第六十五話 突然のお見舞い
「ねぇ、別にお礼なんていいんだけど」
日が傾き始めた金曜日の夕方。体育祭に向けたバスケの練習を終えた、俺と利奈さんは見慣れた道を歩いていた。
そろそろ目的地が見えてくる。
「……ねぇ、富樫の家なら夏休みに飽きるほど連れて来られたんだけど?」
段々と大きくなる富樫家の姿を見て利奈さんがぼやいた。
「残念ながら目的地はそこじゃないんだよね」
不思議そうに俺を見ながら、ゆっくりと歩みを進める利奈さん。
「よし、到着」
「もしかして、今日の目的地って……?」
「うん、ここだけど」
平然と答えた俺を利奈さんが訝しそうに俺の顔を覗き込む。
「だってここって、恭介の家でしょ?」
そう、風邪で学校を休んでいた恭介のお見舞い。それが利奈さんへのお礼だった。
「じゃあ、中入ろうか」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ!」
ズンズンと玄関に行こうとすると、腕を掴まれる。
「いっ、いきなり行ったら迷惑じゃない……?」
いつもの勢いは何処へやら、顔を赤くしてモジモジしている。恭介のことになると奥手になってしまう癖はいつまでも治らないみたいだ。
「大丈夫だよ、親友の俺が保証する」
「そりゃ、富樫は大丈夫だろうけど……私は……」
いきなり連れてきたのは不味かっただろうか。お見舞いに行ってないって言ってたから一人だと心細いのかと思ってたけど……
「……実は、恭介の家、まだ入ったことなくて」
「えっ、そうなの?」
「うん、だからまだ、そのー、心の準備が……」
「じゃあ、今日はやめとく?」
俺も初めて澪の家に入った時はめちゃくちゃ緊張した。文化祭の準備で恭介と一緒だったけど、恭介はすぐに帰っちゃって。まさかあの家に自分があんなに出入りすることになるなんて、あの時は全く思っていなかった。
利奈さんも初めての彼氏の家なのに、彼氏の親友とお見舞いになんて、頂けないのも頷ける。
「…………ううん、行こ」
俺の予想に反して、今度は利奈さんが玄関に向かって進んでいく。
「あっ、鍵は開いてるよ」
インターホンを押そうとしている利奈さんの隣でガチャと音を立てる。
俺にとってはいつも通りのことなのだが、利奈さんはまた不思議そうな顔をしていた。確かに俺も不用心だとは思う。
「お邪魔しまーす」
当たり前に誰もいないリビングに一応挨拶を置いて、階段を登る。
「……ねぇ、富樫って恭介の何なの?」
今にも修羅場が始まりそうなセリフをかけられ、一瞬たじろぐが、ただの親友、そう答えるしかない。
「大丈夫だよ、恭介の一番は利奈さんだから」
「……っ! そっ、そんなの分かってるわよ。ふざけないで」
話題を振ったのはそっちの気がしますが……?
とまぁ、病人の部屋の前でワイワイガヤガヤしても良くないので、突撃してみる。
「おーい、恭介! お見舞いに来てやったぞ……って、何で服着てねぇんだよ!」
「暑いから服変えてたんだよ」
いつかも遭遇した恭介の上裸。俺はもう見慣れたものだったが、後ろの人には刺激が強すぎたようで。
「ひっ、ひゅるぅ」
何か良く分からない声を上げながら顔を真っ赤にしている利奈さん。
「利奈さん、だ、大丈夫? おいー、恭介ー」
「これって俺が悪いの?」
恭介がポカンとしながら体をタオルで拭いていた。
「とりあえず服着ろ」
「これでも一応病人なんですけどね?」
そう口では言いつつ、利奈さんに気を遣って素早く着替えを済ませる。さすが、気遣いの塊である。
水曜日に一人でお見舞いに来た時よりも、顔色は相当良くなっていた。それでもひどいと言っていた咳は度々会話の途中で差し込まれた。
「利奈も、わざわざお見舞いありがとね」
「ううん、全然! た、体調大丈夫?」
「うん、だいぶ良くなったかな」
「そ、それなら良かった」
何故かまだ緊張気味の利奈さん。男子の部屋にしては片付いている恭介の部屋を控えめに見回している。恐らくやることがなくて掃除したのだろう。いつもの彼の部屋は、その……ね。
「利奈に会えて元気出てきた」
「私も会いたかった……」
「俺も、連絡くれるたび、会いたいなって思ってたよ」
もはや爆発してしまうのではないかと思うほど赤くなっている利奈さんが少し面白かったが、これ以上は俺が完全に邪魔者になるので、そろそろお暇しようと思う。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「おう、さんきゅ」
利奈さんが『置いてくの……?』という感じで見つめてくるが、二人きりにしてあげた方が絶対にいいと思う。絶対に。
二人と別れて、隣の家に帰る。
家にはもちろん誰もいないのだが、さっきの二人のイチャイチャが思い出された。
「会いたいな……」
一人でこんな言葉を呟いている俺も、側から見れば二人と同類なのかもな。ていうか、好きな人に会いたくなるのは当たり前のことだよな。ちょっとだけ頻度が多いだけ。
自分で勝手に結論づけて、一度入った玄関を出てさっきとは逆方向に歩き出す。
澪、もう帰ってるかな。
連絡してみると、『今帰ってきた!』とメッセージが返ってきた。
自然と歩みが早くなる。やっぱり俺は澪のことが大好きだ。




