第六十二話 久しぶりに二人きり
水曜日の放課後。澪は久しぶりに俺の部屋に来ていた。
両親は相変わらず忙しく、最近は恭介と一緒にいる方が多かったので、澪と二人きりで過ごすのも久しぶり。
「うーん、久しぶりの圭のベッドだー!」
人のベッドに制服姿で飛び込んでいる澪にもだいぶ慣れてきた。
「で、今日は何しに来たの?」
「久しぶりに家に来てくれた彼女にその言い方は無くないですか〜?」
「はいはい、何をご所望でお嬢様?」
「うん、よろしい!」
満足げに微笑んでいる澪。こんな馬鹿馬鹿しいやり取りが俺は大好きだ。
「やっぱり歌を聴きたいけど、そういえば最近歌い手活動の方はどうなの?」
「まぁ、ぼちぼちって感じかな」
夏休み中にもコツコツと歌ってみたを上げていたが、興味を持ってくれている人もだんだん増えてきているようで。
「こないだの歌みたもすごい良かったよ! やっぱあーいう曲が圭には似合うと思うんだよ! でもさ、ちょっとギャップ狙った激し目の曲も聴きたいっていうか!」
一言一言に熱がこもっている。
俺がもし歌い手『ケイ』として活動していなかったら。澪が『ケイ』のファンじゃなかったら。俺たちが同じ高校の同じクラスにならなかったら。席替えで隣の席にならなかったら。恭介の隠れた後押しがなかったら。
今のこの幸せは奇跡のようなものなのかもしれない。
それでも一番は、澪が『ケイ』と『富樫圭』、どちらも好きになってくれたこと。これが一番の奇跡かもしれない。
俺にも魅力があると澪は言ってくれるけど、自分から見たら、なんて情けないやつなんだと思う。それでも澪が好きでいてくれるなら、澪に相応しい恋人になるために頑張りたい。そうやって思えるんだよなぁ。
「澪、ありがとう」
「うん、次も楽しみにしてるね!」
笑顔で返してくれる澪。よし、次も頑張るぞー!
その後はいつも通り澪のリクエストに答えて、5、6曲を弾き語って時間は過ぎていった。
こう考えると、自宅で彼女に弾き語りしてる彼氏って結構やばい?
でも、やって欲しいって言ってるのは澪だしな。うん、セーフか、ギリギリ。
「家まで送っていかなくて大丈夫?」
「うーん、まだ明るいね。でも、まぁ送ってってくれてもいいけど?」
「じゃあお言葉に甘えて」
今日は澪と一緒にいたい気分だ。まぁ、いつもか。
家の鍵を閉めて、相楽家までの道を歩いていく。最近やっと夕方に肌寒く感じるようになった。球技大会の頃にはもっと涼しくなってるのかな。
夕日が照らす道を、俺たちはいつも通りの何でもない会話を交わしながら歩いていく。最近好きなアーティスト、ハマってる漫画、見たい映画。
話したいことは山ほどあるのに、時間はいつでも有限で。気がつくと相楽家は目の前だった。
「圭、今日はありがとね!」
「うん、俺も楽しかった」
「じゃあ、また学校でね」
「うん、じゃ、バイバイ」
玄関の前でちっちゃく手を振っている澪。かわいい。
「あっ、ちょっと待って――」
ウチへと歩き始めてすぐ、澪に呼び止められる。
「ごめん、ちょっと忘れ物しちゃった」
「忘れ物? 明日学校で渡そうか」
「ううん、そうじゃなくて」
キョトンとしている俺の頬に、澪がゆっくりと唇を落とす。
「えっ、忘れ物って」
「うん、さよならのキス……かな」
ニヤッと口角を上げる澪が苦しいくらいにかわいい。
「俺も同じの忘れちゃったかも」
澪を抱き寄せ、今度は乾いた唇を重ねる。
「ふふ、似たもの同士だね」
夕日に負けないくらい眩しい笑顔が俺だけに向けられる。その視線を逸らすように、もっと強く澪を抱き寄せる。
こんな時間が永遠に続けばいいのに。そんな思いとは裏腹に無常に沈む太陽に急かされ、俺は帰路についた。
「あっ、父さん、母さん」
すっかり日も沈んでしまい、ちょうど父さんと母さんが帰ってきたようだ。
「圭、澪ちゃんのとこか?」
「うん、家まで送ってきたとこ」
「あら、ちゃんと彼氏っぽいことしてるのね」
母さんの一言にムスッとしながら、家の中に入る。
「そういえば、今日は二人一緒なんだね」
「そうなの〜。今日は秀一さんが迎えにきてくれてね〜」
母さんが乙女の顔をしている。ウチの両親も仲が良さそうで何よりだ。
「別に偶然近く通ったから寄ってっただけだ」
そう言いながらスーパーで買ってきたであろう惣菜たちを並べている。うちではよくある光景だ。休日は俺が作っとくことが多かったけど、最近は恭介とか澪と遊ぶことが増えて、ちゃんとご飯を用意できる機会も減っていた。
それを見越して最近は帰りにある程度の食料をゲットしてきてくれる。
淡々と食事の準備をしている父さんと、本日のロマンス的展開に酔っている母さん。そしてそれを傍観する俺。
やっぱ、俺の家族は面白い。
相楽家も個性的な面々が揃っているなと思ったけど、ウチも人のこと言えないよなこれじゃ。
そしてもし、この両家が家族になる日が来るとしたら。でもそれはまだまだ先の話だろう。
一人で勝手に恥ずかしくなりながら、俺は夕食の準備の手伝いに取り掛かった。




