case.029「進行ドローイング」
どうにか歩き続け、迷路のような道をぬけてたどり着いたのは小さな部屋。まるで子ども向けのプレイルームかおままごとのリビングかというところ。
そこのソファらしき場所にそっと子どもを横たえて休むこと10分弱。小さくぐずるような声がして思わず振り向けば、手で目元をこすりながら身をおこす少女。
「あれ…?ここ、どこ?」
「あ、えっと」
「おにいちゃん、だれ?」
「あー。ヒナタです。いや、だよ、かな」
「ふうん?わたしはきさきまいです。2年生!」
「…」
あー、なるほど?そういうパターンなわけだ。
キサちゃん、いや、まいちゃんは気づいたらここに居たらしい。どうして倒れていたのか、という質問も分からないようで首をかしげている。
…意味がわからない!
「そっかあ。実はおにいちゃんもわからないんだ。ここがどこなのかも」
どうしたら出られるのかも。とは言わなかった。
人見知りしないんだな、とか。こんな人懐っこくて危なくないんだろうか。なんて考えつつ。
とりあえず泣かれたり怖がられたりしなかった事には安堵、脱出という同じ目的のために移動することにした。
これまでの道もこの部屋も、特に脱出の手掛かりになりそうなものはなかったし。
「えっと、とりあえずここからどうにかして出ないとね」
おうちの人とか、きっと心配しているだろうし。と言えばまいちゃんは頷いて手を差し出してきた。
「?」
「い動するときはおててをつながなくちゃ!」
「そ、うだね。そうしよっか」
小さな手は熱くて、この熱をどうにか失わないようにしなければいけないなと強く思った。
部屋を出ることを決めたら、不思議なことにというかご都合的にというか、来た道がなくなっていて。新しく用意された道は何だかぐねぐねのたくっていて、左右に伸びた線にはしごみたいに横棒がちょこちょこ引かれている。
「わあ。電車みたい!線ろだね!」
「ああ、なるほど。…線路か」
ぐにゃぐにゃのはしごは線路だったらしい。とことこ手をつないで歩く。
にしても、怪異で線路なんて悪い想像しかできないのは職業病だろうか。
「ふんふ~、ふふ~ん」
「うた上手だね」
「えへへ!まい、しょう来ね、歌手になるんだよ!コンサートするの」
「いいね」
「おにいちゃんはとく別にしょう待してあげるね!」
「いいの?楽しみだなあ」
まだまだ小さな小学二年生のまいちゃんの将来の夢は歌手らしい。可愛らしい夢だ。
線路の先には小さな駅があった。拙いながらも特徴を捉えた駅のホーム、そのイスに腰かけて休憩。
「足、痛くなったりしてない?」
「うん!…のど、かわいちゃった」
「あー。ちょっと待って」
ごそごそとウエストバックに手を入れてちいさなボトルを取り出す。こんな怪異の世界で水なんてあるわけもないから、これは持っていて正解だった。
「はい。これしかないんだけど、あげる。全部飲んじゃっていいよ」
「!ありがとうございます」
こくこくちいさな喉が動くのを見ていると何だか自分も喉が渇いてきたような。いや、僕は大人だから大丈夫。…限界が来るまでにどうにか脱出しないと。
あらためて決意を固めていると、どこからともなく軽快なメロディーが聞こえてくる。
「…!」
電車だ。
バッと線路を見ると、もう戻る道はない。ホームも僕たちがいる場所以外は消されたように何もなくなっていて、確実に退路を断たれている。
「おにいちゃん!」
「なに、えっ」
足元が薄くなっている。
このままじゃ不味い。それだけが頭を支配した。
「行こっ!」
「あっ、まいちゃ」
ぽっかりと口を開けた電車の中へ。僕とまいちゃんは誘い込まれた。
がたんごとん。
流れる景色はのっぺりとしていて現実味がない。いや、そもそもここは現実じゃないのだけれど。
「…ふう」
入り込んだ電車内は座席とつり革、窓しかなくて。とどのつまりはまた密室。
窓を叩いてみてもびくともしない。もちろん入口があったであろう壁も、隣の車両に続くこともない。八方ふさがりの状況にどうすることも出来ず、力なく座り込んだ。
「ん~」
対してこちらは足をぷらぷらゆらしてご機嫌。怖いことは起きていないかもしれないけれど、こんな意味不明な世界で不安になったりしないんだろうか。
僕よりよっぽど肝が据わっている。
「あ!」
「どうかした?」
何かを見つけたらしいまいちゃんが座席からぴょんと降りて駆けていく。急いで傍に行くとその手には緑色のクレヨン。座席の端に置いてあったみたいだ。使いかけで、先端が丸く平たくなっている。
「こんなところに…」
座席と同じ色だったから気が付かなかった。
とはいえ、これまで動かせそうなものはなかったところにぽつりと置かれたクレヨン。この世界がクレヨン描きなのに何か関係があったりするんだろうか。
「うーん」
「ねえねえ!これ、見て!」
「ん?どうしたの、って、え…?」
「これで次に行けるよ!」
緑のクレヨンで大きく描かれたドア。一両しかない塞がった空間を外につなげる奇跡。
平面に描かれた丸いドアノブは電車には似つかわしくなかったけれど、たしかに触れて道を示した。
「ねえ!すごい!?」
キラキラした目でこちらを見上げるまいちゃんに、ふっと笑って手のひらを差し出す。
ぱちん。小さく鳴ったハイタッチに笑いあう。
「天才!」
「やったあ!」
念のためにまいちゃんは僕の後ろからついてきてもらうことにして、繋がっていない右手でドアノブを捻る。
鬼が出るか蛇が出るか。
怪異のルールが敷かれた世界にしては怖いことがないのが怖い。なんて。
「まいちゃん、しっかり握っててね」
「うん」
そっと足を踏み入れた。




