どうぞ」
「こちらにあらかたの物品も用意させていただきました。良ければお持ちください」
「連絡にはこちらの端末を」
まるで軍隊のように統率された動きですべてがお膳立てされた状況。いや、サカヅキさんたちが言っていた通りならこの人たちはまぎれもなく軍人なのだろうけれど。
僕たちに用意されたバイクの他にも少し離れた場所に同じようにいくつかのバイクと装甲車らしき車が止まっている。軍服といい統制された動きといい、いかつい雰囲気と言わざるを得ない。
本当に闇の深い業界だなあ。
「お借りします」
ミチカケ先輩にならって軽く頭を下げ、差し出されたリュックを背負って端末を握る。
当たり前みたいにバイクにまたがったミチカケ先輩がヘルメットをこちらに投げて寄こす。
「じゃ、のどかちゃんは後ろねー。バイク、乗ったことある?」
「いえ。えっと、どうすれば…?」
「同じ様に跨いで、そう、片手はシート横の取っ手を持って。もう片手はミチカケちゃんに軽く掴まってて」
「は、はい!」
「行くよー」
バイクにまたがりキーを回す。エンジンが動いて重い音が響く。ミチカケ先輩の左足がペダルを弾くように踏むと右手のアクセルが唸るように回る。
加速は滑らかだった。




