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「お電話ありがとうございます!こちら、怪異討伐・派遣サービスです!」  作者: みよし たもつ
出向編

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case.031「型破りオーバーフロー」


「持ってて良かった、オーナーさんの試供品。まじでクレイジーソープ…」


 以前サカヅキさんと訪れたウラ世界の万能ショップ。その帰り際に渡された洗剤。怪異戦において汚れた衣服を血痕すらきれいさっぱり落とせるという触れ込みの商品。クレイジーソープ(仮)。

 家で使ってみようと思いつつもなかなか帰宅するタイミングがなくてウエストバックにしまいっぱなしだった、のをとっさに思い出して試したのだけれど…。正解を引けたらしい。

 壁にクレヨンで落書きされたら洗剤や油で溶かして落とす、って暇つぶしのネット知識が役に立った。雑学ネットサーフィンもやっておくものだな、うん。

「いや、怪異もどき用のあの水を使ったのが良かったのかも。なんにせよ、危機一髪…」

 ほっと胸をなでおろし…はせずに、泡だらけの手をジャージで拭う。とっさにつかんだまいちゃんの服も応急処置的にさっと拭っておく。


「さーて、ここは…」

 ぼうっと心を捕らわれたようだったまいちゃんは衝撃からか、意識を失っている。少しぶりの意識のない小さな体をそっと抱えて周囲を見回す。


 まるでどこかのバックヤードのような、殺風景でそっけない空間。いかにも事務的な、現実っぽい造り。

 天井の蛍光灯からの明かりも何もかも、怪異のルール外に出られたという実感に変わる。

「絵本の裏側…いや、従業員用通路かな」

 僕たちがこうして絵の外に出るなんてことは欠片も想定していなかっただろうし。

 一旦は安全そう、か?

 とはいえ一か所に長居するのがいい事とも思えないのでとりあえず。

「よい、しょ…っと」

 どうにかこうにか意識のないまいちゃんを負ぶって歩き出した。





「いつから怪異の腹だったんだろう」

「いや、そもそも怪異の蔓延る場所に入ったのは入ったんだけど…」

「やっぱ思考誘導的な効果があったよな」

「そもそも僕が見ていたのが正しい見え方だったかどうか」

「まいちゃんと認識のすり合わせをしておくべきだった」

「あ”ー、くっそ」

「バカじゃん…」

「…」

「しっかりしろ、僕」

 自分しかいない環境、異常の中にぽつんと孤独、そう思うとどうにも独り言が多くなってしまう。まあ、思考は口に出した方が整理しやすいわけだし…。

 つらつら脳内で言い訳がましく言葉を並べ立てて、誰に聞かれるわけでもないのに。


「っていうか」

 これアレか。

「脱出ゲーだ」



 と決まればやるべきことは、破壊の一手。

「ッラァ!」

 振りかぶった棒で道行くすべてを壊して回る。背負ったまいちゃんがずり落ちそうになるのを何度も直しながら、腰を入れてぶん回す。

 怪異の世界、というのは存外脆く出来ている物だ。というのはサカヅキさんの教えだったかミチカケ先輩の持論だったか。

 つまるところ、怪異の上書きした世界はたとえ一般的な外観を模していてもその実簡単に壊せるのだ。

「せいっ!」

 行儀悪く足蹴にした扉が割れながら後ろに倒れる。

 張りぼての世界はどんどん形を崩していき、そうやって世界のルールを逆手にとって裏をかいてぶっ壊せばもちろん地続きの存在である怪異も弱っていく。

「うわっ」

 限界を迎えて世界を維持できなくなった怪異がその身を解き、上書きされていた世界が元に戻ろうと反発。均衡を崩した結果、大きく揺れながら薄れていく。

 ぐらり。

 一際大きく揺れたかと思うと、僕は元の場所。さびれて壊れた建物の中に立っていた。



「…あれ?」

 薄暗いはずの室内が、いくつもの光の筋をつくってその様相を変えている。

 さっきまで普通に薄暗かったはずなのに。

「ぶっ壊れてる…」

「のどかちゃん!!」

「あ、ミチカケせんぱ、イッ!?」

「良かった…!」

 あたたかい。

 桃のような、甘くてみずみずしい香りが鼻腔を擽る。


「心配した…っ!無事で、ほんとに良かった……」

「ミチカケ先輩…」

 一体どうしたんだろう。そんな必死な声をして。

 いや、なんだか声が近くないか?

「…!?」

 エッ。

 だ、抱きしめられている…!誰に!?いや、一人しかいないだろ!え!ミチカケ先輩!?なんで!?


 混乱。

 正常に働かない脳内が沸騰して、パッと身を離されて遅ればせながらフリーズ。

「っていうかのどかちゃん、なにそのポーズ」

「へ」

 反射的に動かした手がすかっと空ぶる。重心がぶれて思わず背中から倒れこみそうになるのをミチカケ先輩が引き留める。

 う、なんだか重い荷物を抱えていた時みたいな鈍い痛みがある。二の腕がパンパンだ。


「あ、す、すみませんありがとうございます…」

「…のどかちゃん、大丈夫そー?なんか急に音が止んだかと思ったらー、なんか扉とか開かなくなってて焦ったんだけどー」

 しょうがないから無理矢理ぶっ壊しちゃった。なんて口では軽く言いながらもその眼孔は鋭く室内を見回している。

「なんか、石鹸のにおいする。なんでー?」

「あ、えと…」

 なにも異常が見つからなかったのか、向き合うように目線を合わせて不思議そうに鼻をひくつかせるミチカケ先輩に何か言おうとして、なにも言葉が出ない。

「…なんでしたっけ」

「?」

「あー、いえ、特に異常はなかったと思います、けど…」

 なんか手がべたべたする。

 たしかに石鹸臭いし、なんでだ?石鹸なんて使ってないはずなのに。

「…」


 すんすんジャージのにおいを嗅ぐと石鹸に混じってなにかオイルっぽいような、絵の具みたいなにおいもする。心なしか湿っている気もする。

 え、いつからだ?

 うんうん考え込む僕をよそにミチカケ先輩は部屋の見分を済ませ、何やら手帳に書きつけている。真っ黒で細身の、スケジュール帳に様な見た目のそれをひそかに僕は閻魔帳と呼んでいるのだけれど、それは内緒だ。

「…うん。じゃ、帰るよー」

「あっ、はい」

 伸ばしっぱなしだった棒を手早く畳みつつ、歩き出した背を追う。

 …ここ、結構派手に壊れたけどこれからの運用的に大丈夫なんだろうか。いや、それをこのあとサカヅキさんに仰ぐのだろうけれど。





 人間が立ち去った後、廃墟となったその場所で。

 天井に開いた大きな穴から差し込む光に紛れて、ちいさな光が瞬いた。



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